2014年03月20日発行 第0789号 特別
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■■■ 日本国の研究
■■■ 不安との訣別/再生のカルテ
■■■ 編集長 猪瀬直樹
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「唱歌『春が来た』の原風景」
こころざしをはたして いつの日にか帰らん
「朧月夜」「紅葉」「春の小川」そして「故郷」
明治の青年たちが「文部省唱歌」に込めた夢とは――
本日のメルマガは、猪瀬直樹著『唱歌誕生 ふるさとを創った男』(中公文
庫)から、誰もが知っている唱歌「春が来た」のルーツをたどる。
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僕が鳥取市に向かったのは、雪が解けてからである。出発を遅らせたのには、
意図があった。山陰地方に対する先入観を消してみようと考えたのだ。
島崎藤村は『山陰土産』という紀行文を書いているが、そのなかで地元の人
に、「山陰道の楽しいのはいつでしょう。夏でしょうか」と訊ねる場面がある。
「信濃の山の上に、七年も暮したことのある自分の経験から推して、普通なら
夏の旅を楽しいといわれているあの地方に、住んでみると長い冬季の味の深か
ったことを思い出し」たからである。
返答はこうだった。
「やっぱり冬でしょうな。夏の山陰には優しい方面しかありません。夏を見た
ばかりで、ほんとうの山陰らしい特色を味わって頂いたとはいえないかも知れ
ません」
藤村は冬のこの地の光景を、「海岸に連なり続く岸壁は、大陸に面して立つ
一大城廓に似ている。五ヵ月もの長さにわたるという冬季の日本海の猛烈な活
動から、その深い風雪と荒れ狂う怒濤とから、われわれの島国をよく守るよう
な位置にあるのも、この海岸の岸壁である」と、想像で補った。
山陰地方の冬は厳しい。鳥取の山沿いは、豪雪地帯として有名である。
たしかに“らしさ”は、冬にあるかもしれない。だが山陰の文字に込められ
た暗さに囚われすぎると、つぎに示すやはり岡野貞一と高野辰之とのコンビで
つくられた「春が来た」(尋常小学唱歌)の楽天的な四拍子のメロディーが生
まれた背景を、つかめない気がしたのだ。
春が来た 春が来た どこに来た
山に来た 里に来た 野にも来た
花がさく 花がさく どこにさく
山にさく 里にさく 野にもさく
鳥がなく 鳥がなく どこでなく
山で鳴く 里でなく 野でもなく
第二小節の「春が来た」の「た」は、ソから高音のドに跳躍する。
最後の「野にも来た」では、高音域がしなやかに飛び跳ねる。この歌には、
作詞の高野辰之の描いた信州の情景に、作曲の岡野貞一が過ごした鳥取の春の
空気が重ねられているような気がする。
僕が訪れた日、小さな城下町は、いたるところが桜満開だった。市の中心部
を貫流する袋川は、背後の中国山地から流れ出て鳥取平野をつくった千代川の
支流で、しばしばこの地域に水害をもたらしたという。
千曲川を知っている僕の眼から見ると、袋川はあまりにもおとなしく頼りな
げに映る。いくつも小さな橋が架かっているが、自然の大きさをスケールで示
す千曲川にはないゆかしさが感じられた。新興の都市では川面にネオンが揺れ
ていたりするが、そうした雑な風情に乱されることもない。鳥取の春は、澄明
であった。
僕はわずかに残された貞一の足跡をたどってみることにした。
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