『鳩山由紀夫 孫崎享 植草一秀 対米従属という宿痾』
はじめに 鳩 山 由 紀 夫
日本を真に尊厳のある国にしたい。名誉ある地位を占めたいのではなく、世界の国々からも尊敬される国でありたい。そのためには、アメリカの保護領だなどと揶揄されるのではなく、真の意味で独立した国にしたい。そして、そのことによって、国民みんなが公正で幸せを感じられる社会にしたい。
これが二〇〇九年の政権交代の大きな一つの目的でした。しかし、その目的は十分に果たすことができませんでした。多くの国民のみなさんの期待を裏切ってしまったことを申し訳なく思っています。私の責任は極めて大きいと自覚しています。それだけに、なぜ独立運動とも言える革命的事業が成功しなかったのか、この本の鼎談の中で明らかにしていきたいと思います。
今の日本は、ぜんまい仕掛けの時計の針を前に進めようと、力いっぱい巻
コメント
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書いた内容がPCがCTDして飛んだので簡潔に。鳩山氏は健全な普通の穏健保守政治家。日本が普通の民主主義国家なら首相にはならずに済んだだろうが、敬意を払われる一議員として職務を全うしただろう。
ずっとここでコメントしているが、この国のボトルネックは国民自身。ここで1の危険を冒して将来の安定と繁栄を手に入れるか、目先の1の安全のために子孫たちに衰退と破滅を押し付けるか、二つに一つ。日本人は後者を半世紀前に選択。現在もそうしようとしている。ドイツ人は学習したが日本人は違うのだろうか?
私は自国に軽侮の念を抱いている。それが不快なのだ。私は叶うならば名誉と高潔さを誇りたい、厚顔無恥と卑屈さなぞ豚にすら劣る。人間は尊厳ある存在だ、ならば集合体たる国家もそうあって当然ではないか。
(ID:32175174)
XYZ殿へ。この国の主要な問題の一つが国民自身(の意識、知識、分析力、論理的思考力の低さ)であることには同意します。しかし、それは理想像に比較してであって、現実問題として、あきらめてしまうほどひどくはない。一般的に、日本人と比較して上記の点で優れていると思われるドイツ人自身、ヒットラーが台頭してきたとき、大半のドイツ人は彼の弁舌に酔ってしまい、第一次大戦における敗戦で受けた屈辱をはねのけ、Deutschland ueber Allesなどという歌声に乗っかって2度目の屈辱への道を突き進んだ。正に、理屈をどれほど巧みにこねても、間違いを起こさないという保証にはならないことの実例です。日本人は一度の敗戦で戦争のむなしさを感情的に知った(一部の人間は西行の時代から知っていたが、日本人の大多数が戦争に反対するようになったのは史上はじめてかも)という点で、ドイツ人よりましかもしれない。憲法改正、自衛隊を国防軍に改名なんて唱える輩は少数派に過ぎないと信じたい。「人間は尊厳ある存在」とおっしゃる理由がわかりません。また、「厚顔無恥と卑屈」というような高等な理念は人間にのみ存在し、豚の頭脳には存在しません。「厚顔無恥と卑屈」は人間という高等動物の自衛のためのツールです。とうぜん、人間の集合体である国家にも「厚顔無恥と卑屈」は自衛のために必要であり、名誉や高潔さは時によって国家の存続に害を及ぼします。特攻隊員たちは国家の「名誉や高潔」を夢見て自殺行為に勤しんだのですが、戦争の行方にはほとんど無効であり、無駄死にとなっただけでした。「名誉や高潔」とい理念は「厚顔無恥と卑屈」の裏返しにすぎず、いずれも自己保存の本能のために生まれたものに過ぎないと思います。
(ID:8893648)
oldjapさんへ
あんたも自分の知識に酔って
「Believe meなどと相手の大統領に言っても英語力を馬鹿にされるだけだ。その交渉はなまじっかの付け焼刃的語学力と歴史の不十分な理解と論理、相手を追い詰める思考力がなくては無理。」
などと書いているが、まずビリーブミーなどと言っていない。言っておくが、揚げ足ではない。
あんたが「語学と十分な理解と論理と思考」を説いているから、そのことを「厚顔無恥」でなければ、「謙虚」に受け止めるだろうと思ったからだ。
「批判しているだけに過ぎない」「生まれたものに過ぎない」と結論付け、自己陶酔するのは勝手だが、鳩山氏が孫崎氏との間で行なわれた対談では、「トラスト・ミー」の経緯とその中身について、あんたが批判するようなテレビ新聞が当初書き立てた中身じゃないことが語られている。
御用テレビ新聞では伝えられない事実を本人が直接ネット媒体を通じて語るからこそ、真実を希求するものがそこに一次情報を求めるのであって、鳩山氏の英語力など、実際の外交の場においてさして重要ではなく、問題の本質を捉えることもできず、テレビ新聞情報のまま、ただ自己陶酔のために、批判するのなら、ネットの有用性を端から否定し「思考停止してる過ぎず」まったく意味ないね。