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【銃魔のレザネーション】第三章『宮中異変』

2016/01/29 18:00 投稿

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 第三章 『宮中異変』

 セイムとは、議会であり戦時における国王大権を発動する唯一の機関である。
 厳密に言うならば形式の上では『国王大権の代行、輔弼、助言を司る』に過ぎないのだが、事実上はセイムの承認なくして何一つ機能しないといってよい。
 故に、誰もが言うのだ。セイムは、王の大権すら制御しうる、と。
 その強大なセイムは、国家の非常時において二つの権能を発揮しうる。
 一つは、国王の要請に応じ必要な兵力を呼集する軍制に関する権能。
 もう一つは、必要とあらば大半の費用を徴収する徴税の権能である。
 革命軍との会戦により膨大な有翼魔法重騎兵を喪失したコモンウェルス。軍の求めに応じ、セイムはついに正規軍に歩兵部隊を設立することを決議する。
 もっとも、その人事についてはセイムにおいて小さからぬ波紋を内部では招いていた。
 摂政ヤーナの任じた議会徴募兵指揮官の人選を巡り、宮中では幾人もが眉を顰めたのだ。なにしろ、『銃』などという武器を手にして戦う部隊を率いることなどコモンウェルスの常識でいえば左遷も同然だ。
 そんな地位へコストカ・ポルトツキー伯爵を任じる、という衝撃は小さくない。
 勇猛さで鳴らすポルトツキー封建騎士団を解体し、伯爵にペガサスよりの下馬を強いる措置は内外に絶大な波及効果を及ぼした、というべきだろう。
 同時に、それは決意表明でもあった。
 『勇者を下馬させてまで、銃兵を重視している』。
 周囲が望むと望まぬとにかかわらず、コモンウェルスの軍備に関し、ヤーナ流とでもいうべき改変が断行されていく、と。
 理由は至極単純だろう。シュヴァーベン革命軍も、コモンウェルス軍も、まだまだ根を上げるには早すぎるのだから。
 
 そんな折に、コモンウェルス南方において勃発した王位僭称者の蜂起。ただでさえ右往左往して物の役に立ちそうもなかったセイムは、ここにおいて完全な無能を示す。
 鎮圧か、対話か、討伐か、はたまた……と議論が迷走していく中で、結局、形式的にセイムへ諮ったヤーナ摂政が討伐へ出征。
 端的に言ってしまえば、勝利自体は確約されているも同然であった。
 なればこそ、自分の執務室で情勢を追った報告書を手に、宰相ことモーリスは苦笑していた。これほどヤーナ殿下の優位が確定している状況にあってすら、見たいものしか見ない連中は、『ヤーナ陣営』と『カール陣営』を両天秤にかけるという愚行を平然と働いている。
 僭称者カールのところへ、誼を通じようと人、手紙、金を送っている連中は、戦後の後始末をどうするのかな、と愉快になるほどだ。
 「やれやれ、カールとかいう愚物を愛でるセイムのご同輩らの気がさっぱり知れませんよ。同類、相哀れむというやつですかね?」
 モーリスの読むところ、蜂起し、王位を僭称するカール・ソブェスキ閣下には知性が足らず、軍事的才覚が人並みに過ぎず、止めに正統性すら怪しいのだ。
 これで、曲がりなりにも王位を僭称できる厚顔無恥さだけは評価するべきと反論されれば一理はあるかもしれない。けれど、それも怪しいだろう。
 モーリスの見たところでは『心の底から自分にその資格がある』と信じ込んでいる愚かさが故の愚行。
 結局のところ、セイムの愚か者と最底辺決勝戦を戦わせうる程度の人物だ。
 「とはいえ、これで賽は投げられた。鎮圧できる叛乱というのは、往々にして鎮圧者を強力にしますからねぇ」
 セイムが手をこまねている間に、問題を解決。
 内実がどのようであれ、ヤーナ摂政の実権と回り回ってソブェスキ王家の権威は跳ね上がることだろう。
 けれど、と彼は苦笑する。
 セイムの議員というのは、プライドと肥大したエゴの塊だ。
 王家の権威などというものを認めよといわれたところで、もとより不承不承なほど。まして、曲がりなりにも敬意を示していた歴代の為政者と異なり……ヤーナ摂政はセイムを完全に形式的な存在として遇している。
 無論、法律上は瑕疵がない程度に重視してはいるのだろう。
 だけれども、実権も与えられず、政策にも参与させてもらえないという点がプライドだけが高い人間をどれ程苛立たせるのかをヤーナ殿下は軽視しすぎだ。
 これで、セイム議員にとって都合の悪い書簡、証人を叛乱鎮定時に確保すれば、ますます『議会対策』を怠ることになるだろう。セイム側も、反発しようにも首根っこのところを抑えられているとなれば、表向きは沈黙せざるを得ないだけに、却って反感を募らせるのが目に見える。
 「あげく、これですか」
 ぺらり、と懐より取り出すのは先日の外交会談の記録。
 自由都市同盟元老院のレオナルド・レダン議長その人と、コモンウェルスの摂政であらせられるヤーナ・ソブェスキ閣下の会談だ。
 本来であれば、公式の外交会談としてセイムの典礼関係者を活用し壮麗な儀式を司るべきであるだろう。けれど、二人とも徹底した実利主義者らしく公式の晩餐会を投げ捨てての実務者協議。
 セイムに対して通知されるのは、貿易再開と協調路線を王政府が選択したという事後の通知のみ。
 もちろん、とモーリスはヤーナ摂政の意図を理解はできる。
 自由都市同盟とコモンウェルスの関係は、入り乱れているのだ。それだけに、セイムという愚者の会議にゆだねることで長引かせたくもなかったのだろう。
 そこまでは、大いに共感できるが……だとしても後始末なりアフターフォローなりはしてもいいだろうに、ヤーナ閥とでもいうべき面々は考慮すらした素振りがない。
 「無理もありませんがね、貿易の利を『賄賂』に使わない時点でセイムが激発寸前だということに無頓着なのはさすがに危険かな?」
 自由都市同盟との貿易協定で貿易量が激増するというのは、コモンウェルス全体にとってみれば大変に好ましい話だ。
 しかして、世の中にいる人の大半は、『自分の取り分が10増えるから、嫌いな奴の取り分が100増える』という類の協定には心の底から反発する。
 今回の協定にしたところで、王政府主導である。それだけに、セイムの懐へ流れ込む取り分はさほどでもない。個々の議員が掠め取れる量ともなれば、正しく微々たる雀の涙も同然程度になるだろう。
 挽回のために、セイムが主導して貿易を発展させる……というのもまた難しい。なにしろ、セイムと自由都市同盟の関係もまた簡単ではないのだ。
 「敵というには親しすぎるが、友というには険悪に過ぎ、さりとて隣人であるがゆえに無視も許されない」
 コモンウェルスの強大さを背景とした栄光ある孤立とでもいうべき、一国主義。ヤーナ殿下閥が、コモンウェルス内部で協調する必要性を見出さず、それが故に国内での調整や妥協が下手なのと似たようなもの。
 大多数のコモンウェルス貴族は、『他国』と対等に交渉するという必要性を見出してこなかっただけに、この手のことがえらく後手に回っている。
 「そんな隣人相手に交渉できるセイムに属する政治家は、私ぐらいでしょうからねぇ」
 とどのつまり、ヤーナ殿下とその周辺がどう考えているにせよ、セイムの政治力学でいえば、モーリス・オトラント『宰相』は宰相位としてヤーナ・フランツ体制に奉仕するという一事をもってヤーナ閥に『近しい』とみなされている。
 頼みたくはないだろう。
 そして、それだけで交渉を諦めてしまう程度の人材しかいないのがセイムの現状でもあるのだ。……ヤーナ殿下が匙を投げたくなるのも気持ちはよく理解できる。
 「正直に言えば、自由都市同盟なぞ話が通じるほうでしょうに。やれやれ、我が親愛なる英知を誇りしセイム議員諸氏は言葉を失ったのですかね?」
 モーリス自身の経験則から言えば、むしろ一番簡単な部類でもある。
 実際のところ、両国の関係は敵どころか積極的な交流すらあるほどなのだ。一例としてみれば、自由都市同盟の自由商人らはコモンウェルス各地で歓迎されている。
 逆もまた真なりであり、コモンウェルス市民は優秀な魔導技術の運用者として自由都市同盟の各都市で大手を振って生業を営んでいる。
 片方は、政体として完全な都市共和制であり、他方は完全な選挙王政。
 市民という言葉にしたところで、近似した概念ながらも差異が伴うがゆえに、微妙な距離感が常に付きまとうというのも言葉の綾。
 「頭を下げれば、商人とて利益のために飛びついてくるでしょうに。頭の下げ時を知らない人々は、これだから困る」
 結局のところで問題となるのは『セイムの貴族』と『自由都市同盟の豪商ら』が感情的にこじれているという一事だけなのだが。
 
 けれど。
 あるいは、とどのつまり。
 問題なのは、感情なのだ。
 
 その事実を、モーリス・オトラントはほどなくして端的にヤーナへ説かざるを得なくなっていた。
 
 それは、アホことカール・ソブェスキ閣下の叛乱が見事に粉砕され、南方情勢の緊張がオルハン神権帝国との間で高まっているある日のことだった。
 珍しくヴァヴェルの宮中に足をヤーナ摂政一行が運んできた、と知らされた際に嫌な予感はしていたのだ。
 形式にせよ、ヤーナ摂政は『きちんと、セイムに報告だけは行う』のだから、何がしか報告すべき事態が起きているのだろうとモーリスも察しは付けている。
 例えば、というべきだろう。
 『自由都市同盟』からの『援軍要請』だ。
 同じくシュヴァーベン革命軍を敵としているとはいえ、自由都市同盟は『貿易相手』であって、同盟相手とまでセイムの議員らは認識したがらない。
 対等な同盟、などと口に出すことも憚られる始末なのだ。
 「率直に申し上げます。摂政殿下、グダンスク港への派兵は思いとどまっていただけますでしょうか?」
 「モーリス、説明」
 「グダンスク港は、元々コモンウェルスを離反した都市です。その際に、セイムにおいて有力な閥の利害と正面から衝突しており……」
 宜しいですか、と面子や利害の説明に持ち込みかけていたモーリスを遮るヤーナは怪訝そうな表情だった。
 「ストップ。何十年前の話をしているの?」
 「たかだか、何十年でございますが」
 分かった、という言葉と共にヤーナは話題をそらすように問い返してくる。表情からすれば、理解はしていないのだろうけれども、論点を変えることにされたらしい。
 「……聞きたいのだけど、グダンスク港が何故離反したのか知っていて?」
 「卑劣な自由都市同盟の銅臭にやられました者どもが~」
 「ストップ。建前はいいから、真相を説明しなさい」
 困りましたな、と嘯きつつもモーリスは随分と前に調べていた事実を口にする。
 「統治していた家系が断絶したことをいいことに、接収しようといくつかの閥が動き出したのはよいのですが。どうやら、グダンスク辺境伯家の断絶は『毒殺』だったようで」
 「下手人は?」
 「さっぱりです。しかし、『高度な魔法毒』であり『呪殺』を併用したものであった、と」
 病気に見せかけるようにして、だんだんと食欲を削ぎつつ体を衰弱させしめる魔法毒と呪いの類。
 更に付け加えるならば、お家断絶前のグダンスク辺境伯家に仕えたお抱え侍医のうち、天寿を全うしたといいえる医師は一人も見つかっていない。
 まぁ、典型的な陰謀があったのだろう。
 「断絶する前は、辺境伯を務めたほどの名家よね? そんなところの魔法防御を抜ける下手人が特定できない、と」
 「不思議なこともございましたものでございます」
 嘯きつつも、内心ではつくづく同感だった。
 「私に言わせてもらえば、当時のグダンスク辺境伯家の家臣らが『市民蜂起』という建前で自由都市同盟に離反したのも道理よ。だから、こちらから殆ど攻め込んでいる記録がないのね?」
 「はい、摂政殿下。その通りかと」
 「で、当時、あほなことをやらかした連中はどうしたのかしら。ひょっとしてだけど……未だにセイムで大きな影響力を保っていたりする?」
 良いところを抑えた質問であった。
 知性はさておき、辺境伯家を脅かせるほどの権勢がある閥。たかだか数十年で没落すると断言することは、とてもできやしない。
 それどころか、というべきだろう。
 現在に至っても、真相不明と公式に言わしめる程度には影響力も強いのだ。
 「恐れながら、臣といたしましては……御身を忠心より案じまする、卑小な私めの不安をお汲み取りいただけますれば、幸甚でございます」
 「戯言はほどほどにしなさい。兵は出す。出さざるを得ない」
 「……摂政殿下の御意に従いまする」
 故に、不承不承という表情でモーリスは頷く。
 軍事的にも財政的にも、自由都市同盟との協調路線を放棄すれば、それこそシュヴァーベン革命軍とやらに蚕食されかねない。
 従って、出兵は既定事項なのだろう。
 なればこそ、逆説的ながらモーリスとしては楽しい祭典の仕込みもやりようがあるのであるが……とはいえ、一言だけ付け加えておく程度には誠実な陰謀家でもある。
 「ですが、ヤーナ摂政殿下。留守を預かりまする宰相として言上つかまつることをご容赦くださいませ」
 「続けなさい。なに?」
 「臣の影響力をもってしても、セイムの殿下に対する敵愾心を抑え込むことは不可能になりつつあります。グダンスク港へ出兵なされますると、遅かれ早かれ、『セイムにとって都合の良い人物』が求められることになるかと」
 「……私も、あなたも、フランツも、挿げ替えられる、と?」
 「あくまでも、可能性にございまするが」
 恐ろしいことに、可能性がございますとだけ伝えておけば最低限の警戒はしてくれることだろう。
 「ふん、あなたがその首魁じゃないことを祈るばかりね。ちがって、モーリス?」
 「なんとも、震え上がるばかりにございます。臣には、夢にも思いつかない暴挙にございますれば」
 「笑って言うな。さて、もういいかしら? 援兵を連れて行かなければ」
 「はっ、ご武運を」

       ◇

 それから少しばかり、時がたったある日のことだ。
 「セイムの連中、グダンスク港の戦勝でついに我慢できなくなりましたか。まぁ、連中にしてはよく我慢したほうと褒めてあげるべきですかね?」
 モーリス・オトラント宰相は来るべきものが来たなぁ、と嗤っていた。
 グダンスク港での勝報と、自由都市同盟との関係深化。まことにもって、目出度い限り……と本来であればコモンウェルスの国益上の配慮からセイムとて言祝ぐべきなのだろう。
 けれども、セイムの議員を突き動かしているのは理屈ではない。
 利益配分機構としてのセイムに対し、正面から泥を塗るも同然の行為をヤーナ・ソブェスキ摂政殿下はなされてしまっている。
 そもそも、フランツ王の即位に際しても貴族らの特権、慣習的権利に対する尊重を神輿に語らせていない時点で、ヤーナ摂政の人気は極めて低い。
 アッシュ・イグナス・オトラントの三辺境伯がこぞって王政府を支持しているがゆえに、表立ってこその反発は出ていないものの、逆を変えれば兵権を握る有力な面々の武威によって無理やりに静謐さを保っている危うい均衡でもある。
 致命的なのは、モーリス自身が当主を務めるオトラント辺境伯以外の辺境伯家はさほど閥を意識して根回しを得意とするタイプではない、ということだ。
 良くも悪くも、辺境防衛のために自己完結してしまっている。おかげで、というべきだろうか。ヤーナとその指揮下の面々は、セイムに漂う雰囲気に対する鋭敏さが欠落と形容してもはばかりがないほどに払底している。
 悪意についてだけは、ヤーナ殿下は実に平凡だとモーリスは笑い出したいほどであった。あの方は、能力と意欲が反比例している。それだけならば珍しくないだろうが……いい意味で反比例しているともなれば実に珍しい。
 「それでいて、性格そのものは……しごく平凡だ。感性は凡人のそれというほかにない」
 口に出してみれば、いやはや。
 これ以上に適切な形容もできないのではないだろうか、とモーリスは苦笑してしまう。
 観察する限りにおいて、ヤーナ・ソブェスキ第三王女というコモンウェルスの摂政は不思議と矛盾に満ちている存在だ。
 彼女の望むものは、自分の小さな幸せ。可愛いものを愛で、まったりと趣味に浸り、お茶できる程度の生活だろうか?
 庶人ならば、好ましい隣人だろう。
 しかして、彼女はコモンウェルスにおける最大の権力者だ。
 その気になりさえすれば、彼女はフランツ王から簒奪すらなしうるに違いない。その後の統治がどのようなものになるかはさておくとしても、だ。王位には手が届く。
 普通ならば、モーリスとて遊びがてら誘惑の囁きでも行っていただろう。自重したのは、ひとえに彼女の性格を見極めるにたる距離に立っていたからだ。
 彼女は、フランツを弟として大切にしている。そして、弟の手にしているものを奪おうという発想には嫌悪すら抱くだろう。
 エゴを極限まで肥大化させるのが常識ですらある立場にありながら、依然としてそのような人格? 
 世の中には、自分にすら予想が付かない出来事もまだまだあるのだ、とモーリスをして驚嘆させられたものである。
 「……まったく、奇跡のような人格だ」
 彼女は、ヤーナ・ソブェスキは『まとも』すぎる。権力に付きまとう欲望と悪意を理解できない。いや、正確に言うならば『想像できない』のだ。
 本人の資質からして、決して策謀や陰謀ということを理解できない頭ではない。知性はあるのだが、発想として沸いてこない類。
 有能な怠け者にして、権勢よりも自身の時間を大切にするタイプには、人を押しのけて地位を狙おうという発想がそもそも欠けているということだろう。
 単純に言えば、向き不向きの問題だろうか。
 「悪意とは、権力の闇とは……彼女の真逆にあるものなのだから。さて、どうなることやら……」
 ……だからこそ、少しばかり楽しみでもあるのだ。一体、ヤーナ殿下は悪意にさらされたとき、どう反応するのだろうか?
 「だが、フランツ陛下が鍵だろうなぁ。……まるで、母熊だ。おお、くわばらくわばら」
 

 そして、彼は、来るべき日に備えてささやかな準備を入念に行っていく。
 もちろん、というべきだろう。
 『善良なる臣下』として、極めて、『誠実』に、だ。

 よい臣下の務めとは、主人の不得手な分野を補佐することも含まれる。コモンウェルス第一の臣下である宰相たるモーリスにしてみれば、摂政殿下の補佐もまた職分。
 主君の意を汲むのは当然の心構えである。
 故に、というべきか。職制上の業務に対し、モーリスは主観的にも客観的にも瑕疵なく忠実かつ清廉であるように心がけていた。
 本来の気質とは全く真逆であり、小さな悪戯や陰謀の衝動に襲われることがなかったといえばウソだ。
 だが、モーリスは欲望を制御する術を知っている。
 短慮な猿でもあるまいし、と良いワインを寝かすように時間をかけることの楽しみも知っているだけに、辛抱に辛抱を重ね、敢えて意図的な清廉潔白さを演出したのだ。
 それでいて、『改心した』などと囁かれてはたまらないだけに、風見鶏として誰にでもよい顔をしつつ、法は最後の一線を守って見せるというきわどい綱渡りもこなして見せた。
 誠実に職務に励み、誰とでも親しく交わる一方で、『えこひいき』はしない。
 ヤーナ摂政殿下や、その指揮下の人間はそれを奇怪に思わないのだろうが、コモンウェルスの政治文化においては異端なのだ。
 コモンウェルスにおいて、友達に特別待遇を用意しないということは、誰かの友達ではなくなった、と同義とされている。
 銅臭香しいコモンウェルス政界のパラダイムに従えば、友情とは即ち権力と権益を分かち合う同盟の麗しい言い換えだ。『誰にも特別サービスを提供できない政治家』というのは、その時点で無条件に落ち目とみなされる。
 なればこそ、宰相位にとどまっていたモーリス・オトラント辺境伯の権勢は表には見えずとも急速に低下し始める。
 凋落、と人はささやきあうものだ。
 『あの宰相閣下は、小さな利権一つ用意できないのだ』と。
 かくして、オトラント辺境伯家の前に門前市をなすほどの来訪者も徐々に数を減らしていく。頼むに、値しないお方、という風聞はそれほどの影響力を持つのだ。
 もっとも、誰もが先を見通せぬというわけでもない。
 唯々諾々とその現状に甘んじるモーリス宰相の姿を目の当たりにし、知性ある貴族たちは即座に帰郷を決意していた。
 戻るか、残るか迷っている面々にとって運命の分かれ道となったのはセイムへ『宰相』を通さずに提出された一つの提案であった。
 ・急速な諸外国との関係悪化。
 ・軍事的脅威の増大。
 ・極め付けが、宰相の指導力不足。
 これらを検討するべく、ヤーナ摂政殿下、フランツ陛下のご臨席をたまわりたいとし、臨時セイム公会の開催を求める声は、モーリス・オトラント宰相の反対を押し切り、賛成多数で可決されてしまう。
 その瞬間、力なく統治すべき所領で裁可すべき案件が山積しているがゆえに、一時的に帰郷をと力ない表情で願い出たモーリス・オトラント辺境伯は領地への帰還がその場で許可されたのだ。
 はっきりといえば、都落ち。
 政治的に、孤立し、権勢を保てなくなった宰相が寂しく田舎に引っ込む。権勢に興味のある人間ならば、喜んで追い出しこそすれども、引き留めなぞしないだろう。
 ただ、というべきだろうか。
 モーリスにしてみれば、それはちょっとしたサービスだった。目先が利く人間であれば、その瞬間に『宰相殿が帰られるのであれば、我らも』と名乗り出ることができるのだから。
 
 「ふーむ、意外にいましたね」
 もう少し、愚者だらけかとも思ったのですが……と嘯きつつも、モーリスはゆるりとペガサスの馬首をヴァヴェル郊外の駐屯地に集っているヤーナ摂政の軍営へと向けていた。
 都落ち、ということで所縁の者ども、一族郎党を悉く引き連れての離脱。外見だけみれば、政争に敗れた都落ちと映ることだろう。
 まぁ、沈む船に残りたい連中がそう見るのであれば、そう見させてあげるのも自由ではないか、とモーリスとしては思うのだが。
 ただ、船が沈むというときに、見殺しというのも人としていけないだろう。
 だから、とばかりにモーリスは救命のために一手、手配するのだ。

 首都まで帰還してきた軍勢といえども、ヤーナ指揮下のソブェスキ封建騎士団は相変わらずの緊張と規律を保っているらしい。
 ちらり、と周囲を観察すればいつでも兵を動かせるように整えている。
 これで通常の警戒態勢というのだから、指揮官の力量もずば抜けていることは一目瞭然だ。悲しいかな、こういった軍事的な手腕がモーリス自身にはない。
 それだけに、この点では素直にうらやましいほどであるのだが……得意なことは、まぁ、得意な人に任せてしまうに限る。
 自分の来訪を知らされたと思しきアウグスト・チャルトリ騎士団長が顔を見せたところでモーリスは挨拶もそこそこに本題を切り出す。
 「ああ、騎士団長殿。少しよいですかな?」
 「宰相閣下? 私にご用でしょうか」
 「ちょっとしたご助言ですよ。確か、卿はヤーナ摂政殿下の近衛でしたな? ちょっとした助言を。卿は近衛だ。両殿下のおそばに控えた方がよろしいでしょうな」
 モーリスにとって、それは、珍しく心からの助言でもあった。
 ヤーナ摂政殿下は、戦略はさておき戦術は並み。一応、ポトツキー老が傍仕えとして侍ってはいるのだろうが……騎士と騎士団では意味が違う。
 「両殿下のおわす場所は宮中ですぞ? 宰相閣下、武官がまとまって大きい顔をするのはよろしくないでしょう」
 「見事なご配慮ですな。ですが迂闊でもある」
 「迂闊ですと?」
 はぁ、とため息をこぼしつつモーリスは指摘していた。
 「セイム公会開催中は、武装した貴族らが堂々と宮中を闊歩するという事実をご存じか? 市民の権利として認められているのですぞ?」
 「……存じ上げませんでした。そのような権利があるのですか?」
 迂闊な、とばかりに臍を噛む武人の表情に浮かぶのは危惧。
 「王族の意を汲んだ武装兵がセイム開催中の市民を脅迫しないように、と。何百年前かにできた規則で認められているのですよ。さて……ヤーナ殿下の護衛は現在のところいかほどに?」
 「……ご忠告に感謝を。一隊を引き連れて、向かおうかと」
 武人とはいえ、さすがに話が早い。
 一礼し、立ち去りたいのだがと全身から漂わせ始めたチャルトリ騎士団長へモーリスは朗らかに笑って見せる。
 「ええ、くれぐれもよろしくお願いしますぞ」
 用を済ませれば、あとは礼儀正しくお暇するまで。
 笑いださないように気を付けつつ、せいぜい、悄然と知人に別れを告げたように表情を作り直すと、また悠々とモーリスはヴァヴェルに背を向けて所領へとペガサスを向けなおす。
 これで、首都の政変は大いに荒れることになるだろう。チャルトリ騎士団長は、ヤーナ摂政の近衛にして、歴戦の軍人だ。
 間に合えば、護衛対象を守り抜こうと奮戦するだろう。間に合わなければ、まぁ、残念ではあるが……助言だけならばたいした手間でもない。
 それに、主を討たれて発憤した彼らが大いに復讐戦へ励んでくれことも期待できる。
 とはいえ間に合うだろう、と踏んでいるのだが。
 ちらりと陣営へ目を向ければ、ペガサスに騎乗した有翼魔法重騎兵らが即時と形容するほかにない迅速さでヴァヴェル目がけて進発している。
 「やれやれ、あのヤーナ殿下が見落とされているとはな。案外、あの方は『頭が良すぎる』のだろう。下々のことに、これほどまでに無頓着なのもちと怖いですね」
 困るんだよなぁ……とモーリスはそこで苦笑する。
 私は、いま、ヤーナ殿下の知性を楽しんでいるのだ。横車を押されては、本当に困る。
 愚か者というのは、往々にして大切な知性の結晶がどれほど楽しいものかを解しないのだから度し難いほどだ。

       ◇

 貴族らの連盟がセイムを掌握し、王家の捕縛を命令。その第一報を受け取ったときのヤーナ・ソブェスキの一言は、ささやかな議論を歴史に招いている。
 「……『やるき』ありすぎでしょ」
 殺意の高さを皮肉ったとある者は解釈した。行動力の無駄な高さをあざ笑ったとも伝えられる。はたまた、掛詞をもてあそんだともいう」
 確かなのは、一つ。その日、ヤーナ・ソブェスキとフランツ・ソブェスキを狙った襲撃者は、ヤーナという同時代人に比較してあまりにも血の気が多すぎた。
 辛うじて、というべきだろうか。
 「……まさか、宮城でこのような狼ぜき沙汰が生じるとは。このポトツキー、痛恨の不覚でありました」
 「爺はよくやってくれた。どちらかといえば、私の失態だわ」
 頭を下げるイグナティウスに対し、ヤーナは貴方のせいではない、と小さくほほ笑む。
 「議員ってアホじゃないの?こんな事だけはあっさり決められるとかどうかしているわね。まぁ、してやられた私が口にするべきではない、か」
 近侍していたイグナティウスの機転により異変を察知した一行は、宮中の一角に籠ることには成功していたものの、状況は絶望的だった。
 「……困ったわね。アホさ加減を読み違えていたのか。こんなに短絡的だったとは」
 有体に言えば、ヤーナにとって『愚者』の思考ほど理解しがたいものもないのだ。連中が愚かであるということまでは理解しえても、なぜ、そのように考えるのかまでは理解するのが非常に難しい。
 頭のいい人間であれば、往々にして侵すミス。
 「セイムの出頭要請はおびき出すための罠、か。本当に迂闊だったわ……」
 小さくつぶやくヤーナにしてみれば、事は自明だ。セイムという公的な輔弼機関が、『王』と『摂政』を物理的に襲撃するなどとは夢にも思わなかった。
 『まさか、そんな馬鹿なことをしないだろう』という確信すらあったといってよい。
 ……セイムと王家は契約関係にあるのだ。
 推戴した王を『政治的に無力化』することこそありえども、フランツ自身は『もし朕が法、自由、特権、慣習に反することがあれば、王国の全住民は朕に対する忠誠義務を解除されるだろう』と、王権を制約するべき宣言を口にしていない。
 そして、形式的にせよヤーナは『法、自由、特権、慣習』を遵守してきた。今の今まで、セイムに手を付けすらしなかったほどだ。
 モーリスのようなセイムで選出された宰相すら、黙って使っている。
 ……批判される謂れはないはずなのだ。
 それを、ここまで、道理を押しのける?
 ロゴスを沈黙させるにしても、契約までも投げ捨てると?
 「……ああ、獣を人と取り違えていたわけか。私としたことが、また、随分と酷い勘違いをしていたものね」
 「何を悠長なことを!姫、陛下を連れてはやくお逃げ下さい」
 逃げよ、と告げてくれる爺の心遣いはありがたい。
 「外まで逃れられれば、異変に気づいた将兵を糾合することも可能でしょう」
 「逃れられると思って?さっきから、アホみたいに武装した連中を見てるんだけど」
 「私が時間を稼ぎます。どうか、その間に」
 「無理よ。爺、あなただってろくな武装すらしていないのよ? 時間を稼ぐと言っても限界があるわ」
 二度目だからって、もう一度死ぬのはイヤだった。痛いのも、苦しいのもご免こうむりたい。でも、私のミス。フランツを巻きこむのはダメ。
 「仕方ないか。……うん、仕方がない」
 だから、とヤーナは周囲の侍従らに短く告げる。
 「誰か、フランツの服を目立たないものに着替えさせて」
 何を、とフランツが目線で問うてくるのを意図的に無視し、ヤーナはそれを口に出す。
 「私が囮になるわ。その間に、何としても連れ出してね」
 「ね、姉さま」
 「……ごめんね、フランツ。立派な王様に、あなたならなれると思うから。ううん、なれるから」
 義務を果たそう。
 最後の最後で……と覚悟を決めたヤーナがフランツの頭を撫でて立ち上がりかけた瞬間のことだった。
 突如、外で駆け回る足音と剣戟の響きにヤーナは体を強張らせる。
 足音からして、重層のプレートメイル。叛徒だろうか?
 しかし、それにしては『叫び声』が多すぎる。自分たちを追っているにしては、騒がしすぎるのだ。
 何事か、という疑問はやがて希望に転じる。
 「陛下!? 殿下!?いらっしゃいますか!」
 叫び声、しかして、敵意を感じないそれ。
 「ええい、叛徒ども、どけい!逆賊! わが槍のサビになるか!」
 あれは。
 「ソブェスキ封建騎士団の前に立ちふさがる愚か者の末路を教えてやるぞ!」
 あの声は。
 「かかれぇ!陛下を、殿下をお救いするぞ!」
 「ここよ! アウグスト、ここ!」
 思わず、というべきか。
 気が付けば、ヤーナは声を張り上げていた。ちらり、と見ればこちらに駆け寄ってくる近衛らの姿。
 「殿下! 陛下! 遅くなり申し訳ありません!ソブェスキ封建騎士団、ただいま御前に!」
 荒い息のまま、頭を下げる武人の姿は、来ないとばかり思いこんでいた助け。
 「アウグスト! 来てくれたんだ!」
 「御意。陛下、殿下、われらがここに!騎士諸君! 陛下と殿下をお守りしろ!」
 フランツに微笑み、自分へはお任せをと頭を下げてくれるアウグストと騎士諸君の何と頼もしいことか。
 なればこそ、というべきか。
 「げっ!?」
 「……お察しいたします」
 救いの手に感謝していたヤーナは、水を向けた主の存在をしって表情をこわばらせるのだ。アウグストに問えば、自分たちの危機を察したのは風見鶏ことモーリス・オトラント宰相というではないか。
 「くそ面倒な相手に借りが出来たわけか。ずいぶんと高い借りね。嫌なタイミングで恩を売られること」
 だからこそ、それは驚きではない。落ち延びた先に転がり込んだ瞬間に、一族郎党を引き連れて顔を出してくる貴族のご一行。
 「姫様。オトラント宰相が、姫様にお会いしたいと……」
 「通して」
 そいつは、相変わらず胡散臭い笑みを張り付けながら優雅に典礼通り一礼して見せるではないか。
 「摂政殿下に置かれましては、ご機嫌麗しゅう。ああ、元・摂政殿下でしたか」
 「……モーリス、そろそろ腹を割って話しましょう。あなた、こうなることは分かっていたわね?」


   
次回、2016年3月17日(木)更新予定!

 


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