「あの霊能者って本当に本物なの?」
みなさんはそんな疑問を持ったことはないでしょうか。
いわゆる「霊感」とか「超能力」と呼ばれている能力は、その支持者と懐疑主義者の間で常に議論が沸騰しながらも、なかなかその正体が見極め難いせいもあり、結局、平行線で終わってしまいがちな問題です。
さて今回は、1870年代後半にアメリカやヨーロッパでその名を轟かせた有名ミディアム、ヘンリー・スレイドの能力の真偽を巡って起こった一連の騒動を紹介したいと思います。
1876年7月13日、アメリカのミシガン州出身のミディアム、ヘンリー・スレイドがイギリスのロンドンへ到着。本コラムでも以前に紹介した1860年代に最強のミディアムとして名声を獲得したダニエル・ダングラス・ホームも、今や第一線から身を引いているときでした。
そんな状況の中、スレイドが披露した見事なミディアムシップは、ロンドンのスピリチュアリストたちの間に、まさしく第2のD・D・ホームが到来したかのような大きな興奮を沸き起こすこととなりました。
「現代の最も卓越したミディアム」。当時の『スピリチュアル・マガジン』にそう評される程、スレイドが引き起こす霊現象は人々に大きなインパクトを残すものでした。
また、高名なスピリチュアリストで自身もミディアムであるウィリアム・ステントン・モーゼスも、ロンドンでのスレイドのミディアムシップを体験した1人ですが、『スピリチュアリスト』誌の中で次のようにも述べています。
「ハクスレー、ティンダル、カーペンター、クリフォードの誰であろうと構わないが、スレイドと対面したならば、必ずやそういった科学者たちも打ち負かされるだろうとわたしは言っておきたい」
では、そんなスレイドの発揮するミディアシップとはどのようなものだったのでしょうか。
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部屋中から鳴り響くラップ音。家具の移動や浮遊。そういった初期のスピリチュアリズムの頃から定番となっている霊現象も、スレイドはそつなく引き起こしましたが、彼の交霊会の本当の目玉はそれ以外のところにありました。
スレイドを一躍スター・ミディアムの座へと引き上げたのは、「スレート・ライティング(slate writing)」と呼ばれる現象でした。
直訳すると「石板書記」となるスレート・ライティングは、交霊会の間に霊が「スレート(石板)」にメッセージを書き残していく現象です。サイキカル現象を分類するカテゴリー的には、「ダイレクト・スピリット・ライティング(direct spirit writing)」と呼ばれる現象群に属するものです。
一般的なオートマティック・ライティングの場合は、霊によって動かされたミディアムの手が紙にメッセージを書き記していきますが、ダイレクト・スピリット・ライティングと呼ばれる現象は、ミディアムの手の動きを介することはなく、霊がなんらかの方法で直接その上にメッセージを残していきます。
そうしたダイレクト・スピリット・ライティングの中でも、スレイドのスレート・ライティングは、おおよそ次のような状況で行われていました。
スレートの上にスレート・ペンシルを置き、それをテーブルの板の裏側にぴったりと押し付ける。するとスレートの上になにかが書かれていることを示す、盤が引っ掻かれる音が聞こえて来る。その後、スレートを確かめると、そこには霊からのメッセージと称される文章が書き記されている――。
本コラムで以前に紹介したウィリアム・クルックスによるD・D・ホームの実験に参加した上級法廷弁護士のエドワード・コックスも、ロンドンでのスレイドの交霊会を体験した1人でした。ここではコックスの報告しているスレイドの交霊会の様子を紹介しておきます。
(以下のスレイドの交霊会に関するコックスの報告は、William Stainton Moses, Direct Writing by Supernormal Means: A Record of Evidence for Spirit-Action, in the Manner Before Called "Psychography", Loondon: Office of "Light", 1882, pp. 25-27に収められています)
1876年8月8日3時、交霊会はコックスとスレイドの2人だけで行われました。通常、交霊会は暗闇で行われるのが普通です。けれども、スレイドの交霊会の特徴の1つは、常に明るい部屋の中で行われるところにありました。コックスの報告によれば、この日も部屋には明るい太陽の光が差し込んでいました。
2人がテーブルに向かいあって着席すると、すぐにラップ音が床の下から聞こえてきました。次にテーブルの上の猛烈な打撃が続きます。このとき、スレイドの両手はテーブルの上にあり、からだ全体もコックスからはっきり見ることができました。すなわちコックスは、スレイドが故意にラップ音を作り出している可能性を見つけることはできませんでした。
もちろんラップ音だけでなく、スレイドの得意とするスレート・ライティングも、コックスは何度も目撃しています。たとえば、その中の1回は次のような状況でライティングが行われました。
なにも書かれていないスレートが、スレート・ペンシルと共にテーブルの上に伏せられます。その上にスレイドの右手とコックスの左手が置かれます。コックスのもう片方の手はスレイドの左手を握ります。その状態ですぐにスレートに何かが書き記されている音が聞こえてきました。スレートの上に置かれたコックスの手にも、それは伝わってきました。
ライティングがしばらく続き、やがてそれが終わったことを知らせるラップ音が鳴ります。そこでスレートを持ち上げて見てみると、そこにはスレイドの亡くなった妻の署名入りで、次のような長文のメッセージが記されていました。
image photo by sparetomato「親愛なる法廷弁護士様――今、あなたが調査されておられるのは、知性あるあなたや他の人が、その調査へとすべての時間を捧げる価値がある主題です。
人がこの真実を信じることができたとき、必ずやその人はより良い人間となることでしょう。
人々をより良く、より賢く、より清らかにすること。それがわたしたちの地上へとやって来る目的なのです。
A・W・スレイド」
この日の交霊会では、スレイドの妻以外にも、女王の医師であるジョン・フォーブスの霊が、スレートの上にメッセージを残しています。
コックスはスレイドの交霊会の体験後、そこにトリックを見つけることができなかったことを認め、次のようにも述べています。
「わたしの言うことができるのは、自分の感覚が完全にしっかりとしていて、完全に目覚めていたこと。そしてそれは明るい光の中で行われたこと。スレイド博士はすべての時間、わたしの観察下にあり、わたしに見つからずに手や足を動かすことはできなかったということだ」
ちなみにコックスは、単に騙されやすいタイプの人間ではありませんし、盲信的なスピリチュアリストでもありません。むしろ、スレイドの交霊会に参加する以前、疑わしいミディアムのインチキを暴いたこともある人物でした。そんな彼も、スレイドのスレート・ライティングに関しては、まったく欺瞞を見つけることができなかったのです。
こうした見事な交霊会によって、ロンドンのスピリチュアリズム・シーンのスター・ミディアムの座へと一気に上りつめたスレイドでしたが、その栄光の座に長く安住し続けることはできませんでした。というのも、スレイドを詐欺師として攻撃する反スピリチュアリズムの科学者からの強力な批判がやって来ることになるからです。
しかも、それはスレイドを窮地へと陥れる思わぬ事態へと発展していきます――。
(伊泉龍一)