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この20年間、何よりも会社員たちの気をそらし、邪魔をし続けてきたゲームが存在します。そのゲームには牧場やモンスター、テロリストは登場しません。

いまやPCゲームと聞けばコアなファンのためのFPS、『FarmVille』などのソーシャルゲーム、『World of Warcraft』などのオンラインRPGをイメージする時代。しかしここで忘れがちなのは、とあるゲームがそれこそ何十年も、そして何億人もの人々を魅了し続けてきたという事実。そのゲームは今でも、今すぐにでも無料でプレイすることができます(ただしMacは除きます)。

そのゲームとはWindowsの『ソリティア』です。

 
OSにプリインストールされ、人気を博したゲームはもちろん他にも色々ありました(それこそ何千万というユーザーがその恩恵を受けたことでしょう)。それらの典型的なタイトルとしては、例えば『マインスイーパ』。これは多くの人のお気に入りではないでしょうか。他にも『ピンボール』や、そしてWindowsの過去バージョンには出来の良い『テトリス』が搭載されていました。

しかし『ソリティア』だけは別格です。2004年にはマイクロソフト社員のクリス・セルズ氏がソリティアを評して、「世界一頻繁に使われているウィンドウズアプリケーション」だ、と述べました。人々が職場で、または家でWord、Excel、または各種ブラウザを日常的に使用している事実を考えてみると、これは恐ろしい発言ですよね。

 

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ソリティアの歴史

先に進む前に、まずは『ソリティア』についておさらいしておきましょう。

少し紛らわしいですが、実はバージョン3.0以降の全てのWindowsに搭載されている『ソリティア』とは、いわゆる「ソリティア」とは異なるのです。そのような名前のゲームは存在しません。「ソリティア」とは、1人用のカードゲームで、カードの山を色や組によって順序立ててソートしていくものの総称なのです。

Windowsに搭載され多くの人が楽しんできたあのゲームは、数多くある「ソリティア」の内の1つで、「クロンダイク」と呼ばれるもの。1990年に初めてWindowsに搭載されたこのゲームは、デッキのデザインをなんとあのスーザン・ケアさんが担当しています。今でも語り継がれる初代MacのUIデザインの数々を生み出した人物、と言えばより分かりやすいかもしれませんね。

このゲーム自体はマイクロソフト社員のウェス・チェリー氏によって開発されました。実はチェリー氏は開発当時すでに、このゲームがオフィスで流行するであろう可能性(そして危険性)を見抜いていたのだとか。そこで彼は「ボス鍵」と呼ばれる機能を導入しようとしていたのだとか。この機能が発動されると、ソリティアは直ちに強制終了され、本来の業務に戻されることになりました。この機能を使用するとゲーム画面が消え、代わりにあたかも仕事をしているかのような画面が現れます。しかしマイクロソフトの意向により、この機能がWindows 3.0に搭載されることはありませんでした。

みなさんもご存知のように、『ソリティア』はアップグレードを続けており、新たなデッキデザイン、グラフィック、ルールが続々と追加されてきました(Vista、7においてはゲーム中のセーブまで可能になっています)。今やWindowsにはオリジナルに加えて、『スパイダーソリティア』、『フリーセル』合わせて3種類のソリティアが搭載されています。

『フリーセル』は特に華々しい経歴を持ちます。初搭載は1995年、世界を席巻するWindowsへのデビューは遅かったのですが、ネットワーク上のゲームで最もヒットしたゲームの1つとして歴史にその名を残しています

『フリーセル』の考案者でもあるポール・アルフィール氏は70年代後半から80年代初頭に、同時に1000人ものプレイをサポートするバージョンを開発しています。


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ソリティアの貢献

今や『ソリティア』はカジュアルゲーミング、そして職場での暇つぶしの代名詞となりました。しかしマイクロソフトにとっては、もう1つの隠された目的があったそうです。それはユーザーにコンピューター、そしてOSの操作に慣れてもらう、というもの。

忘れがちなことですが、1990年においては、Windowsは多くの人にとって新しい概念でした。マウスという機器もそうです。さらには、ペンや鉛筆、タイプライターと共に育った人々にとって、パソコンという機器自体が違和感を憶える存在でした。

その様な環境において、シンプルな佇まい、明るい色、慣れ親しんだ題材を備えるWindowsの『ソリティア』は「慣れないOSにビクつく人たちを落ち着ける」のに最適だったわけです。さらにマウスを使ってポイント、クリックする動作に慣れてもらうことにもピッタリで、マイクロソフトにとっては一挙両得な手段でした。

実際にこの目論みは成功をおさめました。

 

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障害としてのソリティア

1998年にシステムマネージャーのクリフォード・ストール氏はこう語っています。

例えば営業部の全員にトランプを一組ずつ配って、仕事に飽きたらソリティアでもして遊びなさい、と指示したとしましょう。誰も遊びませんよね?

しかし全員に2000ドルのコンピューターを与えると、皆がそれを使ってソリティアで遊び始めるんです。なぜならソリティアは2、3番目くらいによく使われるプログラムだからです。

『ソリティア』の事を頭に思い浮かべた時、あのカードが舞うエンディングの次くらいに頭をよぎるであろうことは、仕事の障害になるということ。つまり、Facebookアプリが登場する前までは、『ソリティア』こそがこの惑星上全ての人間にとって、職場の生産性を下げる最大の障害でした。そして多くの点で、それは正しい意見です。

オフィスで働いたことがある人なら誰でもこのゲームに誘惑されたことがあるでしょうし、レポートをまとめるべき時に『ソリティア』に没頭してしまっていた同僚を名指しできるのではないでしょうか。時には行き過ぎる人もいます。2006年には、ニューヨークのマイケル・ブルームバーグ市長が仕事中に『ソリティア』をプレイしていた職員を解雇して話題となりました

ソリティア中毒は何も職場に限ったことではなく、その影響は家庭にも及びます。例えば私の父は、この10年間、家事より『フリーセル』に費やす時間の方がずっと多かったぐらいです。中毒症状はより悪化することもあります。1996年には、マリッサ・ハチェット・オーザック医師が彼女自身のソリティア中毒を省みて、世界初のコンピューター中毒専門の医院を立ち上げました。

しかし職場においてちょっとした合間にソリティアを楽しむ場合においては、悪い事ばかりではないようです。ユトレヒト大学が2003年に発表したレポートによれば、仕事中の『ソリティア』を許可されたグループは、そうでないグループに比べて生産性の向上、そして仕事に対する印象の改善が見られたそうです。もちろんこれは「適切な範囲で」、というのが前提であり、『ソリティア』をタバコやトイレ休憩のように捉えることで、短い休憩を作り従業員のリフレッシュを促す効果が出せるわけです。

 
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これほど人気で、重要な役割を担ってきたゲームであるのに、ほとんどの人がその誕生に関わってきたクリエイターたちの名前を知らない、というのは奇妙なものです。そして彼らはその苦労にも関わらず、ほとんど報酬を受けとることも、注目されることもありませんでした。

ケアさんのデザインは確かに自身のウェブサイトにポートフォリオが掲載されています。しかしアルフィール氏の名を耳にしたことがある人がどれだけいるでしょうか。そしておそらく一番悲しいのは、ソリティアが無料でプリインストールされているため、そして通常業務の一環として開発されたため、クリエイターのウェス・チェリー氏がその苦労に対して1セントたりとも報酬を受け取ることがなかったことではないでしょうか。『ソリティア』は歴史上最も有名なビデオゲームの1つなのにですよ。

これも悲しいことに、『ソリティア』が職場において最も時間を費やされる対象であった時代も終わろうとしています。Facebookの手軽さ、楽しさに加え、職場のネット環境も手伝い、『ソリティア』は近年その立場を奪われてしまいました。また『ソリティア』のもう1つの役割である、パソコンとWindowsに慣れてもらう、という側面もいまや必要とされていません。ほとんどの人はもうマウスに違和感を感じることはありませんしね。

 
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時間について1つ言えるのは、皆がそれを有効利用しようとしているのだ、ということ。そこに他意はありません。(上図の訳)

このフレーズは、『ソリティア』は時間を無駄にする、という批判に対してチェリー氏が述べた痛烈な言葉です。今見返してみると、これまで何億もの人々を楽しませてきたものの、その裏側を支えた人々のことを誰も知らない、そんなゲームのエピローグにふさわしい言葉ではないでしょうか。


歴史上最もヒットしたPCゲーム:誰も知らない誕生秘話、そしてその社会貢献とは[Kotaku Japan]
Luke Plunkett(原文/上原理)