記事から再び昔出た本を思い出しました-「本が死ぬところ暴力が生まれる―電子メディア時代における人間性の崩壊」 掲げられたデータと該当国の民度の相関は今ひとつ分かりませんが、日本の将来が明るくなるような読書傾向は全く生じていないでしょう。メール、ブログ、SNS等により若者に活字文化戻ってきた-と見る向きもあるようですが、それで「物を自分で考える」ようになるわけではない。本にしても分厚い全頁が円周率という本もある。要は中身だ。 本などを通じてしか出会えない人物の思索、体験に触れることができるのも大きい。私の周りの若者は「そんなもの、映画なんかで見た方が手っ取り早いよ」と言うが、思い出すのは先だって生放送で対談された児島宏子氏の言葉-「その女は赤い服を着ていた」これが映画になったものを見るのと違って、小説の一節として読んだ場合は脳に独特の作用が生まれる-そんな趣旨だったと思います。 しかし、昔は物を自分で考えねば生活していけない面もあったのでないか。それが今や「生活のために考えること」は容易に「アウトソーシング」可能となった。大企業がアウトソーシングに胡坐をかき、退化して潰れるのと同じに思えます。
チャンネルに入会
フォロー
孫崎享チャンネル
(ID:18471112)
記事から再び昔出た本を思い出しました-「本が死ぬところ暴力が生まれる―電子メディア時代における人間性の崩壊」
掲げられたデータと該当国の民度の相関は今ひとつ分かりませんが、日本の将来が明るくなるような読書傾向は全く生じていないでしょう。メール、ブログ、SNS等により若者に活字文化戻ってきた-と見る向きもあるようですが、それで「物を自分で考える」ようになるわけではない。本にしても分厚い全頁が円周率という本もある。要は中身だ。
本などを通じてしか出会えない人物の思索、体験に触れることができるのも大きい。私の周りの若者は「そんなもの、映画なんかで見た方が手っ取り早いよ」と言うが、思い出すのは先だって生放送で対談された児島宏子氏の言葉-「その女は赤い服を着ていた」これが映画になったものを見るのと違って、小説の一節として読んだ場合は脳に独特の作用が生まれる-そんな趣旨だったと思います。
しかし、昔は物を自分で考えねば生活していけない面もあったのでないか。それが今や「生活のために考えること」は容易に「アウトソーシング」可能となった。大企業がアウトソーシングに胡坐をかき、退化して潰れるのと同じに思えます。