今回、脳をコントロールして食べすぎ飲みすぎを防ぐ方法を、脳のエキスパート・脳神経外科医の菅原道仁先生に伺いました。
食欲はじつは2種類ある!?
──先生、年末年始はどうしても食べすぎてしまうのですが、なぜなんでしょう?
菅原先生 :
飲み会、楽しいですもんね。テーブルに並ぶご馳走は、食欲をそそりますよね。
そもそも食欲というのは、人間の本能に直結した欲求です。
食べなければ死んでしまいますから、人間のDNAには「生きるために食べる」というミッションが組み込まれています。脳は本能に近いものを優先しますので、食欲はかなり優先度が高い欲求なんです。
──そうなんですね。では心おきなく食べてよいのでしょうか。
菅原先生 :
そうではありません。現代人は、あきらかに食べすぎ。
食欲には「ピュアな食欲」と「フェイクな食欲」があり、本当に空腹を感じたときに食べ物を欲するのが「ピュアな食欲」です。
一方、空腹でもないのに「おいしそうだから食べよう」「話題のスイーツだから食べておいた方がいい」といった食欲は「フェイクの食欲」。
24時間365日食べ物の情報にさらされ、またいつでも食べ物が手に入る環境で生きる私たちは、フェイクの食欲に支配されているんです。
食べないともったいない! そう思ったことありますか?
──あ、このスイーツ日本初上陸の人気のお店で買ってきたんですけど、おひとつどうですか?
菅原先生 :
いえ、けっこうです。お気持ちだけいただきます。私は「フェイクの食欲」をコントロールできるのです。食べすぎを気にしていながら、なぜそのスイーツを買ったのですか?
──話題のお店のものだったので、食べなきゃ! と思って……。
菅原先生 :
その行動は、脳の特性からみるといくつかのポイントがあります。
まず、話題の店のスイーツを買ったことで「ドーパミン」が出たはずです。「ドーパミン」とは快楽物質で、何かを成し遂げたときや、成功体験を得たときに分泌される神経伝達物質です。
「入手困難な話題の店のスイーツを手に入れた!」という成功体験によりドーパミンが出て、興奮を感じたでしょう。だからこれからも、話題の店のものが欲しくなります。
そして食べたらおいしかった! そこでもドーパミンが出ます。ドーパミンには依存性がありますから、脳はその行為を繰り返すようになります。つまり、おいしいものを食べてドーパミンがでると、どんどんおいしいものを欲してしまうんです。
もうひとつのポイントは、「損失回避性」という人間のクセ。得をするよりも損をしないほうを優先する心理です。さきほどのスイーツを「食べたことの喜び(得)」よりも「食べなかったことの後悔(損)」の方が心理的インパクトが大きいんです。だから飲み会に参加したら「食べなきゃもったいない」と思ってしまうんですね。
──確かに思います。それに、今年1年頑張ったんだし、年末ぐらい楽しく食べてもいいよね、って思います。
菅原先生 :
人間には「正常化バイアス」というクセがあります。
たとえば、家族や友人が不摂生から大病を患ったとします。あなたはすぐに自分事化して、生活を見直しますか? 多くの人は「私は大丈夫」と、危険をスルーしてしまいます。この心理を「正常化バイアス」といいます。
人は予期しない事態に遭遇したときに「この出来事は正常の範囲内である」と自動的に認識するクセがあるのです。なぜなら、脳はいちいち反応していると疲れてしまうので、「心の平安を守ろう」と働くからです。
脳は基本的に怠け者なので、エネルギーを使うことを嫌います。だから「年末に食べすぎるのは、まあ許される範囲」と思ってしまうのでしょう。でも、食べすぎが健康にいいわけありませんよね。食べすぎは「正常の範囲内」ではありませんよ。
食欲をコントロールする方法とは?
──(ショック……)先生はどうやって食欲をコントロールしているんですか?
菅原先生 :
方法はいろいろあります。脳をうまく使えば、誰でもできるようになりますよ。
まずひとつは、「摂食中枢と満腹中枢」を正常に戻すこと。
摂食中枢とは空腹感を生み出すもの、満腹中枢は「お腹いっぱいになったのでもう食べるのをやめよ」という指令を出すもの。この2つを司る注目のホルモンがあります。グレリン(食欲増進ホルモン)とレプチン(食欲抑制ホルモン)です。
さきほども言いましたが、人間は生きるために食べなければなりませんから、グレリンは「お腹がすいたので何かを食べよ」と指令を出します。しかし、食欲を増してしまうので、食べすぎさんには厄介な存在ですね。
実はこのグレリンは、運動することで分泌が抑えられるといわれています。つまり、食欲を増進させるホルモンを減らせるのです。
次にレプチンですが、こちらは良質な睡眠により、増やすことができるといわれています。食欲抑制ホルモンはたっぷり出てほしいですよね。睡眠時間が短いと、グレリンも増えるので、夜更かしは食べすぎさんには何もいいことありません。
──運動をして食欲増進を抑え、よく眠って食欲を減らすということですね。
菅原先生 :
その通りです。現代人は運動をしない、睡眠時間が短いという人が多く、それにより食欲中枢コントロールが乱れているので、余計に過食になりがちなのです。
もうひとつ、脳は「選択に迷う」ことが嫌いです。エネルギーを余計に消費するからです。
ビジネスの成功者は、いつも同じデザインの服を着ている人が少なくありません。それは、余計な選択をしないことで、脳のリソースを本業に使うためです。
みなさんはおそらく、仕事や恋愛、SNS、ファッションや食事など、毎日ものすごい数の「選択」をしているでしょう。食欲コントロール、つまり食べ方のクオリティを上げるには、生活の中の選択肢を減らすこと。
「もう疲れたし、お腹すいたから今日のご飯は何でもいいや」という状態は、脳が疲れている証拠です。
──ではどうしたらいいのでしょう?
菅原先生 :
それは「選択肢を減らし、迷わずに決める」こと。私は物事を常にシンプルに考え、服もパターンを決めています。
食事も体にいいものを10くらい決めておき、それをローテーションして食べています。そうすると、自分の体調などを考えながら、きちんと選択できる余裕が生まれるのです。
脳が大嫌いなことを逆手にとる
──選択すること、確かに多すぎます。毎日「今日のランチ何にしようかな」と迷いまくっています。
菅原先生 :
行く店や食べるメニューをある程度固定化するといいですよ。物事がスパッと決まると、脳は喜んでいますから。
それから、脳は面倒くさいことが大嫌いです。それを逆手に取りましょう。こまめに歯を磨いたり、女性だったら食後すぐにリップを塗りなおす。そうすると、また直すのが面倒なので食事を控えますよね。
ほかにも左手で食べるとか、飲み会のときは食べものが取りにくい席に座るなど、「もう面倒くさいから食べなくていいや」と思えます。
ここで、先ほどの「損失回避性」がむくむくと湧き上がってくるかもしれませんが、食べないことは損ではありませんのでご注意を。
──なるほど。でも飲み会は楽しくて、つい羽目を外しそう……。
菅原先生 :
飲み会が悪いのではありません。楽しい会にはぜひ参加してください。
「どう食べるか、どう飲むか」がコントロールできればいいのです。野菜や食物繊維を先に食べるとか、油物や炭水化物は控えるとか、頭を使って食べましょう。
正常化バイアスも外してくださいね。楽しいことと自分の健康を、しっかり天秤にかけてください。
ストレスで食べすぎないようにするには?
──先生はストレスでつい食べちゃうことってないんですか?
菅原先生 :
ないですよ。それにはいい方法があります。
「メタ認知」という方法です。メタ認知とは、神様のような視点で自分自身を監視し、コントロールしていく力。
目の前のビールと唐揚げから、視点をずっと高く引き上げてください。自分の人生を俯瞰してみましょう。ビール片手に唐揚げをほおばる自分は、理想の自分でしょうか?
「ストレス解消は食べるのが一番」という人がいますが、解消されるのは一瞬だけ。そのあとは長く続く後悔だけが残ります。食べることでストレスは解消されないのです。
メタ認知力を発動させるのも食欲コントロールのひとつの方法です。
──なんかむずかしそうですね。
菅原先生 :
ではちょっと発想を変えてみましょうか。電車に乗るときに、「何両目に乗るとエスカレーターが近いか」と考えませんか? そして、もっとも近い車両に乗り込みますよね。これもメタ認知のひとつです。
自分が移動するルートを俯瞰して、行動を決定しています。
食事も同じ。理想の自分を想定し、そこから逆算して今の行動を選択すればいいのです。
食欲に打ち勝つ「いい呪文」
──なるほど。わかりやすいですね。今日から食欲に打ち勝てるかしら……。
菅原先生 :
いい呪文がありますよ!
食欲が暴走しそうになったら「この食事、本当に私の人生に役に立つか」と自問してください。
理想の自分に目の前の一口は本当に必要なのか、自分に語り掛けてください。
そしてもうひとつ。食事以外の楽しいことを見つけましょう。食事以外でドーパミンが出るようになると、徐々に欲求がそちらに移っていきますから。
──そうですね! さっきのスイーツ、もういらない気がしてきました!
今月、食べたい・飲みたい欲求にかられたら! 思い出したい名言集
この食事、この1杯、本当に私の人生に役に立つ?
目の前の一口は本当に必要?
これぐらい大丈夫と思ってない?
食べなきゃもったいないと思っていない?
食欲をコントロールする方法
研究で判った「太る食べ方」3つ。つまみ食い、ながら食い、そして……
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菅原道仁(すがわら・みちひと)先生
脳神経外科医。菅原脳神経外科クリニック院長。1970年生まれ。杏林大学医学部卒業後、国立国際医療研究センターに勤務。2000年より脳神経外科専門の北原国際病院(東京・八王子市)に15年間勤務。毎月1,500人以上の診療をおこなう。2015年に菅原脳神経外科クリニック(東京都・八王子市)、2019年に菅原クリニック 東京脳ドック(港区・赤坂)を開院。著書に『死ぬまで健康でいられる5つの週刊』(講談社)など。
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