なにしろ言うところの”変人”だったので
向こうがどう思っていたのか
私にはわからない!
しかし私は彼の事を”仲良し”だと思っていた!
「連絡も取らない仲良しなどいるものか!」
と言われるかもしれないが
私は大の電話嫌いな上に
彼は彼でこういう名刺を配っている人物だった!

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この名刺の裏は白紙だ!
連絡など取れるはずがない!

「高倉健がね!
 こんな名刺配ってたて聞いたんですわ!
 こんなんを渡してね!
 相手を気に入ったらね!
 後から裏に連絡先を書いたそうなんです!
 そやからね!
 それを真似てみたんですわ!」

ならば電話嫌いの私に
E-Mailアドレスを書いてくれ
と頼んでみると
彼は私が手渡したボールペンを握った!
とても不格好な手だった!
握っていると言うよりも
握った手の中に差し込んでいるという風に見えた!

「難病にかかりましてね!
 軟骨が硬化してるんです!
 今もリハビリの帰りでね!
 治る病気ではないらしいんですわ!
 そやから僕あれですわ!
 もうじき死ぬんですわ!」

「テント」さんと初めて会ったのが
いつだったのかを思い出そうとしているのだが
うまく思い出せない!
記憶力はとてもいい方なので
あんな怪人との出会いを忘れている事に
とても驚いている!

私が所属するPiperによる
2003年放映のコント番組
『発熱!猿人ショー』
和歌山県にロケに行った!
確か駅ホームや電車内での撮影を行いたいと
JRに交渉した結果
昼間はのんびりとした乗車率のJR和歌山線が許可をくれ
私と「川下大洋」「大路恵美」とスタッフとで
わいわい和歌山に向かったのだ!
JR和歌山駅前に停めたロケバスの中で
私はテントさんと二人でお弁当を食べた!
そう!
そこにテントさんがいた!
それが出会いだったのかもしれない!
彼はものすごく奇妙な作法で
お弁当を食べていた!
弁当箱という四角い世界の中で
”砂金掘り”か”ひよこの雌雄判別”のような
素人にはわかりづらい細かい作業を行っては
小さくお箸に乗せて口に運んでいた!
私はどうしてそんな食べ方をするのか尋ねた!

「僕ねぇ!
 野菜は食べへんのですわぁ!
 こんなもん虫の食べるもんでしょ!」

私は彼の芸も人柄も大好きだった!
かなりの変人である事は間違いなかったが
清潔感に満ちていた!
服装も髪型もいつだってきっちりしていた!
重度の偏食家だったが
そのユニークな「食べ方」はとても綺麗だった!
無駄口は叩かず
誰の悪口も言わず
他人に興味を持たなければ
自分に興味を持たれる事も喜ばず
芸人の基本形から大きく外れていた!

『発熱!猿人ショー』のある回で
「有名芸能人お宅訪問」
というのを企画した!
確かいい企画が何も出なかったために立案した
苦肉の策だったと記憶している!
じゃあ誰の家に行くのが面白いだろう?
と相談した結果
「テントさんの家に行ってみよう!」
という事になり
その時点で会議室は大爆笑だった!

「お笑い界のツチノコ!
 テントです!
 今日皆さんラッキーです!
 僕なかなか生では見れませんよ!
 まぁテレビでも見れませんけど!
 うーえっ!
 うーえっ!」

舞台に現れるテントさんは
必ずこんな言葉でネタを始めた!
関西の人々が
みんなこの奇妙な芸人を知っていたかと問われれば
答えは「いーえ!」だ!
テントさんという芸人を知っていたのは
関西でもよほどのお笑い好きだけだろう!
なにしろ本人の言う通り
生でもテレビでもなかなか見られない芸人だ!
(ではどこで見ろと言うのか!)
言うなれば「有名芸能人お宅訪問」に
最もふさわしくない人物がテントさんだった!

何月何日の何時にロケ隊が伺う
としっかり伝えておいたはずだった!
なのにだ!
到着してみると玄関先に現れたテントさんは
こう言うのだ!

「すんません友達来てるんですわぁ!」

「そんじゃまた後日伺います!」
と言えるわけがない!
聞けばその日は
毎週その同級生達が遊びに来る日だったと言う!
なんとも奇妙な風習だ!
しかもそれは
家にロケ隊が来るという程度の理由では
曜日を変更するに値しない
大切なイベントのようだった!
”友達二人は帰ってくれ!”
と言うわけにもいかず
我々は仕方なく
テントさんの同級生二人がいる中で
お宅訪問ロケを行った!

「なんもする事ないなぁ。
 そうや!
 すごろくしよか!」

同級生二人は不快な顔をした!

「えーっ!
 またあれすんのぉ?」

どうやら集るたびに
何度もやっているようだった!
それはテントさんが中学生時代に作ったという
絶対にゴールできないすごろくだった!
彼らはどうやら
「いつかゴールできるかもしれない!」
という薄い希望を持って
しばしばそのすごろくをやっていたようだった!
家主がやろうと言うのだから断るわけにもいかず
その回の『発熱!猿人ショー』は
とんでもなく奇妙なものをオンエアする事となった!

その番組の後半で
「テントさんの
 あの聞き取り不能なギャグは
 一体何と言ってるんですか?」
と尋ねてみると
「”ぎゃしゃりんべんどぅっふぁ!”です!」
と教えてくれた!
意味は何かと問うと
「それがねぇ・・・
 僕にもわからへんので悩んでるんですわぁ。」
とあろう事か寂しそうな顔をした!
私はあらゆる面から
彼が変人である事を確信した!

上岡龍太郎氏の弟子だった彼は
かつて師匠と共に営業先から帰る特急電車のテーブルの上で
両手をからませて苦悶していたと言う!
上岡氏が「なにしてんねん?」と尋ねると
「蜘蛛の闘いです!」
と答えたそうだ!
「どっちが勝つ?」
との問いに
「ちょっとわかりませんねぇ!」
と答えたらしい!
「ほんなら賭けよか?
 僕は右手が勝つと思うわ!」
テントさんは師匠の賭けを受けて立ち
なんと敗北してお金を支払ったと言う!
「なんでわかったんですか?」
と師匠に尋ねると
「自分右利きやろ。」
と言われて驚いたのだそうだ!
多くの人が語るこのエピソードだが
私は被害者側
つまりはテントさん本人から聞いた言葉を
ここに記してみた!

私が開催した偽物の寄席
『王立寄席』では
登場する芸人の名前の書かれた紙をめくる
いわゆる「めくり」や
芸人が変わるごとに座布団をひっくり返したり
大喜利で座布団を運んだりする
いわゆる「お茶子」を
テントさんにやってもらった!
難しい人だった!
どうにも難しい人だった!
紙をめくると座布団を返すのを忘れ
座布団を返すと
めくったばかりの紙をまためくったりした!
なので私は言った!

「テントさん!
 もしも二つの作業をちゃんとできたら
 舞台に残って1ネタやってもいい
 としましょう!」

テントさんは満席の観客を前に
1ネタ見せたいがため
驚くほど真剣に二つの作業をこなした!
袖の中でそれを見守る私に
「二つできました!」
という目配せをするので
私はテントさんに自分のてのひらを見せ
「どうぞ!」
と無言で合図した!

「目玉焼きにしょうゆかけます?
 ソースかけます?
 僕はね!
 目玉焼きに・・・眼鏡かけます!
 ぎょぎょぎょ!」

そんなテントさんが
どうにも愛おしかった!

彼の名物芸である『人間パチンコ』
その場では固く禁じた!
終わりが見えない芸は
幕間にはふさわしくなかったからだ!
彼はある時私に
「7が並ばへん日は
 どないしても並ばへんのですわぁ・・・。」
と苦情を訴えるように告白した事があった!
あの芸がいつ終わるかは
パチンコ屋だけが知っている
というような事を言っていた!
最終日の最終回にだけ
私は『人間パチンコ』を解禁した!
ずいぶん長い幕間となったが
7が出ただけ良かった!

バーカウンターに座るテントさんの
背中の当たりがこんもりと変形していたのは
なにか包帯のような物を
何重にも巻いていたからだろうか?
それとも軟骨の硬化による症状だったのだろうか?
「ほんとに久しぶりですねぇ!」
と触れた背中と肩は
マッチョな奴の二の腕を掴んだ時のような
ちょいとおかしな感触だった!

「どうにも体が動かへんのでねぇ!
 僕去年でパチンコ辞めたんです!」

他人から「パチンコを辞めた」と聞かされたら
これまでは”よくやった”と褒めたものだ!
なのでその言葉を聞いて
あれほど悲しかった経験は
人生で初めてだった!

「僕もうじき死ぬんですわ!」

という彼の言葉は
てっきり病気によるものだとばかり思っていた。

昨晩テントさんが交通事故に遭った交差点は
我が家の近所だった。
私は仕事のために苦手な読書をしていたので
普段は騒がしい書斎「LEVEL 4」
無音にして集中していた。
20:00頃。
窓の外を走るパトカーや救急車の
けたたましいサイレンが聞こえて来た。
・・・あのサイレンは
・・・テントさんのために鳴っていたようだ。
・・・私はそれを書斎で聞いていた。

「もう仕事もあんまりできてへんしね!
 ツチノコよりも目撃されにくい生き物になったんでね!
 ”お笑い界のツチノコ”いう肩書やめたんです!」

名刺にある通り
テントさんは数年前から
「架空の人物」になったのだそうだ!
なので私はここまでずっと
「架空の人物」の話をしていた事になる!

昨晩「架空の人物」がこの世を去った。
どうしてだろう?
「架空の人物」の死であるはずなのに
矢吹丈や伊達直人の死よりも
ずいぶん悲しい。

「あかん!
 ごめんなさい!
 メールアドレス思い出せませんわ!」

結局私がもらった名刺の裏は白紙のままだ!
今頃はさっそくあの奇妙な名刺を
高倉健さんに渡しているのだろうか?
どちらが先に名刺の裏に連絡先を書き込むのか?
とても気になっている。

じゃあね!
テントさん!
あなたがどう思っていたかはわからないけど
私はあなたを”仲良し”だったと思っていたのですよ!

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