学者と言うのは、現象に対して仮説を立て、その妥当性を証明することにより、世間に認められ、それによって職を得て、生活するという、1つの職業である。世の中には「掃いて捨てる」ほど、仮説があり、学者が存在している。仮説が原理として認められることは稀である。学者や仮説を知ることがどうしてそんなに嬉しいのだろうか。「認知的不協和論」なんて改めて恐ろしげな名称を聴けば何か全く新しい知恵かと思うが、そんなことは昔からほとんどの人が知っていたことである。政治家、官僚、メディアのお兄ちゃんたちが、あることに目をつぶり、他のことだけを大げさに説くのは保身上の自衛手段だろう。ある種のメディアは、政府に反対するデモに12万人集まったと言情報を、明らかに誇張であると知りながら、「主催者がそう言っている」という形で責任逃れしながら、報道する。それも「認知的不協和論」で説明できるね。別にびっくりするほど、ユニークな理論でも何でもないけど。そんなことを紹介して、孫崎氏は彼の本が売れたり、講演依頼が増えたりすることを期待しているのだろうか。ペーソスを感じるね。人生の終わりが彼にも近づいているということに過ぎないけど。
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孫崎享チャンネル
(ID:32175174)
学者と言うのは、現象に対して仮説を立て、その妥当性を証明することにより、世間に認められ、それによって職を得て、生活するという、1つの職業である。世の中には「掃いて捨てる」ほど、仮説があり、学者が存在している。仮説が原理として認められることは稀である。学者や仮説を知ることがどうしてそんなに嬉しいのだろうか。「認知的不協和論」なんて改めて恐ろしげな名称を聴けば何か全く新しい知恵かと思うが、そんなことは昔からほとんどの人が知っていたことである。政治家、官僚、メディアのお兄ちゃんたちが、あることに目をつぶり、他のことだけを大げさに説くのは保身上の自衛手段だろう。ある種のメディアは、政府に反対するデモに12万人集まったと言情報を、明らかに誇張であると知りながら、「主催者がそう言っている」という形で責任逃れしながら、報道する。それも「認知的不協和論」で説明できるね。別にびっくりするほど、ユニークな理論でも何でもないけど。そんなことを紹介して、孫崎氏は彼の本が売れたり、講演依頼が増えたりすることを期待しているのだろうか。ペーソスを感じるね。人生の終わりが彼にも近づいているということに過ぎないけど。