結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年7月14日 Vol.172
はじめに
おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
* * *
新刊の話。
来月刊行になる、
『暗号技術入門 第3版 秘密の国のアリス』
http://www.hyuki.com/cr/
の初校がやってきました。 今週は楽しい初校読みになりそうです。
前回の版に比べて、 今回の第3版ではざっくり40ページも増加していました。 ビットコインの話や楕円曲線暗号の話などの加筆があるからでしょう。
暗号というと何だかうさんくさい、 アングラというイメージがあるかもしれませんが、
・情報を特定の人だけに伝えたい
・情報を誰かに書き換えられずに受け取りたい
・自分が対話している相手は確かに本人か知りたい
・約束したことを反故にされたくない
というのは私たちの生活で自然な要求です。 ネットワーク社会で生きる私たちは、 これらの要求を満たすために暗号技術に頼らざるを得ません。
たまたま先日、テレビで映画「サマーウォーズ」の放送がありました。 あの映画でもセキュリティと暗号解読が、 ときに命に関わるものだという場面が随所に出てきます。
技術者以外の人でも、 暗号技術に対するある程度のリテラシーが必要になるでしょう。 今回の私の本が少しでもその役に立つことを願っています。
* * *
セキュリティの話。
情報処理推進機構(IPA)が2015年7月の呼びかけとして、
「その秘密の質問の答えは第三者に推測されてしまうかもしれません」
というフレーズを提示しています。
◆2015年7月の呼びかけ(IPA)
https://www.ipa.go.jp/security/txt/2015/07outline.html
さまざまなWebサイトで、パスワードを忘れたときの備えとして、 「秘密の質問と答え」をユーザに設定させています。 でも、この仕組みはたいへん危険なものをはらんでいます。
「秘密の質問」の性質上、 悪意のある人から予測されてしまう答えでは困るのですが、 「母親の旧姓は?」と言われて正直に答えてしまうと、 「佐藤」や「高橋」や「鈴木」になる可能性が高いですよね。 ということは、いくら強いパスワードを設定しても、 「秘密の質問」に安易な解答を書いていたら、 それを悪用されてアカウントが盗まれてしまう可能性がある。
結城は、この「秘密の質問」の答えとして、 ほんとうのことを《書かない》ようにしています。 パスワードと同じ価値を持つわけですから、 パスワードと同様に、ランダムな文字列を使って作成し、 それを「鍵」と同じように大切に管理するようにしています。
それに関連して、 ランダムな文字列を自分で作成しやすいサイトを作ってみました。
◆hash.textfile.org
http://hash.textfile.org
このサイトでMessageのところに自分でキーボードを乱打して、 非常に長い文字列を入力します。たとえば、 すると、その文字列をSHA-1やSHA-2などの ハッシュ関数で変換した文字列が表示されます。
たとえば、
「母親の旧姓は?」
という秘密の質問に対して、
「Zr8RPbxDBIgYoQ22a+nqNn5EqjpinS」
を答えにするのです。
なお、セキュリティに関わることなので、 上記サイトのご利用は自己責任でお願いします。
* * *
エディタの話。
結城はふだんテキストエディタとしてVimを使っています。 「カッコ開き」つまり "(" を入力したときに、 自動的に「カッコ閉じ」")" を入力させるようにしたいな、 とTwitterでつぶやいていたら、Leximaというプラグインを紹介してもらいました。
◆Lexima
https://github.com/cohama/lexima.vim
デフォルトがよくできていますね。 入力した "(" に対して ")" が自動入力されるのは当たり前だけれど、 開きカッコに続けて手がつい ")" まで打ってしまっても大丈夫。 ちゃんと "()" となってくれます。 つまり、"())" のような不格好なことにはならないのです。
通常のカッコ () だけではなく、{} や "" も自動的に閉じてくれる。 結城はLaTeXを使っていて、数式の範囲である $$ をしょっちゅう使う。 "Vim Lexima LaTeX"で検索して、$もカッコのように自動的に閉じてくれる設定を見つけました。
Leximaを作った作者さんがユーザの質問に答えていたのです。
https://github.com/cohama/lexima.vim/issues/9
こういう質問はたいへんありがたいですね。
開きカッコを入力すると自動的に閉じカッコを入力してくれるというのは、 うまくはまるとたいへん便利なので、 結城もしばらくは嬉々として楽しんでいました。
しかし、しばらく使っているとユーザインタフェースはそれほど単純じゃないんだな、 と気付くようになりました。
というのは、こういうことです。 普通にテキストを頭から入力しているときには、 "{"を入力して"}"が自動的に入るのはとてもいいのだけれど、 文章がすでにあって、そこにカッコを付けたいときには不都合なのですね。
たとえば、
This is Japan.
という文章で "is" の部分を強調したいとき、LaTeXでは
This \textbf{is} Japan.
と書きます。すでに This is Japan. という文章があるとき、 isのところで、
This \textbf{is Japan.
と入力すると、自動的に "}" が入力されてしまうので、
This \textbf{}is Japan.
という悲しいことになってしまう。
テキスト入力やテキスト編集はほとんど反射的に手が動くものだから、 こういう予想外の動きにはリズムを崩されてしまいます。
なかなか難しいものですね。
* * *
フォントの話。
三重大の奥村先生のサイトに「数式フォントの比較」というページがありました。
◆数式フォントの比較
http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/texfaq/mathtime/comparison.html
ひとことで「数式フォント」といっても、 いろんな種類があることがよくわかります。 結城はこういうフォントが大好きなので、ついつい見入ってしまいます。
こうやって比べてみると、数学ガールで使っているEuler + Concrete という組み合わせはなかなかユニークであるのがわかります。
どういうところがユニークかというと、 たとえばシグマ(Σ)にセリフ(端の跳ねた部分)がないところや、 ゼロ(0)の上のほうがとがっているところ。 それから、変数名がそもそも斜字体になっていないところなどですね。
結城はこのEulerフォントが好きなのですが、 困ったこともありました。 『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』では、 フォントの違いを利用して意味の違いを表現する局面があるのですが、 Eulerフォントが斜字体でないため、その違いを明確にするのがちょっと難しかったのです。
まあ、細かい話といえば細かい話なんですけれどね。
* * *
多様性の話。
多様性という言葉を見ると、こんな聖書の言葉を思い出します。
そこで、目が手に向かって、
「私はあなたを必要としない」と言うことはできないし、
頭が足に向かって、
「私はあなたを必要としない」と言うこともできません。
それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、
かえってなくてはならないものなのです。
(第1コリント12章から)
相手を自分の姿と同じにするのがいいわけではありません。 また、相手を自分の価値観で裁くのがいいわけでもありません。 違っていても一つになることはできるし、 違っていなければならないこともある。
身体中が手になったり、 身体中が目になったりするのは恐い。 多様性という言葉を見ると、 私はそんなことを思います。
* * *
さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
今回は、
「数学ガールの特別授業(ICUHS編)」
の第三回目をお送りします。 先日結城が国際基督教大学高等学校(ICUHS)で行った講演を、 読み物形式にしたものです。 「問題と解答」という概念を軸にして、 数学に限らない「考えること」や「学ぶこと」の意味を問いかけます。
なお、過去の「数学ガールの特別授業」は以下からバックナンバーをたどれます。
◆数学ガールの特別授業
http://www.hyuki.com/girl/lesson.html
では、どうぞごゆっくりお読みください!
目次
- はじめに
- 数学ガールの特別授業(ICUHS編)(3)
- Web連載を本にまとめる工夫 - 本を書く心がけ
- 夢中になることの大切さ - 仕事の心がけ
- 「お言葉ですから」というキーフレーズ - 仕事の心がけ
- おわりに
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