⌘                    2015年07月02日発行 第0853号
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 ■■■    日本国の研究           
 ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
 ■■■                       編集長 猪瀬直樹
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 戦後70年目の夏―-日本の針路をどう考えるか。

 田原総一朗さんと猪瀬直樹の対談を収録した『戦争・天皇・国家 近代化150
年を問いなおす』(角川新書)が来週7月10日、発売となります。
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「なぜ日本は変わらないのか? 戦後論だけでは語りえない国家の本質とは?
ノンフィクション作品を通じ様々な角度から日本国の骨格を明らかにしてきた
猪瀬直樹に、戦争を体験したジャーナリスト・田原総一朗が問う」

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 今週のメルマガでは最近掲載されたインタビューから、猪瀬直樹の近代史観
をご紹介します!

           *   *   *

「自分の国の歴史を正しく知って世界を理解する」

――戦後70年を経過して先の大戦のことも知らないで育ってきた世代が多くな
っています。若者の中には、あの戦争で日本とアメリカが戦ったということさ
え知らなかった、という人もいるという報告もありました。

●猪瀬 先日、ある外国人特派員と話していたのですが、彼は真剣な顔で言う
のです。
「日本人って、自分の国の歴史について全然知らないよね。どうして、歴史を
知らないでいられるのでしょうか」と。僕もどうしてなのか分からない。どう
してなのか、と思っているのだけれど、たしかに日本人には歴史認識というも
のがないですね。

 このあいだ平成元年生まれの若者と話していたんです。彼はある出版社の編
集者なのですが「2020年、つまり5年後に東京オリンピックが開かれる。5年
後、自分が何をしているか考えるきっかけになった」と言うんです。つまり彼
はバブル崩壊後に生まれている。世の中が成長するとか右肩上がりだとかいう
ことがなくて、ずっと平らなままできたわけです。我々の若い頃は、サラリー
マンであろうが商売人であろうが、“明日を目指せ”みたいな、坂の上の雲で
はないけれど、今日よりも明日、明後日のほうが、と目標があってなんとなく
それを目指してきたわけです。そういう時代を生きてきました。それが歴史認
識ということと結びついてくるんですよ。
 平成生まれの人は、生まれたときから「ゼロ成長」で、ずっと真っ平らだか
ら過去とか未来というものがない。そうすると5年先、10年先ということを
考えたことがない。ということは、5年前、10年前ということを考えたこと
がない。考える必要もなかった。つまり明日、明後日のことしか考えない。言
うならば、歴史認識を持つことなどできないし、する必要がないという人が多
くなったということなんですよ。

――猪瀬さんは「日本は1945年以降、戦争を想定外にした社会になった。戦後
の日本はディズニーランドのような世界にいる」という趣旨のことを話されま
した。

●猪瀬 いつのころからか10月末のハロウインが日本でも大騒ぎして盛り上が
っています。あれはもともとキリスト教の収穫祭として始まったものでしょう。
日本で11月23日はいまは「勤労感謝の日」ですが、多くの国民は「お父さん、
ご苦労様」の日だと思っています。これはもともと「新嘗祭」といって日本の
収穫祭だったわけです。その年の初めに収穫した五穀を天皇が神に感謝して捧
げるという習わしだったのです。そういうことを知る人が少なくなったので、
このあいだ私がそのことをツイッターに書いたら、リツイートが3千近くもあ
ったのです。多くの国民が「へえ、そうだったのか」というわけです。

 いま祝祭日とされているものは、古くからあるものが名前を変えて祝祭日に
なっているものと、新しく制定されたものがあるわけですが、古くからのもの
が名前を変えたということは、もともとの意味する歴史が消えてしまったとい
うことです。「文化の日」の11月3日はもともとは「明治節」だったわけです。
そうやって記憶が消されたというか、歴史が蒸発してしまっている。

 歴史から切り離された世界が日常になってくると、例えば国の防衛などとい
う国民の意識も変わってしまう。多くの国民にとって「防衛」というのはアメ
リカがやるものだと思ってしまうのです。戦争直後はアメリカつまり連合国が
占領していたのだから、そう考えるのはある程度仕方がなかったでしょう。し
かし日本は昭和27年にサンフランシスコ条約を締結して、まがりなりにも国と
して独立を回復しました。そのときに「それでは日本はだれが守るのか」とい
うことになりました。そこで「日米安全保障条約」が結ばれた。

 しかし60年安保改定の時には国民の多くが反対を叫びました。著名な知識人
も言論人もわれわれも。日本の防衛のためには安保条約が必要だとは分かって
いたけれども「アメリカは出て行け」というような感情がないまぜになっての
大反対運動でした。

 つまり国民の多くが本当の意味で「防衛」ということが分からなかったと言
っていいでしょう。岸信介首相は「いいことをやっているのに、どうしてこん
なに反対するのか」と思ったでしょう。とにかく国民は反米感情が先に来て、
よく分からないけれど反対だ、と。

 アメリカに基地を提供するわけだから、半植民地ではないか、と。沖縄はそ
のときはまだ占領されていたのですから。1972年に沖縄は返還されましたが、
米軍基地は残った。アメリカが基地を残して日本を守るということだったので
すが、国民感情としてはアメリカの基地はいらない、アメリカは出て行けと。
なぜ出て行けないのかは、以後もずっと煮詰まらないまま封印されてきたわけ
です。

 ところが冷戦が崩壊して――冷戦というのはある意味で平和だった。東ヨー
ロッパも含めてソ連の支配下にあり、核が分散していなくて、その核の抑止力
である程度安定していた。冷戦が崩壊してからです、いまの「イスラム国」み
たいな過激な組織が出てきたのは。そして冷戦が崩壊して湾岸戦争(第一次イ
ラク戦争)が起きて、多国籍軍で行け行け、となったのです。日本はどうする
のかと言われて、日本は憲法の制約上、戦闘に参加することはできないという
ことで、PKOなどの話にもなってきたわけですが、結局1兆5千億円のお金
を出した。しかしこの時、このことは世界から評価されなかった。クウェート
が後に世界に向けてお礼のアピールしたときに日本の名前は出てこなかった。
日本は国としてのアピールがうまくなかったのです。

 第二次イラク戦争の時には自衛隊が後方支援で水の補給のために出動した。
このときじつは、自衛隊はオランダ軍が守ってくれていたのです。実際に弾丸
が飛んできたら自衛隊はどうするのかと言われました。

 そういうことがあったり、バブル経済があって、それが弾けたりするわけで
すが、ともかく日本はディズニーランド化してしまった。つまり門番はアメリ
カだけれど内部はまるでフィクションの世界です。こういう国は世界でも他に
ないんです。まさに不思議な環境の中で我々は平和で、平和ボケで生きてきた
のです。

 こんなに幸せなことはなかった。しかしディズニーランド空間だから、平和
とか防衛とかの議論はないままに生きている。「ガンダム」だとか「エヴァン
ゲリオン」だとか、みんなアニメとかフィクションの世界です。現実の世界で
はなくて空想空間に生きている。僕らの年齢より下の世代の人はみなそうです。
本当の、リアルな体験をしていない。防衛や戦(いくさ)はアメリカに任せて
きた。それで日本は大丈夫かというのが昨今の議論なのでしょう。

――そういう中で、中国はどんどん軍事力を強めてきています。力のバランス
は大きく変わってきました。太平洋の覇権争いはこれからも続くと思われます
が、日本はアメリカと中国の間にあって、これからの立ち位置が難しいと思い
ますが、どうお考えですか。

●猪瀬 いま盛んに議論されている集団的自衛権については、じつは1973年頃
から出ていたことなのです。自衛隊の装備もたいしたことはなかった。その後
20年がたって、湾岸戦争の頃には自衛隊の装備も最先端のものになって、持て
る力も格段に強くなりました。
 しかし、中国もその頃から経済成長と併せて軍事予算は増え続け、国の力も
格段に向上してきた。
 アメリカはどう考えているのか。日本では集団自衛権が真剣に議論されてい
る、こんにちの世界情勢、ことに東アジア情勢の実態にどう立ち向かうのか。
そこでいまアメリカで出てき始めたのが、かつてアメリカで進められた「オレ
ンジ作戦」の考え方です。その昔に立案された、起こりうる大日本帝国との戦
争に対する作戦のうちの一つです。

 日露戦争の直後からアメリカは、ソ連のバルチック艦隊を破った日本がこれ
からは太平洋を支配するだろうと思った。日本に脅威を感じて、仮想敵国と想
定してオレンジプランという作戦が真剣に検討されました。
 アメリカはフィリピンに基地がある。そこは日本から極めて近いので日本が
本気になったらすぐにやられてしまう。ハワイにある太平洋艦隊では間に合わ
ない。そこでアメリカはフィリピン基地の陥落は想定する、と。ちなみにマッ
カーサーは太平洋戦争が始まった時にはフィリピンの出先の長官でした。

――日本国内で言われた有名なフレーズがありますね。「さあ来い、ニミッツ、
マッカーサー! 来たら地獄へ真っ逆さま」。

●猪瀬 ニミッツは米海軍の航空母艦、マッカーサーは陸軍でしたが、米国で
は海軍と陸軍格がほぼ同格だったのです。米軍部内では突進派と漸進派があっ
て、ハワイから直ちに出撃して日本をやっつけろという意見と、一旦引き下が
って、そののち体勢を整えてから日本をたたく、という意見の二つ。作戦を巡
って激しい議論があって、結果的には漸進派の作戦によってアメリカは太平洋
戦争に勝利したのです。

 いまアメリカで言われ始めているのは、このオレンジ作戦のことなのです。
つまり、中国に対しは再びオレンジ作戦になるだろう、というのです。

 いまアメリカは中国の出方を見て、太平洋から引き下がり始めているでしょ
う。フィリピン基地に相当するのは沖縄ですが、アメリカは沖縄から一旦引き
下がる。自衛隊が自主的にやってくれ、と。つまりアメリカはかつてのフィリ
ピンと同じで、日本を守りきれない、と。日本は自分のできる範囲でやってく
れ、という考えですよ。

 アメリカのオレンジ作戦の考え方と日本の自衛力で中国を押さえ込むという
ことです。それが抑止力になる、と。現に中国は出て来れない。もし出てきた
ら中国はかつての日本のようになるであろう、ということですね。だからいま、
アメリカでは新しいオレンジ作戦の研究が進められているのです。

――猪瀬さんの『黒船の世紀 ガイアツと日本未来戦記』という著作がありま
すが、「過去の歴史は戦争の歴史だった。黒船以来の一五○年は、太平洋の覇
権を誰が握るかの歴史だったとも言える」と指摘しています。昨今の世界情勢
についてどのように見ておられますか。

●猪瀬 いろいろな時代、さまざまな戦争を繰り返してきて、世界各国ともい
ま本格的に戦争をやったら、総力戦になるだろう、自分たちが絶滅することに
なる、ということが分かったわけです。だから本格的な戦争は絶対に回避する、
という考え方は徹底していると思います。しかし、局地的な戦争はなくならな
い。
 ロシアのやり方、ヨーロッパの出方、アメリカの出方が世界に非常に大きな
影響をもたらしている。だからこそ、ヨーロッパはEUでいまのところ結束して
いるわけです。殺し合いをやったら自分たちは絶滅する、という危機感はどこ
の国でも同じ。中国でも同じです。その中で、主張するべきは主張する。

 それにつけても思うのは、歴史を正しく知っていて主張することが大事だと
いうことなんです。自分たちはどういう歴史を刻んできたのか、その中でどう
生きてきたのか、を正しく認識していることが必要なのです。

 かつて終戦直後の1946年に発表されて大ベストセラーになった『菊と刀』と
いう日本の文化文明について詳しく、興味深く説いた本がありました。著者の
ルース・ベネディクトはアメリカの文化人類学者ですが、日本に一度も来たこ
とはないのですが、日本についての膨大な著作を読み、多くの日系人の話を聞
いて、日本について論考したのでした。そこで分かる一つは、アメリカは日本
語の勉強をした人が戦時中でも非常にたくさんいたということ。逆に日本では
英語は敵国語だといって使わせなかったり学ぶことも禁じていた。野球のルー
ルも日本語に置き換えたり、外国人宣教師たちをスパイだといって逮捕したり、
敵国について知ろうとしなかったのです。それは間違いだった。

 いまアメリカに言いたいことなのですが、現在イスラム圏とかイスラム国な
どについての研究をしている人がどれだけいるのかということなんです。ヨー
ロッパの価値観でイスラム圏を支配しようとしているから、昨今の混乱が起き
ていて、収集がつかない事態になっているのだと私は思っています。

            (『伝統と革新』5月号掲載のインタビューに加筆)


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「日本国の研究」事務局 info@inose.gr.jp

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