ニューヨーク・タイムズが、12月19日にニューヨークのマディソンスクエアパークで開かれたアートイベント「Cut Piece for Pant Suits」を紹介していました。

そのイベントは、パフォーマーの女性が着たパンツスーツを一般の参加者が少しずつ切り取っていく、というもの。

イベントが開催されていた同じ時間帯には、アメリカ大統領選挙の選挙人による投票がおこなわれていた様子。これによって、ドナルド・トランプの当選が正式に確定しています。

女性が認められる世界は幻想?

「Cut Piece for Pant Suits」では、「ヒラリー・クリントンが大統領選挙に挑んで失敗したことや、女性問題の進歩、仕事や公共の場における女性たち」を意味するものとして、パンツスーツが取り上げられていました。

これまでヒラリーはパンツスーツをよく身に着けてきたし、彼女を支援する「Pantsuit Nation」というFacebookのグループは、400万人近いメンバーを集めているようです。

そんなパンツスーツを切り刻んでしまうことは、「女性が認められる社会なんて幻想だ」というメッセージのようにも受け取れます。

また、その作業を一般の参加者がするということは、「女性が活躍できない社会を作っているのは、私たちひとりひとりの責任だ」という反省ともとらえられます。

でも、アート作品の解釈に縛りはないとしたら、私はまったく違う解釈もできるな、と思うのです。

パンツスーツ=古くて堅苦しい理想

というのは、そもそも私が社会人になったときには、パンツスーツがすでに一般化していました。

そのため、「パンツスーツ=女性の社会進出」というような肩ひじ張った意識は、まったくありません。

だから、もしいまパンツスーツに関して否定すべき何かがあるとしたら、それはパンツスーツに投影された、「働く女性は強くあるべき」とか「男性と互角に渡り合うべき」というような、ちょっと古くて堅苦しい理想のような気がするのです。

パワフルな女性ほど弱さを表現している

振り返ってみれば、いま、パワフルな女性ほど自分の弱いところを表に出しています。

たとえばレナ・ダナムは、ぽっちゃりめの体型も、子どものころから続く精神的な不安定さもオープンにしています。

最近ではレディ・ガガもPTSDに悩んでいることを告白し、新曲「Million Reasons」のMVのなかでは、倒れたガガをファンが助け起こすシーンが共感を呼びました。

ほかにも、ミランダ・カーはオーランド・ブルームとの円満離婚後にうつに陥ったことを、アデルは産後うつになったことを語っています。

キム・カーダシアンとケンダル・ジェンナーの姉妹までも、いわれのない不安感や金縛りを訴えている。

10年前ならそんなネガティブな話はひた隠しにされて、本人たちには余計つらい状況になっていたかもしれません。

でも、SNSの普及でセレブと普通の人の距離が近づいたせいか、強がらずに地に足の着いた姿を見せるセレブほどファンを引きつけているようです。

そして、外面を固める必要がなくなったのはセレブだけじゃなく、より多くの人が自然体で生きることを許されつつあるように思います。

鎧としてのパンツスーツはもう要らない

ただ、その分ライフスタイルも多様になって、とくに女性の場合、結婚する・しない、仕事がんばる・がんばらない、子ども産む・産まない、などでいろんなパターンが生まれ、「これが正解」というものがなくなりました。

かつてのパンツスーツは、「結婚して子どもを産んで仕事を辞めて家庭を守る女性」という過去の正解パターンに抗って生きる女性のための鎧のようなもの。

でも、正解がうやむやになってしまったいま、それに抵抗する必要もなくなって、鎧としてのパンツスーツはもう要らなくなったんです。

正解がないってことは、ひとりひとりがそれを作らなきゃいけないってことで、それはそれでストレスフルなことでもあります。

でも、つらいときは適度にガス抜きしつつ、みんなが本当に型にはまらずに考えながら生きていければ、きっといまよりもっと多様で生きやすい世の中ができていくことでしょう。

2016年、パンツスーツのアメリカ大統領が誕生しなかったのはとても残念でした。

でも、いつか遠くないうちに、鎧ではないパンツスーツをまとった大統領が、きっと現れてくれるのを期待しています。

New York Times, Elle Canada, Vanity Fair, People

写真/gettyimages

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