温故知新、自分より先達の作品をたくさん読むことにより、自分の作品の蓄えとすることは決してパクリではなく、むしろ、正しいことだと思う。 ゼロから新しいものを創りだそうとすることは果てしなく難しいものであるから。 ところで、古典とはなんだろう。自分の印象だと中学や高校で扱ったいわゆる江戸時代頃までの文学のことが頭に浮かぶ。 そして、その時代移行の文学はどうやら古典としては認められないようだ。 この記事から受ける印象だと、古いものほど長く評価されていたのだから価値が高いという印象をどうしても受けてしまう。 しかし、本に完成形は存在するわけがなく、現代になって再評価された古典も少なくない。 自分は、古典ではなく、本の発表された時代、作者の立場、その本に対する現在の評価などにこだわらず、片っ端から乱読すべきだと考える。 そうやってたくさんの本に出会っていくうちに、より洗練された面白さの法則が自然に自分の中に形作られていくだろうと。
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温故知新、自分より先達の作品をたくさん読むことにより、自分の作品の蓄えとすることは決してパクリではなく、むしろ、正しいことだと思う。
ゼロから新しいものを創りだそうとすることは果てしなく難しいものであるから。
ところで、古典とはなんだろう。自分の印象だと中学や高校で扱ったいわゆる江戸時代頃までの文学のことが頭に浮かぶ。
そして、その時代移行の文学はどうやら古典としては認められないようだ。
この記事から受ける印象だと、古いものほど長く評価されていたのだから価値が高いという印象をどうしても受けてしまう。
しかし、本に完成形は存在するわけがなく、現代になって再評価された古典も少なくない。
自分は、古典ではなく、本の発表された時代、作者の立場、その本に対する現在の評価などにこだわらず、片っ端から乱読すべきだと考える。
そうやってたくさんの本に出会っていくうちに、より洗練された面白さの法則が自然に自分の中に形作られていくだろうと。