結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年8月23日 Vol.230
はじめに
おはようございます。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
台風が次々に来ています。 このメールマガジンが届くのは23日の火曜日。 そのころにはどうなっているでしょうか……
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新刊の話。
今年の秋に「数学ガールの秘密ノート」シリーズ第8弾、
『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』
が刊行されます。 先日、ようやく原稿ファイルを編集部に送ることができました。 まだまだ編集作業は続きますけれど、まずは一段落。 少しほっとしました。
すべてのファイルを集計してみたところ、
LaTeXのファイル数、29 個。
LaTeXのファイルサイズ、322441バイト(180115文字)。
画像のファイル数、87個。
という感じでした。ただし、これはすべてのファイルなので、 個人的なマクロ定義が入っているものなども含まれています。 章末問題・解答・プロローグ・エピローグなどを除いた本文のみですと、
LaTeXのファイル数、5個
LaTeXのファイルサイズ、229797バイト(121387文字)
という感じになります。平均は24277文字、標準偏差は5476です。
先週の結城メルマガにも細かく書きましたが、 Web連載から第5章を「再構成」するのはほんとうに難産でした。 でも、十分に練ることができたので、いまは大きな手応えがあります。 これから出版までさらに磨きをかけていかなくては。
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画一化と型の話。
先日ある方が、子供の読書感想文に関するツイートをしていました。 その方はもう元ツイートを削除してしまったので、 ここではリンクしません。
ツイートの主旨は、読書感想文の書き方に関して、 学校から渡されたプリントがあまりにも画一的なので、 これではまずいのではないかというものでした。
以下は概略です。 実際にプリントでは各項目に具体例も付記されていました。
・書き出しは、小説の一部を抜き出す。
・書き出しの続きは、自分の考えを書く。
・本文1、本を選んだきっかけ、読み始めの感想を書く。
・本文2、自分の体験を書く。
・本文3、書き出しに戻り、最初の感想に付け足す。
・本文4、その本を読んで自分がどう変わったかを書く。
ツイート主は「画一的な読書感想文が生まれる」 という危機感を抱いたようですが、 結城はその正反対で、とてもよいプリントだと思いました。
文章の型を具体的に提示し、 ここにはこういう内容を書きなさいと指導するのは、 文章を学ぶいい方法の一つであると思います。
確かに、文章の型は画一的に見えますが、 もともと「型」というのはそういうものです。 この型に対して書く人が内容を注ぎ込んでいくのですから、 内容まで画一化されることはありません。
型が決められることで、自分の心の中から何を取り出し、 それを文章のどこに入れるかが明確になります。 これによって助かる子供は多いのではないかと想像します。 そしてこのような「型」に従うことは読書感想文に限らず、 論文など多くの文章にあてはまるはずです。
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文明の利器の話。
暑いとクーラーをつけます。 クーラーで涼みながら、 「ああ、クーラーは文明の利器だなあ……」 と思います(思いませんか?)。
ところでふと、
クーラーは文明の利器である
とは考えるけれど、
スマートフォンは文明の利器である
とはあまり考えないな、と思いました。 そんな話をツイートしたら、@akiyama924 さんから、 こんなリプライをいただきました。
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自然に勝利した感覚が薄いからではないか?はと思いました。
https://twitter.com/akiyama924/status/761365640250699777
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なるほど、と膝を打ちました。 確かに、暑くて暑くてしょうがないという自然界の状況を、 われら人間は文明の利器たるクーラーをもって改善する。 暑さに勝利! それに対して、スマートフォンは「自然に勝利」した感じがしません。 確かにそうですね……
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藤井さんの話。
ボイジャーのパンフレット『これからの本の話をしよう』2016年版に、 作家の藤井太洋さん(@t_trace)の文章 「世界への挑戦」が掲載されていました。
この「世界への挑戦」には、藤井さんが『Gene Mapper』を 世界で売っていこうとするようすが描かれています。 いくぶんかは技術の問題、いくぶんかは文化の問題、 そしてまたいくぶんかはビジネスの問題として描かれています。 藤井さんがそれらをどう考えて乗り越えようとしたかが、 具体的&簡潔に書かれているのです。
結城はたままたこの文章を読んで、大きなはげましを受けました。 作家を目指す人、文章を書いて生きていくことを考えている人には 特におすすめです。
◆『これからの本の話をしよう』2016年版
http://www.voyager.co.jp/archive/pamphlet/main_pamph_2016_japanese.pdf
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いらいらの話。
ある日、スーパーのレジに並んでいました。 いつもと違って長時間待たされています。 長い列になるのはいつものことだけど、 ふだんはもっとサクサクとお客さんがさばかれていくはずなのに。
少々いらいらしつつ、前の方をながめてみると、 どうやらレジに立っていたのはアルバイトの高校生のようでした。 元気に作業しているのだけれど、どうしても手際が悪い。
ああ、このために待たされていたんだな……と気付くと同時に、 さっきまで感じていたいらいらが、 いつのまにか消えていたことにも気付きました。
待たされる原因がわかったから「いらいら」が消えたのか。 それともアルバイトの高校生を応援する気持ちから 「いらいら」が消えたのか。 本当の理由はわかりませんが「いらいら」が消えたのは確かです。
人間の心は不思議ですね。 状況は変わらないのに「いらいら」が消えたことを興味深く思いました。 待たされることは「いらいら」の原因すべてではないのですね。
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戦争の話。
戦争というと「悲惨な事態」を想像する人が多いと思います。 私もそうです。でも、こんなことをふと思いました。
自国が、ある国に対して戦争を仕掛けたら、自国経済が上向きになるとする。 それとともに国内問題の大半が、短期間できれいさっぱり解決する。 客観的に考えても、確かにそうだと思える。 そのような場合であっても戦争を開始しない勇気が必要ではないか。
要するに、自国に悲惨な事態がまったく起きないと仮定した場合に、 戦争を開始しないのは可能だろうかということ。
現実的な仮定じゃないって? でも、軍需景気というのはよくある話ですよね。
もう少し考えを進めてみましょう。
ある国に戦争を仕掛けたときに、自国の誰も怪我したり死んだりせず、 さらに、相手国の誰も怪我したり死んだりしない場合はどうだろう。 相手国のすべてが自国のものになり、 結果として、相手国の国民が豊かな生活を享受できるという場合、 その場合はどうだろうか。 それでもやはり、戦争は絶対的な悪だとみんなは考えるだろうか。
戦争とは何か、戦争はなぜいけないかに関連した話題は、とても難しい。 命を奪うのはよくない。怪我をさせるのはよくない。 では、命を奪わず怪我もさせないならいいのか。 経済的損害を与えるのはいいのか。 経済的制裁と呼ばれる行為はどうか。 どこかに恣意的な線引きを入れないと何も主張できそうにない。
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経済的初等整数論の話。
先日、パソコンのサポート業務契約の「m年縛り」の話を聞きました。
たとえば「2年縛り」と「3年縛り」を組み合わせると、 解約時の「違約金」を0円に抑えるためには実質「6年縛り」 になるという話です。 「2年縛り」が切れる2年後には「3年縛り」が生きているからです。
これを一般化すると、「m年縛り」と「n年縛り」を重ねることで、 「mとnの最小公倍数」ごとにしか解約しにくい仕組みということですね。
恐るべし、初等整数論を知らないと不利益に気が付かない世の中……
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ペンの力の話。
先日の都知事選挙で候補者の一人が「ペンの力」を信用していない、 という発言をしていました。 この候補者がもともとジャーナリストだったこともあり、 ネットのあちこちで物議を醸していました。
政治的な話はさておき、結城はこの話題を見かけたとき、 「ペンの力」とは何だろう、と思いました。 また「ペンの力を信じる」とはどういうことだろうとも。
もちろん、一般的な比喩として「剣」に対抗する「ペン」、 すなわち武力や権力に対抗する学問や文筆は知っています。 しかしながら、自分の言葉として的確に「ペンの力」 を定義したり説明したりすることは難しいな、と思いました。
考えてみればそれは当然です。メタファーというのは、 複雑な要素が絡み合うものを端的に表現するために使われるわけですからね。 簡単に説明できるなら「ペンの力」なんて持ち出す必要はないのです。
「ペンの力」とは何だろうと考えた理由は何かというと、 最近ずっと『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 の執筆と推敲を行っていたことにあります。 結城は、文章を書きながら、一つ一つの言葉に対して、
・具体例と共に適切に説明されたか
・読者の中にわかりやすいイメージは伝わっているか
・そして、正確な定義もまた伝わったか
を検討する作業を延々と続けているのです。 そのため、ふと耳にした「ペンの力うんぬん」 という言葉に対しても同じような態度で接してしまったのですね。 頭がいわゆる「推敲モード」になってたわけです。
たとえば、こんなことを考えます。
・「ペンの力を信じる」のと「言葉の力を信じる」は同じか?
・「ペンの力を信じる」のは書く側か読む側か?
・「ペンの力を《信じる》」というのは、
「ペンには力が《ある》」や「ペンには力が《あると考える》」と、
同じなのか?
半分言いがかりみたいな問いかけで構わないから、 自分に対していくつも発して、それに答えてみる。 自分が「いじわるな読者」になったつもりで問いを作り、 それに対して誠実に答えようと試みる。
そのような自分自身との対話を繰り返すと、 一つの概念(たとえば「ペンの力」)を、 自分がよく理解しているかどうか試すことができるのです。 これは、結城が本を書くときに日常的に行っている行為そのものです。
「いじわるな読者」というのはもちろん仮想的な存在です (ええと……そう、願いたいです)。 文章の言葉尻をとらえて、わざと曲解したり、読み飛ばしたりする存在。 心の中にそのような読者を持っている著者は、 推敲のときにたいへん助かります。 書かれた文章の弱い部分を発見することができるからです。
推敲モードの結城は、 一日中ずっと「心の中のいじわるな読者」と対話を続けているようです。
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Kindle Unlimitedの話。
アマゾンでKindle Unlimitedのサービスが始まりました。
Kindle Unlimitedなら、電子書籍読み放題といわれて、 試しに使用開始してみました。ただし読み放題といっても、 「(Kindle Unlimitedとして登録されている電子書籍は)読み放題」 という条件が付きます。
さっそく何冊かピックアップして読もうとしたのですけれど、 読み放題だからといっても、そうそう読めるものではありませんね。 それに何より、すでにお金を払って購入した本(いわゆる積ん読) がたくさんありますし。
結局、何日か利用した後、ぜんぶの本の利用を終了しました。 Kindle Unlimitedで読み放題だからたくさん読める! ……という本の選び方は、どうも私にはあまり向かないようです。
もちろんこれはKindle Unlimitedやそのユーザを批判したり、 非難しているわけではありません。 本の選び方や読み方というのは個人の自由ですからね。
もともと結城は「セールだから買う」という行動を取ることは少ないようです。 私の場合、読書に対する障害は、 時間と読みたい気持ちと能力であることが多いです。 時間がなくて読めない、あまり気が乗らなくて読めない、 難しすぎて読めないという三パターンですね。
読みたい本や読むべき本は、セールだろうがそうでなかろうが、 読みたい気持ちが湧いたとき、すぐに入手しようと心がけています。
読みたいときにすぐ買って読みたい。 電子書籍は、その気持ちを実現させてくれる仕組みだと思います。
先日、調べたいことを急にバスの中で思いつき、 その場ですぐに電子書籍で参考書を購入し、 バスの中で読み始めました。そしてバスが目的地に着く前に調べ物は解決。 こういうことができるのは、電子書籍の素晴らしい点ですね。
Kindle Unlimitedの品揃えが変われば、 以上のような考えはまた変化するかもしれませんけれど。
Kindle Unlimitedが、 アマゾンプライムの1サービスになってくれたらいいのになあ。
とりあえず「無料お試し期間が終了したら課金されない」 という以下の設定をしておきました。
◆【要注意】Kindle Unlimitedの30日間お試し期間以降、
自動更新されないように設定する方法
http://www.danshihack.com/2016/08/04/junp/kindle-unlimited-5.html
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では、今週の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
- はじめに
- 数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)(3)
- 終戦記念日に思うこと
- イチローと、時間・脳みそ・言葉 - 仕事の心がけ
- ロマンティック数学ナイトへの出題、結城浩の《挑戦状》
- おわりに
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