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正義中毒の対象になるのは、集団のルールを乱す人/脳科学者・中野信子さん

2020/04/10 21:00 投稿

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他人の言動を「許せない」と憤り、正義感にかられて暴言を吐いたり、ハラスメント行為をしてしまう──。そのとき脳にはある異変が起こり、一種の快楽が生まれていることをご存知でしょうか。

脳科学者の中野信子さんは、この心理を「正義中毒」と名付け、正義に溺れてしまった依存状態と分析しています。「正義中毒」が生まれる脳の仕組みを伺った前編に続き、後編では正義中毒者の行動パターンを解剖。「人を許せない」という感情から自分を解放する方法を、脳科学の視点から考えていきます。

「いい子」ほど過酷な制裁を受ける 物ごとを簡単に決めつけたくなるのは、脳の手抜き 「メタ認知」と「脳トレ」で脱・正義中毒! 老けない脳をつくるトレーニング

「いい子」ほど過酷な制裁を受ける

「正義中毒」の顕著な例として、世間を騒がせる不倫スキャンダルがあります。中野さんいわく、「正義中毒」の対象になるのは集団のルールを乱す人。その人が親しみやすく、身近な存在であればあるほど、制裁は過酷になるといいます。

中野さん :

これまで不倫でバッシングされた人は、みな「いい子/いい人」というイメージ。清楚、真面目、イクメン、オシドリ夫婦といった好印象があり、それを仕事にもつなげていた人たちです。

一方、破天荒な人やアーティスティックな人は、不倫をしてもあまり叩かれません。それは“自分たちとは遠い”存在だから。もともと集団を守るための協力構造から逸脱している人なので、裏切りとは見なされないのです。

協力構造への裏切りは、「正義中毒」を発動させる格好のエサ。脳の前頭葉が「自分は正義」だと判定するとドーパミンが分泌され、快感を感じる仕組みになっているため、叩く行動はどんどんエスカレートしていきます。

中野さん :

相手が自分に従い、平伏していれば満足。しかし、ちょっとでも反発したり、自分の意思を示そうとすると許せなくなります。

相手の過ちや不得意なことを責め続ける人や、子どもを虐待する親の行動にも、程度の差はありますが「正義中毒」があらわれている場合があると思います。

物ごとを簡単に決めつけたくなるのは、脳の手抜き

人間は、遺伝子レベルでは98%以上チンパンジーと同じであるといわれます。しかし、残り2%足らずの違いが脳の前頭前野を発達させ、知識や複雑な言語体系を作るもとになったと考えられています。

進化の大きな要因となったのは、集団をつくり、社会性を強化するために使われた能力。「正義中毒」もそこからきていることを考えると、簡単には逃れられないことがよくわかります。

中野さん :

「正義中毒」につながる傾向のひとつに、自分たちの集団を「他よりもよい、優れている」と感じる「内集団バイアス」があります。これが発動すると、グループ外の集団に対しては、バカなどというレッテルを簡単に貼り付けるという行動が起こります。

「日本人は」「男性は」「あの大学の出身者は」……などなど、簡単に決めつけたくなるときは要注意。本来、人にはそれぞれ違いがあり、ひとくくりに判断することはできません。しかしこのバイアスが働けば、脳の処理はぐっと簡単になるのだとか。

中野さん :

「あの集団は自分とは違う」と考えるだけで、手間をかけずに一刀両断できるのです。省力化の名のもとに、脳が手抜きをしているとも言えるでしょう。

「メタ認知」と「脳トレ」で脱・正義中毒!

こうした脳の手抜きを防ぎ、「正義中毒」に飲み込まれないようにするためには、どうしたらよいのでしょうか。

中野さん :

ひとつ提案したいのは、「メタ認知」を鍛えることです。「メタ認知」とは、いわば自分を監視するもうひとりの自分。

どんなときに「許せない!」という感情が湧いてしまうのか、自分自身で認識する努力をしてみましょう。それができれば、自分を客観視して「正義中毒」を抑制できるようになります。

「正義中毒」を抑制する機能を持つ脳の前頭前野は、平均して20代後半から30歳頃に成熟します。前頭前野が老化により萎縮してくると、相手に共感する能力が衰え、適切な判断ができなくなるそう。

中野さん :

もしも「昔はよかった」と懐かしむことが増えたなら、前頭前野が老化しているサインかもしれません。前頭前野が衰えると、新しいものや自分と違うものを受け入れにくくなります。これは「正義中毒」の思考パターンと根は同じです。

老けない脳をつくるトレーニング

脳の老化は避けられない現象ですが、あきらめることはありません。前頭前野のニューロン(神経細胞)は死ぬまで新生するため、この部位をよく使うことで、機能を比較的保つことができると中野さんはいいます。

老けない脳をつくるトレーニング

慣れていることをやめて新しい体験をする……いつもの道順、いつものメニュー、いつもの店を変えてみよう。 あえて不安定・過酷な環境に身を置く……未知の状況、予測不可能な事態に立ち向かおう。普段読まない本や、関心のないニュースに触れてみよう。 安易なカテゴライズ、レッテル貼りに逃げない……単純なレッテル貼りを気持ちよく感じてしまう裏側には、脳の弱さがある。 余裕を大切にする……前頭前野を働かせるためには、過度なストレスを避け、脳に余裕がある状態を保つこと。 食事や生活習慣で前頭前野を鍛える……脳の健康に役立つオメガ3脂肪酸を摂り、睡眠不足を避けよう。

前頭前野の萎縮の度合いは、70代以降で大きな差がつくと中野さん。30代〜40代は、トレーニングを習慣づけるのに大事な時期かもしれないと語ります。

中野さん :

「メタ認知」を鍛えるためには、優れたメタ認知能力を持つ人との交流も効果があります。もっとも大切なのは、人間は不完全なものであることを意識し、自分にも他人にも「一貫性」を求めないことです。

正義を主張する快感は、自分の人格をも豹変させ、いつもなら考えられないような激しい言葉を浴びせてしまうこともあります。

「今、自分は正義中毒状態になっているかもしれない」と感じたときは、まず「メタ認知」を意識し、自分を観察することから始めてみましょう。不毛な争いから抜け出す手がかりが、きっとそこに潜んでいるはずです。

前編はこちら

これからは「人を許せない」気持ちが増幅していく/脳科学者・中野信子さん

人は、なぜ他人を許せないのか?

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『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)
炎上、不謹慎狩り、不倫叩き、ハラスメント……。世の中に渦巻く「許せない」という感情の暴走は、なぜ生まれるのか? 脳科学者の中野信子さんが、最新の脳科学の視点から「正義中毒」という快楽を分析。「人を許せないことが苦しい」人に、自分と異なる人と理解しあい、心穏やかに生きるヒントをくれる一冊です。

中野信子(なかの・のぶこ)さん
脳科学者、医学博士、認知科学者。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象及び人物を読み解く語り口に定評がある。現在、東日本国際大学教授。著書に『脳はなんで気持ちいいことをやめられないの?』(アスコム)、『サイコパス』『不倫』(文藝春秋)、『シャーデンフロイデ』(幻冬舎)、『キレる!』(小学館)など多数。また、テレビコメンテーターとしても活躍中。

撮影/キム・アルム、取材・文/田邉愛理、企画・構成/寺田佳織(マイロハス編集部)、image via shutterstock

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