霊がメッセージを書き残していく「スレート・ライティング」というミディアムシップによって、1870年代後半に欧米でその名を轟かせた有名ミディアム、ヘンリー・スレイド。
疑わしいミディアムのインチキを暴いたこともある上級法廷弁護士のエドワード・コックがスレイドの交霊会に参加して「トリックを見つけることができなかった」と証言したこともあり、彼の名声はいよいよ高まります。
しかしスレイドは、彼を詐欺師と考える反スピリチュアリズムの科学者たちの批判よって思わぬ展開から窮地に陥ることとなります――。(編集部)
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【一流紙『タイムズ』に掲載されたランカスターからの批判】
最初の一撃は、英国学士院会員でロンドン・ユニヴァーシティ・カレッジの動物学教授エドウィン・レイ・ランカスターが、1876年9月16日の『タイムズ』への寄稿で、スレイドのスレート・ライティングの欺瞞を暴いたことを告知したことからはじまります。
それは次のような内容です。
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ランカスターは前の週の月曜日、スレイドのスレート・ライティングを近くで観察した結果、そのトリックに対する仮説を立てました。それはスレートがテーブルに伏せられ、霊が筆記を行っていると称される前の段階で、すでにスレイド自身がこっそりとスレートにメッセージを書き記しているのではないか、というものでした。
そこでランカスターは自分の仮説をテストするため、ウェストミンスター病院の医師ホラシオ・B・ドンキンと共に再びスレイドを訪問することとなりました。今回の調査でのランカスターは、「決定的な瞬間」、すなわち霊がライティングをする前、言い換えるならスレートの盤の上をひっかく音が聞こえて来る直前に、スレイドからスレートを奪取することを決めていました。
同日の『タイムズ』には、ランカスターと共にスレイドの交霊会に参加したドンキンの寄稿も並べて掲載されました。ドンキンの報告によれば、
テーブルの下でスレイドの左手がスレートを持っていたとき、盤をひっかく音が聞こえていた。同時にそのとき「手首の屈筋の腱のわずかの収縮とともに、腕が行ったり来たりするごくわずかの動きが見えた」。そのことから盤の上に書かれた文字は、「中指の爪の下に付けられたスレート・ペンシルの小さな破片」を使った結果である
とドンキンは考えました。
また、ドンキンによると、霊のライティングが行われる前に、ランカスターがスレートを引っ張り出すと、予想通り、すでにそこにはメッセージが記されていた。すなわち、スレート上に表れた霊からのメッセージと称されているものは、交霊会の途中で、スレイド自身がこっそりと書き記したものに過ぎない。ランカスター&ドンキンはそう結論づけたのです。
【『タイムズ』紙上でのスピリチュアル論争に発展】
ウィリアム・バレット(1844 - 1925)
ランカスター&ドンキンの暴露記事に対して、すぐさまスレイドの擁護に廻った人々からの反論もやって来ました。前述のエドワード・コックス、さらにウィリアム・バレット、アルフレッド・ラッセル・ウォレス等の著名な科学者たちを含むスレイドの支持者たちは、ランカスター&ドンキンの結論に反対する寄稿を『タイムズ』へと送りました。
その結果、『タイムズ』紙上では、しばらくの間、スレイドのミディアムシップの真偽を巡る議論が、連日繰り返されることになりました。
たとえば、ランカスター&ドンキンの記事の翌々日の9月18日に『タイムズ』に掲載された神智学者チャールズ・C・マッセイの寄稿は、ランカスター&ドンキンの暴露がいかに不完全なものであるかを論じるべく、自分自身が実際に目撃した際のスレイドのスレート・ライティングの状況が述べられています。
マッセイによれば、
「テーブルの上から一瞬たりとも動かされることなく、調査者の視界の外に動くこともない、まっさらであることが確認されたスレートの上」に文字が書き記されていた。しかも、多くの場合、そこで使われたのは「調査者自身のスレート」であり、「買ったばかりの2つ折りのスレート」だった。しかも「テーブルの上に置かれたスレートの表面の下」から書いている音が聞こえてきていたし、さらに何度かはスレイドがそのスレートに触れることさえしてない。
そうしたことからマッセイは次のように述べています。
「これらのことを目撃した人々の何人か、そしてそれゆえトリックを使うことと矛盾するコンディションの下で行われたことを知っている人は、何が起こったかについてのランカスター教授の説明に異議を唱えたくなるのが当然である」
20日の『タイムズ』には、スレイド自身による返答も掲載されました。スレイドの言い分によると、ランカスターがスレートを奪い取る前、実際には筆記する音は聞こえていて、まさに筆記が行われていた。また、自分はいつも爪を短く切っている。それらを調査する手間をかけた人がそれを証言している。したがって、そこにスレート・ペンシルを仕込むことは不可能である。こうしてスレイドは自分の無実を主張し、その最後を次のように結びます。
それゆえ「ランカスター教授との交霊会でも、またミディアムとして人々の前にいた日々の間に行われたわたしの他のどの交霊会でも、自分でそれを書いたことなどない」
【論争の舞台はついに法廷へ】
こうして『タイムズ』紙上において、双方の立場からの意見のやり取りが続いていくものの、最終的にスレイドの正当性を巡る議論は、ついに法廷にまでもたらされることとなりました。
「昨日、女王陛下の特定の臣民たち、すなわちE・レイ・ランカスター、T・J・オールドマン、ヘンリー・シジウィック、R・H・ハットン、エドモンド・ガーニー、W・B・カーペンターらを欺き騙すために、ある狡猾な技と策略と仕掛けの違法な利用」を行ったとの告発のため、ヘンリー・スレイドはボウストリート警察裁判所に出頭することとなったことを10月3日の『タイムズ』が伝えています。また、10月11日の『タイムズ』はさらに次のようにも報じています。
「その不運な小さな法廷は、その日の早い時間から人々が押し寄せ、困ったことになっていた。また通りの外も、入廷するチャンスを得ようとするどうしようもない群衆によって、ほとんど通り抜けられない状態となっていた」
この『タイムズ』の記事からは、スレイドの裁判がいかに世間の大きな注目を浴びたかが分かります。
10月の間、継続された意見聴取では、弁護側にアルフレッド・ラッセル・ウォレス、エドワード・コックス、チャールズ・C・マッセイをはじめ、ホメオパシーの医師で「英国スピリチュアリズム協会(British National Association of Spiritualism)」の副会長ジョージ・ワイルドらが立ち、熱心にスレイドを擁護しました。
一方、スピリチュアリズムのデバンカーとして活躍していた奇術師のジョン・マスケラインは、スレイドの交霊会に1度も参加していないにも関わらず、反スレイド側に参戦し、いかにしてそのトリックが行われたかの自説を示して見せました。
【有罪判決を受け、活躍の場を海外へ移す】
10月最後の日、最終的な審理が行われました。その結果、「女王陛下の臣民を欺きそして騙すため」に「手相ないしは別の方法」で「狡猾な技と策略と仕掛けを用いること」を違法とする「流浪者取り締まり法」(巡業する手相術師や手品師から公衆を守るための法令)に照らし合わせて有罪判決が言い渡され、スレイドには重労働を伴う3か月間の禁固刑が科せられることとなりました。
この訴訟がスレイドに大きな打撃を与えたことは確かです。しかしながら、このスキャンダルはスレイドのミディアムとしてのキャリアの致命傷には至りませんでした。
法手続き上の不備により、2ヶ月後の再審で判決は覆されることとなり、実刑を逃れたスレイドはイギリスを後にします。
そしてその後、ドイツのライプツィヒ大学の天文・物理学教授ヨハン・ツェルナーによる調査に応じたスレイドは、そこで堂々とその実力の程を世間に知らしめました。ツェルナーはスレイドの能力を本物だと認めたばかりか、なんとそこで起こっている現象は、4次元空間の存在を証明するものだという意見まで発表することになります。
スレイドが引き起こす霊現象は単なるトリックだったのか、それともツェルナーが認めたようにそこには本物の何かがあったのか? それを巡る議論については、ツェルナーによるスレイドのミディアムシップの実験を、改めて紹介することで見ていきたいと思います。
(伊泉龍一)