この日初めて雅也君の実家を訪問した。私は雅也君の母を「優子さん」と、呼ぶことになった。

 優子さんはマッターホーンのケーキを用意して私の来訪を待っていた。BMWのエンブレムを四角くしたようなダミエをノリタケのケーキ皿に盛り、トワイニングのダージリンを淹れてくれた。

リビングにはバッハの無伴奏チェロ組曲が控えめな音量で流れている。こんなに心安らぐ時間を過ごすのは久し振りだった。とても居心地が良い空間だった。

優子さんはベランダでハーブを育てていた。プランターに、セージ、ルッコラ、ローズマリー、タイム、バジルが植えられているのが見える。

「自宅でハーブが採れたらお料理に便利ですね」

「今はスーパーでもフレッシュハーブが売っているけれど、ベランダ菜園って楽しいのよ。ちょっと青味が欲しい時にも便利でね。花菜ちゃんが始めるなら良いハーブショップに連れて行ってあげるわ。カリス成城っていうお店でね。うちで箱庭を作ってから、花菜ちゃんのマンションに運べば部屋を汚さなくて済むでしょう。スリットポットを並べて育てた方が大きくなり過ぎないし、インテリアとしても使えるわよ」

優子さんの勧めで、私は上京してすぐにベランダ菜園を始めることになった。雅也君と三人でカリス成城に行き、優子さんが野菜の種や苗を選んでくれた。

私は、ポプリやアロマオイルに夢中だった。サンダルウッドのアロマオイルの匂いを嗅ぎ、白檀の香りに似ているわ、と言い優子さんに笑われた。アニス入りハーブティーを飲んだ美穂が、八角の味がすると言ったのを笑えない恥ずかしさだった。

雅也君が持つ買い物籠に、私は棚から次々入れ、支払いは優子さんがしてくれた。

 昔からよく買い物に来るというスーパー成城石井は、健ちゃんのマンションの近くにある武蔵小杉のイトーヨーカドーや東急ストアの商品とは全然違った。買い物袋は明治屋と同じ紙製だった。駐車場には外車がたくさん目についた。

優子さんのBMWは深緑色で、徹さんが乗っていた車より大きかった。黒く縁取った円の中央を十字に四等分し、点対称に青と白に塗り分けたエンブレムは、父に見せられた徹さんが乗っていた車と同じだった。

「来月はお花見に行きましょうね。長瀞の宝登山の山頂から見る梅が素晴らしくて、感動したのよ。もう、梅や桃は終わりだから、四月に入ってヤマツツジの花や染井吉野が見頃になったら行きましょう。長瀞に美味しいかき氷屋さん見つけたのよ」

優子さんは嬉しそうに言った。