Vol.156 結城浩/数学文章作法 - 執筆の基本/Q&A - 受験時代の数学を振り返って/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月24日 Vol.156

はじめに

おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

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新刊の話。

『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』 は先週末に再校のゲラが届きました。 今週末の読み合わせに向けてチェックする作業に入ります。

今回の本に相当する部分をWeb連載していたのは2013年8月〜10月のこと。 もう二年前になるんですね!

 ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/

再校ゲラの読み合わせが終わると、 基本的に結城の手を離れることになるので、 今週がいわばラストスパートです。

がんばらなくちゃ!

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電子書籍の話。

もうすぐ(2015年3月27日から)、 『数学文章作法 推敲編』の電子書籍が配信されます。

 ◆『数学文章作法 推敲編』(Kindle)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00UWBR406/hyuki-22/

昨年末の刊行からずいぶん間が開いてしまいましたが、 ぜひご利用ください。

ところで、電子書籍発売を記念して、筑摩書房さんより、

 ・結城浩の直筆メッセージカード
 ・1000円分のQUOカード

のプレゼント企画が行われています。 詳しくは、以下のページをご覧ください!

 ◆【プレゼント】結城浩さん直筆メッセージ&QUOカード ツイッターキャンペーン
 http://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/1114/

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映画の話。

先月『繕い裁つ人』という映画を観ました。「つくろいたつひと」と読みます。 中谷美紀さん主演の「仕立屋さん」のドラマです。 原作はコミックらしいです。

 ◆映画『繕い裁つ人』
 http://tsukuroi.gaga.ne.jp

これを観ようといったのは家内です。 以前『舟を編む』という映画を夫婦で観てよかったので、 今回も期待して観にいきました(『舟を編む』のほうは辞書編纂の物語)。

『繕い裁つ人』は、相手役の男性がちょっとイメージと違うかなと感じたけれど、 全体としてなかなか楽しめました。特によかったのが、 ヒロイン南市江を演じる中谷さん。

仕立屋さんの話なので、アトリエというか作業する部屋でミシンを掛けたり、 布を裁ったりするわけですが、その仕草一つ一つがとてもいい。 こつこつと何かを作っていく職人さんの姿は魅力的です。

手を動かしていっしんに何かを作っているのを観ていると、 私自身も何かを作りたくなってきます。 こういう気持ちはどこから来るんでしょうね。

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ゲームの話。

結城は「頭をリセット」するためにiPhoneのゲームを楽しむことがあります。 原稿を書いていて疲れたときなどに数分遊ぶと、すごく頭が切り替わります。

最近のお気に入りの「頭リセット用」のゲームは、"RGB Express"というものです。 荷物を運ぶトラックの道筋を決めてやるというパズルゲームです。 難易度のバランスがとても良くて、行き詰まらないのがいいですね。 グラフィクスがとても可愛いのもいい。

 ◆RGB Express by Bad Crane
 http://rgbexpress.com/

このゲームに限らない話だけれど「あいだをあける」ことの意味をときどき考える。 ずっと根を詰めて書いていると何だか行き詰まってくる。 でも、ちょっとだけゲームをやって戻ると、元気になっていて、 また新鮮な気持ちで次の文章書きに向かうことができる。

そしてまた、パズル自体もそう。 難しい面を完成させようとして何度もトライしてもなかなかうまく行かない。 でも、ちょっとだけ原稿を書いてから再トライすると、 一発でその面が解けたりする(ちょっと待った。 原稿とパズルとどっちがメインなんだ?)。

仕事の側でもパズルの側でも休憩は大事。 きっと、いったん頭をからっぽにして、 別の発想で仕切り直しすることが大事なんだろうな。

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休憩の話。

休憩で思い出しました。 こんなページがあります。

 ◆定期的な休憩を取る「52・17」ルールで生産性を最大化
 http://www.lifehacker.jp/2015/03/150306_5217rule.html

これによると、

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 52分の仕事時間は課題をこなし、
 物事を片付け、業務を進めることに集中するのです。
 一方、17分の休憩時間の間は完全に仕事から離れます。
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というリズムが最も生産性が高いのだそうです。

まあ52分と17分という具体的な数値はさておき、 これはよくわかります。 休憩を間にはさむことはなかなか馬鹿にできません。

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フラクタルの話。

先日Twitterで、 「フラクタルを理解するためのフローチャート」 というものを見かけました。

 ◆A flowchart for understanding fractals
 https://twitter.com/mathemaniac/status/574556134763143169

野暮な解説をすると、 このフローチャートそのものがフラクタルになっているのです!

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統一感の話。

駅に行くと、地方のキャンペーン企画のポスターを見かける。 「○○県にはこんな特産物があるし、温泉もあるから来てね♪」 のようなもののことである。 駅前で、地方の特産物の即売会が催されることもある。

しかし、その地方がアピールする印象がバラバラなことが多い。 さっき駅にあったポスターと、この即売会は同じ県のものなのに、 共通のメッセージが提示されてない、と感じるのだ。 統一感がないのである。 それは、ブランディングとして もったいない話じゃないだろうか。

例外的に優れているのは熊本県。 いわずとしれた「くまモン」がいるからだ。 スーパーにいくと「くまモン」がいる。 デパートにも「くまモン」がいる。 あの「ゆるキャラ」を見るたびに熊本県のことを少し考える。 キャラクタの力は大きい。

凝集力を高めるのはやはり「一人(一匹)のキャラ」だからだろうか。 くまモンというキャラに信頼や興味や期待を集結させているから統一感が生まれる。

結城は個人で仕事しているから、 私の仕事は私という個人に結びついている。 だから管理や制御も楽といえば楽だ。 どういう仕事をし、ツイッターでどういうことをつぶやき、 Webに何を書くかをすべてコントロールできる。

それに対して、複数人が絡むプロジェクトの場合は違う。 コンセプトデザイナーというか、ディレクターというかはわからないが、 ともかく方向を決定する人、 これはよし、これはダメという人が必要になる。 でないと、統一感を出せないからだ。

聞くところによると、 無印良品というブランドで商品を出すには、 ある少人数の人たちの判定が要るらしい。

もしかすると、広い意味でのデザイナー(設計者)の仕事は、 そこにあるのではないだろうか。 これはいいが、これはダメと言い続ける仕事である。 いちいち人間が判定するのはたいへんだから、 省力化するためにデザイン図(設計図)を描くのだ。

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数学の得意不得意の話。

結城が知っている範囲で「数学が得意な人」の多くは、 数学でよく出てくる「ルール」に対して、 以下のような考え方をしているように見える。

 ・ルールをよく守ろうとする。
 ・ルールの境界(限界)を理解しようと思う。
 ・そのため、ルールぎりぎりのことを試みることがある。
 ・暗黙知で解釈せず、ルールを言葉通りに扱おうとする。
 ・一度定めたルールを正当な理由なく変えるのを好まない。
 ・ルールは便宜上定めたものだとよく理解している。
 ・だからこそ(正当な理由がない限り)厳密に守ろうとする。

「ルールを厳密に守る」というと、 融通がきかず、頭が固いような印象があるけれど、 数学が得意な人ほど「自由さ」を持っているように感じる。

たとえば数学者。 自由さにおいて、数学者の右に出る人はなかなかいないのではないか。 数学者は、ルールに対して、何ができるかできないかを厳密に理解しようとする。 「どんな意味でどれだけ自由だと言えないのに、自分が自由だとなぜいえる?」

逆に、結城が知っている範囲で、 数学が不得意な人は以下のように考えているように見える (数学を学ぶ上では好ましくない考え方だと結城は思っている)。

 ・言われたことの意味を考えない。
 ・理解できないことがあったときに、
  理由を誰かに尋ねたり時間を掛けて考えるよりも、
  「暗記しちゃえ」としがち。
 ・不明確なことがあっても確かめない。
 ・言葉を厳密に使わず、
  意味はいつでもいくらでも変更してかまわないと思っている。
 ・「厳密さ」とは不寛容であり、好ましくないと思っている。

上に書いたことと重複するけれど、結城が知っている範囲で、 学ぶことが苦手な人が考えがちなこと (以下に列挙する考え方は、学ぶ上で好ましくないと結城は思っている)。

 ・意味不明でも覚えよう。
 ・自分が理解することよりも、テストの点が良いことの方が重要。
 ・先生に質問するのは失礼だ。
 ・質問は愚かさを示すことであり、好ましくない。
 ・先取り学習は悪である。
 ・二週間前のことを復習するのは敗北だ。
 ・数学は積み重ねだから、今すぐ理解できないなら理系進学は諦める。

なお、上に書いた項目は、あくまで結城が知っている範囲での話です。 どれだけ広範囲に適用できるか、そもそも正しいかどうかはわかりません。

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信頼関係の話。

ある会社と事務的なメールのやりとりをしていた。 でも、何度メールが行き交っても話が噛み合わない。

 相手「いただいたメール以外の情報はいついただけるのでしょうか」
 結城「先ほど送ったメールですべてですが」
 相手「でも先日のメールによりますと……」

どうも何かがおかしいと思って、 それまでに双方がいつどんなメールを送ったかを一覧にして整理し、 どういう情報が相互に伝わっているかを確認した。

すると相手から「4番目のメールは途中までしか来ていないようです」 との連絡があった。何らかのメールトラブルで一部が文字化けしたために、 メールの前半部分だけが先方で読める状態になっていたらしい。 なるほど、そういう状況だったら話が噛み合うはずがないな、 と膝を打った次第である。

メールは便利だけれど、

 「自分が見ているものを相手も同じように見ていて当然」

という錯覚を起こすことがある。

相手が同じものを見ているはずと錯覚すると、

 「見ればすぐにわかるじゃないか、
 なんでそういう話になるかなあ」

といらだちそうになる。相手の理解度を疑ったり、 しまいには「私に悪意があるのでは」とまで考えたりする危険性がある。

そんなとき、

 「見ればすぐにわかるはずなのにわからない、
 ということは、同じものが見えていないのでは」

という発想に立てるかどうか。

その発想に立つと「相手がおかしい」ではなく、 自分や相手以外の「何かがおかしい」という気がつくことができる。 そして、相手と協力して問題解決に当たることができる。

そういう好循環に持ち込むには、相手との信頼関係が欠かせない。 相手と信頼関係ができていれば協力しやすいし、 誤解が解ければスッキリする。 でも相手との信頼関係ができていないと、 ほんのちょっとした行き違いから疑心暗鬼が生まれ、 いらいらした言葉遣いからさらに相互不信が深まる。

今回のメールのやりとりで、信頼関係の重要さを改めて学んだ。

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執筆依頼のメールの話。

あるとき、ある出版社の編集者さんから書籍執筆の依頼メールが来ました。 まあ、これは珍しい話ではありません。 ありがたいことに、ときどき雑誌記事の執筆や、書籍執筆の依頼をいただきます。

でも、結城自身のスケジュールは基本的にいっぱいなので、 いただいた依頼をお引き受けするということは、そんなに多くはありません (絶対ないわけでもありませんけれど)。

で、先ほど話した編集者さんからのメールの件でも、 お断りする旨の返信をしました。 でもその際に、その編集者さんの書籍や出版に対する考えをお聞きしたいな、 と思って率直な質問をいくつか書きました。

ところが、その後返信が来なくなってしまいました。 送ったメールが未達であった可能性もあるので再送したのですが、 やっぱり返信はありません。

もともと「お断りします」という返事のメールなので、 しつこく再送するのも変だし、わざわざ電話かけるのも違うし……。 考え込んでしまいました。

お仕事のメールをいただいたときは、 引き受けるときもあれば、お断りすることもあります。 でも、最初の一通をいただいて、 こちらからの返信に答えがないというのは珍しいことなので、 少し気に掛けています。 まあ、気に掛けてもしょうがないのですけれど。

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講演の話。

スケジュールといえば、 今度の六月にある高校で講演をすることになりました。 講演といっても、参加できるのはその高校の生徒さんに限られており、 一般公開されるわけではありません。

数学を学ぶ話を切り口に、 いつもとは少し違う話題を盛り込んでみようと考えています。

まだ未定ですが、もしもスライドなどの資料がまとまるようなら、 講演後にこの結城メルマガでまた記事にしようかと思っています。

続報をお待ちください。

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図書館の話。

作家の村上春樹さんが期間限定で質問に答えるサイトを運営しています。 あるとき「図書館で借りて読んでもいいですか?」という質問に答えていました。

 ◆図書館で借りて読んでもいいですか? − 村上さんのところ
 http://www.welluneednt.com/entry/2015/03/04/203200

図書館で読んでもいいですかという質問に対して、村上さんは、 「どんなかたちであろうが、自分の本が読まれていれば嬉しい」 と答えていました。 結城も、自分の本についてまったく同じように感じます。

そしてまた、 「いちばん望ましいのは、図書館で借りて読んだけど、 やっぱり自分の手元に置いておきたいので、 書店で買い直しました、というケース」とも。 これについても同じように感じます。 そんなふうに思ってもらえるような本を書くことを目指したいですね。

さて、結城の本を読者さんがどうするかとは別の話ですが、 私自身は本をどんどん買うタイプです。

基本的に「時間が惜しい」ので、図書館で本を借りることは少なく、 自分の時間が節約できるならすぐに本を買ってしまいます。

林先生の『不完全性定理』は二冊買いましたし、 洋書と邦訳書を買うこともめずらしくありません。 一つの良書を版ごとに買うこともよくあります。 奥村先生のLaTeX本や、Rivestのアルゴリズム本は何冊も買いました。 「時間を節約するために本を買う」のは極めてコスパのいい投資だと思います。

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さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。

今週は『数学文章作法 執筆編』第2章のメルマガプレビュー版、 「執筆の基本」をお届けします。

お楽しみください!

目次

  • はじめに
  • 数学文章作法 - 執筆の基本
  • Q&A - 受験時代の数学を振り返って
  • おわりに