中庸左派 のコメント

 シーモア・ハーシュは、ウクライナ軍の反転攻勢は失敗に終わることを示唆しているという。

 「ハーシュ氏は匿名の情報筋から入手した戦場統計を引用し、 ウクライナ軍は過去10日間の戦闘でロシア占領地の2平方マイルしか占領できなかったと 主張した。同氏はさらに、その前の2週間にウクライナ軍が占領した領土はわずか44平方マイルで、そのほとんどはロシアの複数ある防衛線の最初の手前に位置する空き地だったという。

ロシアは以前はウクライナの一部であった4万平方マイルの土地を保有しているため、同地域にキエフの支配を再び課すには「ゼレンスキー軍が117年かかるだろう」と「事情通の当局者」がハーシュに語った。」

https://countercurrents.org/2023/06/seymour-hersh-forbes-financial-times-economist-cnn-on-war-in-ukraine/

 「事情通の当局者」の発言として、ロシア支配地域を奪還するには「117年かかるだろう」と冷笑しているカンジであろうか?

 実際、このCNNの記事のように、戦況としてウクライナ側が押し返している兆候はなく、反攻が進展していない、という主流権威筋メディアの報道はチラホラ出ている。

 この記事は時事通信によるものだが、同様な内容である。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6468433

 この時事の記事によると、
 「「1カ月で南部の158.4平方キロを解放した」。ウクライナのマリャル国防次官は3日、SNSで明らかにした。東京23区の面積の約4分の1に当たるが、広大なウクライナの一部にすぎない。」とあり、シーモア・ハーシュ氏の記事にある46平方マイルを平方キロ換算すると、約120平方キロくらい。ウクライナ側の多少の誇張を考慮すると、総じて、反攻は進展していないと見て良いだろう。

 もっと言うなら、失敗している、という評価が妥当であろう。

 こうした見解を述べている識者は複数いるが、やはり一般に主流権威筋メディアでは黙殺されている。

 例えば、戦況に関しては、私は矢野義昭元陸将補、用田和仁元陸将の専門的分析を参考にしているが、ウクライナの反攻失敗を断じている。

 ジャーナリズムの分野では、田中宇氏は一貫して戦況はロシア有利を論じてきた。

 また、ロシアの特別軍事作戦の背景等を分析する外交的知見では孫崎先生。

 主流権威筋メディアによる「大本営発表」とは異なる分析をしている専門家、識者は確実にいる。しかし、何故かメディアには全く出ない。即ち、両論併記すらない。

 「言論の自由」は、結局建前に過ぎない。異論を無視、黙殺し、両論併記を妨げることは少なくとも言論の抑圧である。

 複数の情報を選択的に検証出来ないメディア環境では、一役買うのが、「大本営発表」にお墨付きを与えるその意味でのエセ専門家達だ。

 ロシアの特別軍事作戦についていうなら、防衛研究所の連中とか、小泉悠だろう。

 そういえば、毎日がこんな記事を出していた。「ロシアが日本侵攻」報道を打ち消した小泉悠さん 職人芸の分析手法 (2023/5/27 )だそうだ。

 小泉悠が「22年11月に米誌ニューズウィークが、ウクライナ侵攻前の21年夏にロシアが日本への侵攻を準備していたと報じたことを打ち消す分析を示している。」

https://mainichi.jp/articles/20230525/k00/00m/030/104000c

 ま、ハナシが荒唐無稽過ぎて、小泉でなくても、B層でも誰でも、そんなわけあるかい?!と一刀両断するだろう。

 ツチノコを見つけた!レベルの与太話なら、誰でもスルーするものだ。しかも、現実に起こってもいなかった事態である。

 ニューズウイークの記事は、ロシア脅威論を煽る悪質なヨタ記事だ。職人芸も分析も必要なく、一笑に付せば良いだけのハナシ。

 主流権威筋メディアは小泉を持ち上げすぎだろう。いくら軍事オタク的に細部の情報に精通していても、結論が偏向した「大本営発表」にお墨付きを与えるだけのプロパガンダでしかないなら、「職人芸」的太鼓持ちでしかない。

 細部を知っていても、木を見て森を見ず、みたいな分析しか小泉悠は出来ていないだろう。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/international_news_navi/articles/qa/2023/06/20/32436.html

 もっとも、小泉の名誉のために付け足すなら、ウクライナ応援団、小泉ですら「進撃速度があまり速くないです。特に方面によってはほとんど前進できていないところがあります。」と語っているのだから、これを事実現実と見て良いだろう。

 その上で、小泉は「大変な被害が出ていることは間違いないので、「たいしたことない」とは言いにくいですが、ただそれが想定外かというと、おそらく想定内だろうと思います。」と、ウクライナへの肩入れが滲む。

 それでも、逡巡があるのか、「ただ、少し分からないのが本格的な反転攻勢が始まって10日以上たっても、なかなかウクライナ軍がロシア軍の第一線陣地にたどりつくことさえできていない。」というのである。

 事実現実を直視しないと歯切れのよい分析にはならない。

 実際、ロシアの防衛ラインは3段階の陣地に分かれていて、現段階でウクライナは第一陣地にたどり着いてもいない、というハナシだ。

 それ故にか、再び、小泉悠の言説を引く。

 「ただ、これが仮にウクライナ軍参謀本部の作戦計画よりだいぶ遅れているのだとすると、大規模な戦闘ができる期限が決まっているということが効いてくると思います。というのも、今後、秋に入ると、戦地の地面がぬかるんできて、大規模な戦闘はできなくなってしまうことが、ほぼ宿命的にわかっているわけだからです。」

 要するに、気候や土地質から反攻期限は夏までだから、それまでに戦果をあげないといけないのに、その戦果が全く見えてこない、と。

 そして、小泉はこんなヘンなことを言うのである。

「戦闘が止まると、政治情勢によっては「そろそろ停戦を」と言われてしまう可能性もあるので、ウクライナにしてみればそうなる前に、なるべく領土を取り返さなければいけないと考えているはずです。」

「だからウクライナ軍にしてみれば、残っている予備戦力をぶつけて拳で壁を突き破るようにして海まで突進する。これがもうほぼ全てになると思います。これができるかできないか。」

「ことしの秋以降に、アメリカ製のF16戦闘機やM1戦車の供与といった軍事援助の強化が見込まれるので、ウクライナとしてみれば、来年以降の反転攻勢にもおそらく望みをつなぎたいというふうに思っているでしょう。」

 私が違和感なのは、ウクライナのおかれた事実現実と小泉悠の「分析」或いは「評価」のギャップである。

 私の事実認識は①反攻後一か月過ぎた現段階で、ウクライナはロシア側陣地を突破出来ていない。②既に、反攻までに正規軍を失い、徴兵した兵士も失い、現状は50歳以上のロートルか、少年兵。西側から支援された武器は相当数が破壊された。制空権もウクライナにはない。

 要するに、既にウクライナは負けたのではないか?ほぼ、敗北確定ではないか?この反攻レベルでは、あと117年目標達成に必要、というのである。

 しかも、③今、西側はインフレ・経済不安が深刻化し、NATO内の足並みの乱れも目立つ。アメリカ帝国内の大統領選挙の動向や、MAGAか介入主義かの対立も先鋭化しよう。

 ウクライナを取り巻く外部環境も悪化の一途である。

 従って、①②③の現実を踏まえれば、「そろそろ停戦を」が現実的常識的論評ではないか?

 小泉悠は、あくまでウクライナ側の意向を言うなら、という体で語っている。しかし、私には小泉本人の希望的観測もウクライナと同様なのでは?と疑っている。

 分析の対象と癒着して、事実現実を踏まえずに希望的観測のみ撒き散らすのが専門家か?

 少なくとも、そういう専門家の言説を疑うことは必要だろう。

 結果的に小泉は戦争継続を応援しているのと同じだ。そして、小泉の言説が一定の影響力としてB層に浸透していき、大本営発表を拡張拡大していく。

 この連中がその「罪」を自覚することはなかろう。凡庸な悪とは、そういうものだ。
 

No.5 17ヶ月前

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