自分で作れば安くあがるという貧乏性的家訓があったために、今までいろいろなものを自作してきましたが、本を作ってみたのは初めてのことです。

 作った本のジャンルは非常にマニアックな趣味の分野で、蒸気機関車の図面集というものです。

 このジャンルを少し説明しますと戦後すぐの時代まで遡ります。戦争の終結とともに抑圧されていた趣味も復活、鉄道や鉄道模型を趣味にしていた人たちが集って同人誌を作り始めます。そのうちのひとつが現在も続く「鉄道模型趣味」という雑誌で、創刊は1947年です。当時この趣味を楽しもうとすれば、完全に自作をする以外に方法はなく、仮に完成品などがあったとしても一般の人には手の出せるような価格ではなかったようです。そこで、そういった人たちの便宜のために車輌の図面集というものが作られたわけですが、当時の人気は凄まじく、発売日には模型店に長蛇の列ができたという話もあります。

 その後、模型製造メーカーがいくつも現れ、製品価格も安価になってくると自作をする人たちは少数派になりました。それでも資料としての図面に関心を持つ鉄道ファンや模型ファンは少なからずいるようで、付録に折込図面を付ける雑誌は今でも多く見られます。

 ではなぜこのジャンルだったのかというと、子ども時代に見て非常に感動した図面集を、こんどは自分なりのスタイルで追究してみたくなったからということに尽きるでしょう。

 作るのであれば今までになかった情報でなければ意味がありません。そこで、ファンの間では比較的よく知られていながら未開拓だった東武鉄道の蒸気機関車に注目しました。国鉄のものに比べれば種類も少なく、32ページ程度の小編にまとめるには恰好のテーマでもありました。

 構成は形式別(種類別)に1形式1ページとして、図面と解説、参考文献リスト、車歴を納めるというスタイルを考え、史上最も美しい図面集というのを目指しました。

 特に参考文献リストは学術論文式で記述、後世の趣味人もしくは研究者の役に立つ資料とすべく配慮しました。電子書籍化した場合、参考文献はGoogleブックサーチなどにリンク設定しておくと面白いかもしれません。

 図面集の主役は図面なので、正確であればあるほど資料的な価値は高くなります。例えば、製作に必要な基本情報には、形式図(主な外形寸法を入れた極めて簡単な図)、外観写真、組立図(設計時にメーカーが製作した詳細図面)などがありますが、中でも組立図は既出の資料がない場合、入手にはかなり苦労します。

 東武鉄道には独自に輸入した機関車があって、そのうち国鉄のものと異なるものが2種あったため、この組立図をどう入手するかが課題になりました。国内の資料をいろいろとあたりましたが、まったく手掛かりはありません。

 そこで、もともと輸入品なのだから生産国に資料が遺されているのではないかと考え、外に目を向けて検索してみると、案の定、遺されているではありませんか。欧米の文化財収蔵レベルが高いことや誰にでも開かれていることなどは知っていましたが、実際に体験してみると本当に素晴らしいと思いました。

 それから、archive.orgというサイトをご存じの方も多いと思いますが、ここも資料探索には非常に有用で、戦車の取説などが公開されていたり、研究者だけでなくマニアにとっても必見のサイトと言えるでしょう。

 出来上がったら本にしてみたくなるわけですが、昨今は同人誌専門の印刷会社などもあり、データをPDFで用意すればどこでも印刷や製本をしてくれます。当然の如く、自費印刷、やってみました。A4、モノクロ、本文32ページで50部印刷して3万円ほど。製作費は自力のため限りなくゼロなので掛かった費用はこれだけでした。

 また、印刷物になってみるとこんどは誰かに見てもらいたくなるもの。迷惑な話ですが、この「暫定版」を友人、知人はもとより鉄道趣味界の重鎮の方々にまで送ってしまいました。まあ、概ね良い評価をいただいたのは幸いでしたが……。

 そうこうしているうちに、出版事業を始めようとしていた方の目にとまり、トントン拍子に刊行ということになりましたが、これはやはり自費印刷のおかげと言わざるを得ないでしょう。

 さて、販売が始まるとやはり気になるのは売行きです。鉄道模型の同人誌で事前告知してもらったおかげでアマゾンでの予約が80冊あまり、それから鉄道書の聖地「書泉グランデ6F」に営業に行ったところすぐにOKとなり、他の書店・模型店も合わせて400冊ほどが委託販売で出回わっているところです。2週間で在庫のほぼ半分が捌けたのは予想外でした。これで製作費は何とかカバーできそうなので安堵しています。

 本を作ってみてよかったことはいろいろありますが、まずは子ども時代に感銘を受けた図面集の作者の方から返信をいただいたこと。こちらの勝手な思い込みですが、何か恩返しができたようでうれしくなりました。それから、出版物を通じて鉄道趣味界の方とつながりができたことも大きな財産になりそうです。趣味で文化貢献ができる上に人生も豊かになる、「図面史料の収集と二次資料の製作」、自分のライフワークはこれに決めました。

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東武鉄道の蒸気機関車

●「本を作ってみた話」 石島治久(リアルテキスト塾4期生)