礼讃

礼讃・第34回「高二の夏」⑧

2014/10/02 13:00 投稿

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「私はセックスでイケていないの?」

「今の花菜ちゃんは、クリトリスでオーガズムを得ているんだよ」

「徹さんのおちんちんが膣に入っていても?」

「そうだね。ペニスを出し入れするより、クリトリスや乳首の方が感じるだろう?」

確かにそうだった。ペニスを挿入しただけでは痙攣する気持ち良さへ辿り着くことはできずにいる。ペニスを挿入するより、乳首を舐められながらクリトリスを撫でられてイク方が快感の度合いは明らかに強い。

「ヴァギナの奥でイクのがセックスでイクってことだよ。花菜ちゃんはまだクリでしかイッていないから、二~三回オーガズムに達したら満足するだろう。ヴァギナの奥でイケるようになると、もっとし続けたくなるよ」

「今よりもっと長い時間したくなるってこと?」

「そうだよ。体力が続く限り、気持ちも体も求め続けてイキ続ける。ヴァギナでイケないと、そういうセックスはできないよ。女性は、男より何倍も気持ち良くなれる可能性を秘めているんだ。奥でイキ続けるとトランス状態になる」

私は、彼の言葉に唾を飲み込んだ。想像ができない官能世界の話だった。

「膣の奥って子宮の入り口でしょう? そこが気持ち良くなるの?」

「そうだよ。指でも刺激できるけど、ペニスで突かれるから、深くイケるんだ」

「私が膣の奥じゃなくて、クリトリスでイッてるって、どうして分かるの」

と、私は訊いた。彼は笑いながら、

「そりゃすぐ分かるよ。反応が全然違うから。花菜ちゃんはイクときに自分がどんな声を出してるか知ってる?」

と、彼は私の顔を見たので、恥ずかしさに下を向いて肯いた。

「普段話しているよりずっと高い声で喘ぐだろう。子宮を突かれてイクときの声は、そんな可愛いもんじゃないんだよ。話す声より低音で、動物が呻くような唸り声をあげて惚けた表情になるから、気付かないわけがない違いだね」

「私、そんなところを徹さんに見られるのは恥ずかしいわ」

「俺は花菜ちゃんがそうなる瞬間を見てみたい。そういう姿を見せてくれると俺は嬉しいな」

「そうなの?」私は彼の顔を見て訊いた。

「そうだよ。ヴァギナでイク花菜ちゃんを見たらもっと好きになる」

そう言って彼は、煙草の匂いがするキスをした。

「ヴァギナでイケる女性は多くないんだ。クリトリスのオーガズムしか知らない女性の方が断然多い」

「えっ、回数を重ねたら必ず膣でイケるわけじゃないの?」

「違うよ」

このことも衝撃的な事実だった。膣でイケない女性が多いなんて信じ難いことだった。セックスの経験を積めば、男性の射精のように、自然と膣がオーガズムに達することができると思っていたのだ。

「クリトリスの快感だけに頼っていると、そこの刺激ばかり求めるようになって感度が退化していくから、オナニーや前戯ならイケるけど、セックスでは体の満足感が得られない女性の方が多いんじゃないかな」

「えーっ、そんな話、初めて聞いたわ。本当なの?」

「本当のことさ。世の中はファンタジーと演技する女とセックスが下手な男で溢れているってことだな」

と、彼は一瞬眉を上げ、しみじみとした口調で言った。

「いつか徹さんに膣でイカせてほしいな」

私は呟いた。

「頑張るよ。花菜ちゃんの体ならイケそうな気がする」

「私も、徹さんにイカされる予感がする」

私達は見つめ合って笑い、温泉に入った。

窓から星が見えた。もう真夜中だった。

 

翌朝は、ダイニングカフェで朝食をとり、彼が新聞を読む隣で参考書を開いてから、指導センターに向かった。

午前の授業を終え、徹さんは柳月ビルの一階で待ち合わせ、彼が昨日、見つけた「養老の滝」で一緒に昼食をとった。喫茶店でお茶をしてから、彼は柳月のビルのエレベーターまで私を送ってくれた。彼もエレベーターに乗り込み、扉を閉じるボタンを押し、扉が閉まった瞬間に私を抱き締め、キスをした。

「勉強頑張ってこいよ。ホテルに戻ったら電話して」

彼は開のボタンを押し、エレベーターを出て手を振った。コーヒーと煙草の匂いがするキスは、教室に入っても私の脳を痺れさせた。

ホワイトボードにさらさらと英文を綴って解説する男性教師は、誰とどんなセックスをしているのだろうかと考えたりはしたけれど、概ね講義に集中できた。こういう頭の切り替えは得意だった。

受付で、明日の夕方からの個人指導の予約をし、バゲットとバターとマーマレードを買ってホテルに戻った。無性に硬いパンが食べたくなったのだ。

大浴場に入り、彼に電話で髪を乾かすまで待っていてと言うと、俺がそっちに行くよとすぐにやって来た。

彼は、ドライヤーで私の髪を乾かしてから、タンクトップの下に手を滑り込ませ、生麩のような弾力の乳房を手の平でゆっくり包んだ。ドライヤーの温風で熱くなった彼の手で、私の乳房はどんどん柔らかくなってゆくようだった。型に入ったゼリーを皿に盛った瞬間のように、彼の手を離れたおっぱいは、ぷるんと揺れる。彼の指で顎をそっと掴まれ、唇を重ねた。

乳房を揉む彼は、いつもより興奮しているようだった。私をベッドに座らせると、タンクトップを脱がせて押し倒した。性急な動きに、彼の興奮が私に感染したような反応をする自分の体が不思議だった。

私はもうスカートを穿いていない。パンティも脱がされている。彼が、蜜の滴る壺に指を入れ、中でくいと指を曲げて「ここだろう」と言われると、私の体は反っくり返った。

「そこ……グレフェンベルクでしょう」

Gスポットを刺激されるたび、エルンスト・グレフェンベルクと唱えていたら、ドイツ人医師の名をすっかり覚えてしまっていた。私は肩を大きく上下させ、息をせわしく吸っては吐いて、声をあげた。

「もっと……」

と、声を出すと、花菜ちゃんは俺のものより指の方がいいんだなあと意地悪なことを言うので、指だって徹さんのものでしょう、もっと指でしてとお願いした。

私は瞬く間に昇天した。

「花菜ちゃんはここで終わっても満足だろう」

「少し休んでから、また指でして」

「指かよ」

彼は笑って残念がった。

「花菜ちゃんから早く入れてって言われるようになりたいなあ」

彼は、無理やりペニスを差し込んだりしない。膣への挿入を希求しているのに、私の気持ちを尊重してくれる彼の思いやりに胸を打たれた。

私は、当然の如く彼にイカせてもらっているけれど、本来セックスは、お互い満たし合うべき行為のはずなのに、私は、自分が与えてもらっている快感と同等のものを彼に与えられているだろうか。

 勿論私は経験が浅く、テクニックと呼べるものは持っておらず、倍も年上の彼をリードすることはできるはずがない。でも、私から積極的に愛撫することは、愛情や気持ち良くしてくれたことへのお返しとしての誠意を示すことになるだろうし、いつまでも何も知らない少女として受け身でいることは恥ずかしいではないかと思った。

彼は、私の表情や顔色、声音や体の変化を見ながら、私が気持ち良いと感じる愛撫をしてくれる。私には、それは不可能だ。

彼は私のように喘ぎ声を出したりしないし、日焼けした彼の肌は、私のように紅潮していくのがわかりにくい。彼の愛撫を受けているときの私は、自分のことで精一杯。彼の変化を注視する余裕がない。正気を失う前に対話する必要がある、と思った。

円滑なコミュニケーションの成立には、双方が言葉に出して上手に伝えることが大切なのは、セックスにおいても同じであろう。

「性感帯」という言葉を聞いたことがある。神経が多く通っている個所は感じやすいという。背中や二の腕、乳房やお尻は、神経が少ない場所で感じにくいと聞くけれど、私は彼の手や唇で愛撫されると、体のどこもかしこも快感を覚え、全身が膣から愛液を出すためのスイッチボタンになってしまう。敏感ではないパーツまで丁寧に愛撫されると、心の奥から充足し、私自身が丸ごと満たされている幸せな気持ちになるから不思議だった。

私は、彼が気持ち良いと感じることをしてあげたいという思いと好奇心から、

「徹さんの性感帯はどこなの?」と尋ねた。

彼は、う~んと少し考えてから、

「男も女も、一番の性感帯は心だよ」と、答えた。

えっと私は驚いて、心? と聞き返した。

「男の場合、人格と自尊心だろうな」

私は予想だにしない返答に戸惑った。

「自尊心ってプライド?」

「そうだね。女性がまず愛撫すべきは、男のプライドと人格だよ」

「難しいこと言うのね」

「花菜ちゃんならそのことを頭の片隅に置いてあるだけで、自分の母性を意識して男を刺激できるようになると思うよ」

私は肉体的なことを訊いたのだけれど、それ以前に大切なことがあると彼は言う。しかも、彼は女性に攻められるのがあまり好きではないらしかった。

「風俗嬢じゃないんだから、花菜ちゃんがそんなことする必要ないさ。花菜ちゃんは、自分が気持ち良くなることだけを考えればいいんだよ。セックスは相手の意識の流れを感じ取って、通奏低音を同化させることが大事だから、結合した相手と呼吸を合わせることで、感情の揺れ動き方のリズムを作っていくんだ」

ますます難解な問題になってきている。

「インナーボイスを受け止めて応えられるようになれば、お互い満足度の高いセックスになるけど、経験が浅い花菜ちゃんにそれは難しいよ。まだ性感帯が開発されていないし、若いと愛情と感度が比例するのに時間がかかるものだし、焦ることないさ」

セックスってそんなに奥深いものなのか。体の性感帯を刺激して気持ち良くなる前に、心の愛撫が先だとは知らなかった。私は彼の言葉に訓蒙され、

「セックスって難しいのね」

と、呟いた。すると、彼は、

「難しく考えることないよ。花菜ちゃんは、素直に感じて、思ったことを言葉にすればいい。そうしてくれると、俺も気持ち良くなれるから」と、言った。

どうやら私は、彼の全身を舐めたりする必要はないらしい。彼が満足してくれたらそれで良いと思った。

彼の言葉は、私が今まで気づかなかったセックスのヒントを与えてくれた。

性感帯は開発されるものであること。愛情と感度は必ずしも比例しないこと。インナーボイスを感じ取り、呼吸を合わせてリズムを作ること。母性を意識して男性を刺激すること。思いを言葉にすることで相互に良くなれること。どれも新しい発見だった。

全裸になっていた私に、彼はガウンを羽織らせ、とりあえず晩飯に行こうか、と言った。

その夜は、鉄板焼きレストランで食事をした。

彼は赤ワインにご満悦だった。私は鉄板の焼き台を備えたテーブルに座り、一人のシェフが専属で調理してくれるその鮮やかな手捌きを、ショーを見るように楽しんだ。

銀色に光る金属のヘラやナイフを使って、新鮮な土地の素材が焼きあげられてゆく。テーブルの皿に移されると、彼が三種のソース、塩、レモンのどれにつけるのかを見て、私も真似をした。最後にシェフが作ってくれたガーリックライスが特に美味だった。

デザートのフローズンヨーグルトには、目の覚めるような真っ赤なフランボワーズのソースがかけられブルーベリーが添えられていた。彼はブルーベリーだけ何粒か食べ、ガラスの器を私の前に置いた。

こんなやりとりをするのも今晩が最後だと思うと、フランボワーズソースの甘酸っぱさが切なく舌に残った。

 

いつもなら眠っている時間に、私の目は彼の顔を見ていた。歯磨きをし終えると、ベッドに腰掛けていた彼がこっちにおいで、と言い、手を広げた。

セックスを予感させる彼の声に、私は既に濡れていた。長いキスをした彼が、

「何をしてほしい?」と訊いた。

「花菜ちゃんが望む通りになんでもしてあげるから言ってごらん」

と、低く甘い声で囁かれ、私が主導権を握っているようで、実は彼にコントロールされていることに胸がどくんと感じた。こんな近くで彼の声を聞いて、見つめられて、触れられたら、私は身も心も全部開いて、彼を求めることしかできなくなってしまう。

「私は、徹さんのやり方でしてほしいの……」

彼は、私の頬に優しくキスをし、「花菜ちゃんは可愛いな」と言った。私はますます欲情した。呼ばれ慣れない「可愛い」という響きにうっとりし、女の子に生まれて良かったと思った。彼から、もっと可愛いと言ってもらえる女の子になりたいと思った。

彼は、まるで初体験から今日までのセックスを復習するように愛撫を重ね、私達は、今までで一番長く交わり、我を忘れた。自分を解放し、快感を享受することでこんなに自由で幸せな気持ちになれるのかと、セックスの威力に圧倒された。

私は何度も波に攫われるように昇りつめ、彼は二度、射精した。ベッドの上で何度も名前を呼び合い、好きだよ、大好きよと言いながら繋がっていた。

私の体からも汗が出て、髪が額や首筋に張り付き、体中が愛液か、彼の汗か、自分の汗かわからないもので湿っていた。水を飲み、シャワーを浴びて温泉に入ると、また私達は体を求め合った。もっともっと欲しがった。どうにかしているわと思った。完全にイカレていた。

何をされても感じてしまう。「ちょっと好き」から始まり、花びらを摘み取りながら「好き」「とても好き」「情熱的に好き」と続くフランス式の花占いのように、気持ちが盛り上がり、「狂おしいほど好き」というレベルに高まっていた。

風呂上がりに食べたハーゲンダッツは、バニラ味に砕いたオレオのようなクッキーが練りこまれたアイスクリームだった。

「うわっ、何これ、この組み合わせ凄いわ、クッキーアンドクリーム? 美味し過ぎる、こんなの初めて」

と、言いながらパイントサイズを一人で食べ切った。

「花菜ちゃんの高二の夏休みは、こんなの初めてだらけだな」と言って、彼は笑った。

もうすっかり夜は更けていたけれど、私達は眠る気になれなかった。

温かいお茶が飲みたくて、凍頂烏龍茶を淹れた。爽やかな花の香りから、甘くふくよかな花の香りへと移り、清らかな口当たりの余韻が長く楽しめるお気に入りの茶葉を選んだ。

彼は、お茶を含んだまま、私の乳首に口を付け、温かいお茶の中に浸った乳首をちろちろ舐めた。私の乳首はじんわり溶けてしまいそうだった。そして、ロックアイスが入った氷水のグラスから一片の氷ごと口に含み、乳首に吸い付き、唇を密着させたまま舌で氷を転がした。

次に彼は、温かい烏龍茶を含んだ口でクリトリスを吸い、そして氷で刺激した。

とろとろの膣にペニスを挿入されると、冷やされた乳首とクリトリスはみるみる熱を帯び、より強い刺激を求め、オーガズムに達した。一度イカせてくれると、彼は、私が昇りつめそうになるのを制御しながら、長く快感を与えてくれた。

朝日が昇り小鳥のさえずりが聞こえても、私達は繋がっていた。眠気と快感が混濁した朦朧たる意識の中で浅くまどろんだ。目が覚めても、すぐに体を重ねた。

私の膣からは、こんこんと湧き出る泉のように、ぬるぬるした愛液が滲み出し、彼の大きなペニスをするりと飲み込んでいた。ラブジュースの潤いがなければ、ペニスを受け入れることも、滑らかなスラストも、長時間繋がっていることも無理だろう。

女性の体はよくできているなあと思った。何より女性器が思いの外、軟弱なものではないということを知ることができた。膣は産道を兼ねているのだから、頑丈につくられているのは当然だろう。強いのに、ピンク色の柔らかい粘膜に覆われた肉襞は、痙攣しても、しびれても、感覚が鈍っても、時が経てば復活し、形も色も感覚も元に戻る健気なしなやかさがあり、とても神秘的に思えた。デリケートな部分だから、きっと乱暴に扱われたら痛いだろうと想像すると、私に決して痛い思いをさせない彼のことを何て優しい人なのかと感動するのであった。

マイルーラは二箱目を開封し、もう僅かしか残っていない。何本のミネラルウォーターを飲んだのだろう。口から補給された水分は汗と愛液となって外に出され、また水を飲む。水分補給は長いセックスに欠かせない重要な行為で、彼はそのタイミングと量を見計らうのが上手だった。私は、彼に言われるまま口を開けるだけで良かった。

彼が時計を見ると、朝食の時間は始まっているという。一緒に過ごせるのは、あと二時間余りだった。

お腹は空いていたけれど、服を着て、レストランで料理が運ばれて来るのを待つ時間さえ勿体ないと思った。彼も同じ気持ちだった。

 彼はルームサービスで簡単な朝食を揃えてくれた。温かいココアとデニッシュペストリーとフルーツの盛り合わせに、ポットにたっぷり入った紅茶が載ったワゴンが届くと、ガウンを羽織り、一緒に食べた。

私がジャムを舐めながら紅茶を飲むと、彼は怪訝な目で私を見つめた。

「ロシア人がこうして飲んでいたのを真似しているのよ」と言っても、彼は、

「ロシアンティーはカップの中にジャムを入れて混ぜるんじゃないのか」と、言う。

「ジャムを溶かした紅茶はあまり好きじゃないの」

と、私が言うと、彼はますます不思議な顔をする。

彼はコーヒーを飲みながら、表面はパリッと中はふんわりバターの香りがする三日月形のクロワッサンを食べていた。私はパン・オ・ショコラを食べながら、

「クロワッサンの生まれ故郷はウィーンで、三日月形になったのは、戦時中、交戦状態にあったトルコ国旗のシンボルの三日月を食べようっていうわけなんですって。マリー・アントワネットが連れてきたオーストリアのパン職人が、その製法をフランスにもたらしたそうよ。三日月の原型に近くカーブしたものはマーガリンが、真っ直ぐに近い形はバターを使っているって聞いたことがあるけれど本当かしら。徹さんが食べてるクロワッサンはくるっとカーブしているけれど」

と、話すと、彼は、

「これはバターの匂いがするよ」

と言って、更にパラパラとクロワッサンの欠けらを落としながら口に運んでいた。

ワゴンを下げると、彼はベッドの上で大の字になり、左腕をぽんぽんと叩き、こっちにおいでと言った。

 私は彼の腕に頭をのせ、体をぴったりつけて、もうすぐお別れだね、と言った。言ったそばから涙が出た。

俺も花菜ちゃんと別れるのは辛いよと言う彼にしがみついて、徹さんがいなくなっちゃうと寂しいと、私は泣いた。涙の味がするキスをしながら、東京に戻ったらすぐ連絡するよ。オレのこと忘れないでと、彼は言った。忘れられるわけがなかった。

もう一度指でしてと私がねだると、彼は右手の中指を膣に滑りこませ、私の一番感じるポイントに狙いを定めて、揉み上げるように力をいれてきた。私は腰をよじり、彼の舌を吸ったり吸われたりして、彼の指の動きが与える快感に集中した。

下腹がさざ波立つように蠕動すると、尿道から液体が吹き出ているような奇妙な感覚が起こった。突然のことだった。彼の右腕がぐっしょりと濡れていた。

オーガズムではなかった。急に、気持ち良いとか悪いという感じもないのに、液体を放出しているのだけは分かるという不思議な感覚だった。

私は知らぬ間に失禁したのだろうか。でも、尿の匂いはしなかった。

彼は、花菜ちゃんはそうなのかと呟き、気にしなくて大丈夫だよと私を宥めた。何がそうなのかわからなかったけれど、私は愛撫を中断され、むらむらしていた。彼はクリトリスへのタッチに切り替え、私を一度イカせてからペニスを挿入した。ベッドの軋む音が部屋中に響く程に激しく体を重ね、彼は三度目の射精をした。全身全霊を打ち込んだセックスだった。

「他の男に抱かれたら駄目だよ」

と言って、彼は私をむぎゅうっと抱き締めた。彼の言う抱かれるとは、セックスするという意味なのだとわかり、こんな言葉を言ってもらえる私は何て幸せだろうと思った。

出掛けるまで三十分を切ってから、何度も一緒に入った部屋の温泉に浸かり、名残惜しんで互いの体に触れ合った。

洋服を着てソファに座ると、彼は私にハンカチを二枚プレゼントしてくれた。帯広で一番大きな百貨店の包装紙でラッピングされたウンガロのハンカチは、花と蝶がカラフルに描かれた大人っぽいデザインだった。

俺の匂いを忘れないようにと言って、彼はそのハンカチに愛用のエゴイストを吹き掛けた。私はその香りを胸一杯に吸い込んでから、薄い紙箱に蓋をして、この香りが消える前に会いに来てね、と彼に言った。

わかったよ。必ず行くからいい子で待ってるんだよと、彼は私の髪を撫でた。そして、意を決したように咳払いした。彼は、襟を正して、

「花菜ちゃんに一つ謝らなくちゃいけないことがある」と、言った。

私は彼の目を見て「何?」と、尋ねた。彼の喉仏が動き、唾を飲み込むのがわかった。

「俺さ、初めて話した日に三十二歳って言っただろ。本当は三十七歳なんだ。花菜ちゃんが十六歳って聞いて、倍以上年が離れてたら引くかなあと思って、つい鯖読んじゃって。ごめんな。花菜ちゃんと一緒にいると楽しくて、言いそびれて今日になっちゃった。許してくれる?」

彼は、私の瞳をじっと見て言った。

「年齢なんて私は気にしないのに」

と言って俯くと、彼は私の手を握り、

「俺は花菜ちゃんを愛してる」と、言った。

「愛してる」という言葉を掛けられたのは生まれて初めてのことだった。

彼は私を抱き寄せて再び「愛してる」と言い、キスをした。

「私も」と言うのがやっとだった。愛しているという言葉は、なんだか気恥ずかしくて言えなかった。

彼の飛行機の出発時刻より、私の夏期講習の方が早かったので、彼は私を指導センターまで送ってくれた。柳月ビルのエレベーターで長いキスをして、再会を誓った。

こんな寝不足の体で勉強するのは初めての経験だったけれど、講義をサボタージュする気持ちは全くなかった。愛してると言ってくれる彼ができても、やはり私の本分は学業だという自覚があった。

いつものスケジュールに戻し、本調子になるまで二日要した。

東京に戻った彼は、ホテルに毎晩、電話をくれた。翌々日には「ホテル気付」で手紙が届いた。封筒には、速達の赤いスタンプが押されている。手紙には愛の言葉が綴られていた。初めて受け取るラブレターだった。

便箋の端に丸く滲んだ染みがあり、そこに矢印が書かれ「ここに鼻を近付けてごらん」と書かれていた。その染みからは、封を開ける前から漂っていた彼の香水の匂いがして、胸がきゅんとした。

彼は毎日、便箋の左下の角に香水をつけて手紙を送ってくれた。

「どうして端につけるの?」と尋ねたら、

「罫線に吹き掛けたら、書いた文字が滲んでしまうだろう。右や上だと文章を読むときに気が散ると思って、左下につけているんだ」と、彼は言った。

便箋に、愛用している香水をつけて送る男性は、徹さんしか知らなかった。

 

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