猪瀬直樹ブログ

[MM日本国の研究834]「火の海」

2015/02/12 15:00 投稿

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⌘                  2015年02月12日発行 第0834号 特別
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 ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
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「火の海」

『救出 3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』が発売となりました。
「押し寄せる津波、燃える海、水没した公民館屋上の446人。絶体絶命の危
機にさらされた彼らが全員救出されるまでの緊迫と奇跡を、迫真の筆致で迫真
の筆致で描く感動のノンフィクション」とオビで紹介されています。メールマ
ガジンでは本書から緊迫のワンシーンを抜粋してお送りします。

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                              *

 一景島保育所の園児七十一人全員が、三階屋上にいる。パジャマの上にジャ
ンパーを羽織っただけの園児もいた。靴下も履いていない。昼寝中に起こされ
急いで避難したためだ。十人ほどの園児には保護者が付き添っていない。五歳
児担当の菅原英子保育士は、保護者が来ていない園児二人の手を握っていた。
カーテンの下で、携帯電話が鳴った。そのうちの一人の女の子の母親からだっ
た。女の子に代わると、「おりこうさんにして、英子先生の言うことをよく聞
くのよ」と言われ笑顔になりうんうんと頷いている。極限状態なのにわがまま
も言わない園児たちが不憫で目頭が熱くなった。保護者が来ていなかった園児
の世話は保育士だけでは足りず、内海直子園長らマザーズホーム職員は、そう
いう子どもたちのケアに重点を置き、「そのうちママが来るからね」と声をか
けつづけた。冷たいみぞれは雪に変わった。

   公民館の職員が三階の窓に掛かっていたカーテンを外して、持ってきて
  くれました。それを傘代わりにして園児が冷たい雪で濡れないようにしま
  した。一枚のカーテンに十人ほどが入り、子どもたちをその中心に入れま
  した。子どもが濡れないようにしたのです。三階屋上から見える景色を見
  せないようにという配慮もありました。子どもたちは変わり果てた気仙沼
  の姿を知らず、拡げられたカーテンの下で無邪気に、僕はこっちとか、誰
  それ先生の隣がいいとか、ちょこちょこ動く子もいました。保育園児の多
  くには保護者がついていましたが、十人ほどの園児には保護者が付き添っ
  ていません。
 
   マザーズホームの職員は、保護者が迎えに来れずに一人で頑張っていた
  園児たちの相手をしました。お母さんがいなくて心細く怖かったと思いま
  す。励まそうと、わたしたち職員や保育所の保母さんが歌を歌って、そう
  した園児を少しでも和ませようとしました。子どもたちは歌いませんでし
  た。何か怖いものに覆われていると感じていたのだと思います。子どもた
  ちには不思議な生命力があるのです。子どもを真ん中に包んでいると、と
  ても温かいのです。
 
  「子どもってなんでこんなに温かいのでしょう」と思いました。ジャンパ
  ーやコートがなくとても寒かったのですが、子どもの温もりが救いでした。
  三階屋上からは反対側、ホールの斜め屋根が見えます。かなりきつい傾斜
  があります。そこにも男の人たちが力を合わせて多くの人を引き上げてい
  るのが見えました。たくさんの人、しかもおじいさんやおばあさんもいて、
  雪や雨で斜面は濡れ、滑り落ちなければいいな、と見ていました。車椅子
  の人も斜面の下部にいました。

   押し寄せる津波は徐々に低くなっていましたが、今度は火災が発生しま
  した。その火がどんどんと公民館の方に広がってきました。気がつくと気
  仙沼湾は火の海になっていました。

   映画を見るようでした。爆薬の導火線に火がついてするすると火が燃え
  移っていくのと同じ速さで、対岸を火の海に巻き込んでいます。がたがた
  と震えがきました。するとこんどは、わたしたちのいる公民館の西側から
  も火がついたがれきがどんどん流れてきている。重油の燃える臭いが漂っ
  てきて、誰かが「なんでもいいから鼻をふさげよ」と大声で言ったのが聞
  こえます。慌ててハンカチを取り出し、雨水に浸し顔にあてました。


   対岸では火がついたがれきが、都会の夜の道でも見られるように、ライ
  トが左右方向に動くようにスーッと整然と並んで動いていました。火の中
  に入ったら最後にどんなことを思うのだろうか、というおかしな想像が頭
  をよぎりました。重油の浮く海水に顔がついたら、泳げないわたしはどん
  な気持ちになるのだろう。恐ろしさで寒さを忘れました。

   一景島保育所の林小春所長が笛を吹いて「来たよ、気を付けて」と呼び
  かけてくれるのですが、怖くて見ることができません。このまま焼け死ん
  でしまうのかしら。いや、まだこの程度の火なら大丈夫だ、とまとまらな
  い考えが交互に訪れるのです。

     (『救出 3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』より抄録)

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■2/18(水)午後7時から、トークイベント「東浩紀×猪瀬直樹『救出 3.11
気仙沼 公民館に取り残された446人』刊行記念イベント」があります。案
内はこちら→http://ptix.co/1ywd96e

■2/19(木)午後7時から、石井光太さんとのトークイベントが東京堂書店に
 て開催決定。案内はこちら→ http://goo.gl/q9uzfC 

■猪瀬直樹の新刊『さようならと言ってなかった わが愛 わが罪』(マガジン
ハウス刊)はこちらから→ http://goo.gl/Rjm9TB 

■アサ芸プラスにテリー伊藤さんとの対談が掲載されています。
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■猪瀬直樹が「755」をはじめました。
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