東京新生活

羽田空港には人事課の田代さんが迎えに来てくれていた。本社に正社員で採用された地方の高卒者にだけしているサービスらしい。

大手のファーストフードチェーン店を運営する企業は、毎年新卒で数百人採用するが、そのうち九割以上が大卒だという。私でも知っている大手の商社、銀行、出版社は、高卒の採用が0だということを求人票を見て知った時は、少しショックを受けた。

就職活動と呼べるようなこともせず、一社の入社試験を受けただけだったが、社会での自分の立ち位置は北海道出身の高卒少女でしかないことを実感させられた。

外食産業は、三割以上が三年以内に離職するという統計も見たことがある。離職率が高い業種であることは、三ヶ月で辞めようと思っている私の気を幾分、楽にした。

社員寮は駒沢通沿いの目黒区五本木に建つビルだった。一階は宅配ピザ屋で、二階以上は同じ造りのワンルームマンションだという。社員寮とは言え、常時管理人がいるわけでも門限が決められているでもなく、格安で立派な賃貸マンションに入居できてラッキーだと思った。

私は二階の角部屋に案内され、オートロックや電磁調理器、水道や電気の使い方を教えてもらった。公共料金の自動引き落としの手続きも説明されたが、長く住むつもりはなかったので、請求書が届いたらコンビニエンスストアで支払うことにした。

 駅からゆっくり歩いても五分かからない距離に、銀行と信金が四店、コンビニが三軒、ドラッグストアが二軒、喫茶店が三軒、パン屋とケーキ屋を三軒見つけた。歯科医院と診療所、美容室は数えているうちに忘れる程あった。駅前の商店街には八百屋、惣菜屋、肉屋、魚屋、おでん種だけを売ってる店もある。衣類、家具、家電、寝具の店があり、飲食店も数多い。本屋と区立図書館もあった。

 駅を出ると、赤いKFCと黄色いMの看板が目に入る。高架下に東急ストアがあり、マンションの向かいにはスーパー三和とデニーズがあった。

徒歩五分圏内で日常生活に必要なものが全て揃えられる利便性に感動した。

 上京した日の夜に健ちゃんが泊まりに来た。

翌日は健ちゃんのマンションに泊まりに行った。

健ちゃんは会社の寮を出て、マンションに引越し、私の上京を待っていた。武蔵小杉にある新築の分譲マンションだった。私の社員寮の場所が祐天寺だと決まると、すぐに健ちゃんは不動産屋巡りをし始めた。

 同じ東急東横線で、現場がある川崎に近い物件を探し、南武線にも接続している武蔵小杉を選んだという。南武線の立川方面に乗ると、府中本町駅まで乗り換えなしで行けるのも大きなポイントだった。

府中本町駅は、連絡通路で東京競馬場と結ばれているからだ。競馬は私と健ちゃんが知り合うきっかけとなった共通の趣味である。

「中央フリーウェイ」の右に見える競馬場が東京競馬場のことだと、健ちゃんとドライブして初めて知った。健ちゃんは白いマークⅡに乗っていた。

 左は多摩川競艇場だと教えてくれた。ビール工場の話は出なかった。調布基地ってこの辺りかしらと思っていると、近くに京王閣競輪場があるよ、と健ちゃんは言った。

二月までの大暖冬から一転し、三月から冬型の気圧配置になり寒い春だった。東京の外気は冷たく、室内を暖めるエアコンの温風は不快だった。エアコンは部屋全体を自然なぬくもりで包む暖房ではないらしい。いつだったか、徹さんがそんな話をしていたことを思い出し、デロンギのオイルヒーターを買った。

 三月に上京した私は、入社式までのほとんどの時間を神奈川で過ごした。