ひろぐ

へんこな床屋

2014/03/09 01:38 投稿

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どうにもこうにもへんてこな床屋だ!
私が住む大阪ではそういう人を
「へんこ」と呼ぶ!
なので
「へんこな床屋」と書けば
通常の日本語よりも
一文字少なく表現できる!
アクセントは「へ」ではない!
「ん」だ!

久しぶりに「へんこな床屋」に行った!
ずいぶんと髪が伸びた事は自認していたが
なかなか行く機会がなかった!
たまに行こうと思って出向くと
たいがい閉店している!
”それぐらい先に調べてから行けよ!”
と思われるかもしれないが
なにしろ相手は「へんこな床屋」だ!
いつが定休日で
何時から何時まで営業しているのかなど
まったく予想する事ができない!

かつては街の真ん中に
大きな店舗を構え
何人も従業員を雇って営業していたそうだ!
その頃のお得意さんが
怪獣「ぼんちおさむ」ちゃんだったと聞く!
以前私が通っていた床屋さんも
「僕ぼんちおさむの同級生やねん!」
と言っていた!
私が行く床屋さんは
必ずと言っていいほど
「ぼんちおさむ」ちゃんの何かだ!

表に理髪店特有の「サインポール」があるのだが
肝心の床屋店舗はまったく見つける事ができない!
よーく探すとそのビルの3階の窓に
もう一つ「サインポール」がある!
そこが私の行きつけの「へんこな床屋」だ!
めったに廻らないその「サインポール」が
もしもくるくると廻っていたら
それが稀に見る営業の合図だ!
まるで名画『幸せの黄色いハンカチ』の
感動のラストシーンのような話だが
なにしろ「へんこな床屋」なのだから
仕方が無い!

3階まで暗い階段を登って
ドアを開けてみると
珍しく先客が調髪中だった!
邪魔にならぬよう待ち合い椅子に座り
先客と「へんこな床屋」の会話を聞いていた!
「へんこな床屋」は突然声を荒げた!

「なんでや!
 なんで煙草やめんねん!
 やめんなや!
 吸えや!」

「やめたもんはしゃあないですやん!」

「あかん!
 吸え!
 君が吸えへんのやったら
 僕が吸う!」

「へんこな床屋」はそう言って
作業を止めて
煙草を一本くわえて火をつけた!

これだ!
これが私の愛する「へんこな床屋」の
真骨頂だ!
私も遠慮なしに
葉巻に火をつけた!
そうそう!
子供の頃に通っていた床屋さんでも
私の散髪が終わるまで
実父「ごんぼちゃん」
待ち合い椅子で煙草を吸っていた!
床屋さんとはそういう場所だと認識して
私は育って来た!

この「へんこな床屋」は
なにしろ腕がいい!
自分でひげ剃りをしても剃り残す部分が
「へんこな床屋」に任せれば
つるんつるんになる!
切った後の髪など
自分でもしばらく触ってしまうほど心地がいい!
わずか2,300円で
そこまでの職人芸を見せていいのか?
と思えてしまうほど
腕の立つ人物だ!

やがて先客は去ったが
私と「へんこな床屋」は
残りを吸い切るまで待ち合い椅子で語り合った!

「なんでやめんねん!
 やめへんでもええやないか!」

「まぁまぁ!
 努力してやめたんやし!
 そない言わんと!」

私は家の近所のお店で
店主や店員らと会話を交わす時には
しっかりとした大阪弁を使うようにしている!
私が「山形県」出身である事を
うっかり悟られる事は決してない!

さて!
二人で煙草と葉巻を吸い終えて
「へんこな床屋」は
私を散髪椅子へといざなった!

「あんたが来んの待っとってん!」

うそだ!
待っていたならもっと多く営業しているはずだ!

「いや!
 ほんまに待ってとってん!
 今日!」

いきなりのピンポイントだ!
今日待っていただと?
そんな超常現象的な事があるものだろうか?

「今朝見たんよ!
 『ピーチケパーチケ』!」

ほう!
確かに昨日の早朝は
「安倍なつみ」ちゃんと共演した
「大将」こと「兵動大樹」君司会の情報番組
『ピーチケパーチケ』の再放送があった!
そう言えば「へんこな床屋」は
朝5時には目覚めると言っていた!
再放送はまさに朝5:05からだ!
察するに起きてすぐにつけたテレビで
私を見たというわけだ!

「いやぁ笑たわぁ!
 僕な兵動好っきゃねん!」

お笑い番組ではないが
「大将」がしっかりと笑いを生む内容だ!

「んであんたも良かったでぇ!
 『ミヤネ屋』で暗い話題やと
 あんたなーんも言わへんやん!
 今朝のんは違うたわぁ!
 笑たわぁ!」

そこはいつも
『ミヤネ屋』出演直前に訪れる床屋さんなので
いつもは『ミヤネ屋』の話題が多い!
そのためよく
「もう『ミヤネ屋』なんか見いひんわ!
 あんた全然しゃべらへんし!」
と叱られる!
しかし昨日は『ピーチケパーチケ』のおかげで
「へんこな床屋」はことの他ご機嫌だった!

「んで思たんやけどな!」

なんだろう?

「今朝の髪型めっちゃよかったわ!」

ほう!
「へんこな床屋」に珍しく褒められた!
番組での髪型なので
当然ヘアメイクさんの手柄なのだが
「へんこな床屋」があまりにも褒めるので
なんだか私が得意げになってしまった!


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「そやから言うとくわ!」

ややっ!
なんだ?
「へんこな床屋」が何か言うぞ!
きっと「へんこ」な事を言うぞ!

「あんたなぁ!
 髪の毛長い方がええわ!
 ・・・切らんとき!」

・・・え?
待て!
ちょっと待て!
そんな床屋があったものか!
私はここ数日間
何度かそこに通っては
無回転「サインポール」に追い返され
今日やっとこうして散髪にありついたのだ!
その私に!
「切らんとき」と言うか!
だめだ!
切ってくれ!

「いやや!
 今日は切らへんで僕は!」

そんなところで頑固職人をアピールしてどうする!
切れ!
頼む!
切って下さい!

「絶対長い方がいいて!
 ヘアメイクさんかてあれやん!
 長い方が何かええのんしやすいやん!
 短かったらなんもでけへんやないか!」

あんた一体誰の仕事を中心に物を考えているんだ!
関西テレビのヘアメイクさんを優先してどうする!
いいから!
私は切って欲しいんだから!
切っておくれよへんこ親父!

「まぁお客さんやし!
 切らん事もないけどな!
 けどあの髪やってくれた人に
 床屋が褒めとったて言うといてや!
 正直”負けたー!”て思たもん!」

エンターテイナーとして
早朝から敗北感を与えてしまった事は
不覚の至りとしか言いようはない!
だが!
詫びる気はない!
さぁ!
客だ!
切ってくれ!

「・・・切らんでええけどなぁ
 ・・・切らん方がええと思うけどなぁ」

「へんこな床屋」は
かなりぶつぶつ言いながら
やっとはさみをふるってくれた!

「そうや!
 あんたもよう行く飲み屋あるやろ?」

ある!
そこは私にとって
「座布団のいっぱいある店」
という仮称で通っている!

「あっこの大将も
 うちで頭刈らしてもらってんねんけどな!
 こないだあんたの話したんよ!」

はて!
何の話だろうか?

「僕こないだあんたの事
 ”松屋町筋”で見かけたんよ!
 若いええ女と二人で歩いてたやろ!」

・・・ん?

「僕もほら!
 気ぃつかいやから!
 そんな時は声かけたらあかん思てな!
 何も言わんと通り過ぎたんよ!」

若い?
いい女と?
私が?
そんな事をするのが私の夢なのに?

「その話をな!
 ここであの飲み屋の大将としてたらな!
 あの大将がな!
 ”ちゃいます!
 後藤さんは絶対そんな事する人やないです!”
 言いよんねん!
 ”それは奥さんです!”
 言うてたわ!
 いやいや奥さんとちゃうわ!
 若かったもん!」

・・・ははーん!
・・・はっはーん!
・・・はっはっはーん!

私は「へんこな床屋」に説明した!
恐らくそれは「カミさん」ではなく
この近所に住んでいる
「ガブリエルみき」という底辺の芸人である事を
しっかり説明した!
ついでに「若いええ女」でもなく
「なんか食べさせてくれや!」
としばしば現れる動物の一種である事をも
深く説明した!

「へぇそうかいな!
 まあ僕もな!
 気ぃつかいやからな!
 次見たとしても
 そんな時は話しかけへんよ!」

どうなのだ?
自称「気ぃつかい」ならば
そもそも私の行く飲み屋のマスターに
私のいない所で
そういう暴露話を
しないものなのではないのか?
さては!
さてはあんた「へんこな床屋」だな?

「僕はなぁ!
 今年に入って心を入れ替えたんよ!」

おっ!
どうした!
なんだなんだ!
今度は何事だ!

「あんたみたいな芸能人も
 僕のとこに来てくれるやろ?
 そうなったらな!
 テレビで見てる人の事を
 あいつは好きやとか
 あいつは嫌いやとか
 そんなん言うとったらあかん!
 ひょっとしたらあんたが
 気ぃ悪くするかもしれへんやん!
 あんたの好きな人を悪く言うたり
 あんたの嫌いな人を褒めてしもたり!
 そんなんあかんやん!
 せやからな!
 僕はもうそういうのんは一切言わん!」

・・・んー!
先程いきなり
「僕な兵動好っきゃねん!」
と言っていたのだがなぁ!

「あかんあかん!
 そんなん言うてては客商売失格や!
 今年からは絶対言わへん!
 吉本新喜劇の○○がおもんないとか
 もう絶対に言わへんわ!」

言った!
言ったよ今!
それ聞くの初耳だよ!
これはもう私には
あまりにも関わりの深いところなので
『ひろぐ』始まって以来の
「○○」という隠し表現を使ってみた!
だって私が言っているんじゃないから!
「へんこな床屋」が言ったんだから!

「はい!
 終わり!」

終わった!
ぱさらぱさらとブラシで肩や首をはいてもらった!
そして私は
鏡を見て黙った!

「・・・。」

「はい終わり!」

「・・・終わり?」

「うん!
 終わり!」

「これって・・・
 いつもより長いよね?
 いつももっと切ってくれるよね?」

私の質問に対して
「へんこな床屋」はこう答えた!

「あんた髪の毛長い方がいいって!
 今日はここまで!
 これ以上はよう切らん!
 はい終わりー!」

私はこれまで一度も
美容室と呼ばれる所で
散髪した事がない!
私が髪を切るのに
おしゃれな雰囲気や
最新映画のDVDや
漫画や雑誌は必要はない!
私は下町の床屋が大好きだ!
いつ開いていつ閉まるのかもわからない
予約もいらず
禁煙マークもない
そんな床屋が大好きだ!
大阪に暮らして28年目になる!
「へんこな床屋」と
大阪弁でわいわい言い合っている時
私がこの28年で積み重ねてきたものは
どうやらとっても素敵なものだな
と感じる!
そう思えた時に
どうしようもなくひろぐ!

「そうや!
 いっこ言うのん忘れてた!
 モー娘の”なっち”!
 あれええ子やろ?
 絶対ええ子やと思うわぁ!
 僕めっちゃ好っきゃねん!」

「へんこな床屋」の心を入れ替えるには
4〜5年ほど
洞窟か何かで暮らさせるしかないようだ!

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