こんばんは、“狩りぷれっくす”管理人の江野本ぎずもです。

本日は、2016年3月11日。
じつはまだ修羅場が続いていまして(むしろ本格化している)、更新をお休みさせていただこうかな、とも思ったのですが、今日という日にはやっぱり何か書きたいと思い、馳せ参じました。
3月11日と言えば、東日本大震災の日です。
あれからもう、5年になるんですね。
震災で亡くなられた多くの方のご冥福と、被災地の復興を心よりお祈り申し上げます。

あの日、江野本も都内にいて、地震を経験しました。
しかも、いま思えば人生でもっとも忙しかった日ベスト5に入るくらいには、忙しヤバイ日だったんですよね。
まず、2011年3月11日には秋葉原で『MHP 3rd』を使ったとある芸人さんのイベントを行う予定でした。
そのイベントの一切合財を仕切っていたので、数日前から台本を書いたり、出演いただく方や技術スタッフの方と打ち合わせをしたりでてんやわんや。
当日は、たしか15時には秋葉原のイベント現場に向かおうとしてたはずです。
でも、その当時、ある雑誌の企画で『モンハン』特集を担当していて、当日の朝7時くらいにやっと10ページにもわたる原稿をとりまとめたところだったんです。
それらの原稿校正をカプコンさんに送った後、いったん着替えを取りに自宅へ帰ってお昼ごろ会社に戻ってきたのですが(さすがに前日の服でイベントに行くのはどうかと思った!)、タレントさんの事務所に校正を送り忘れていたことに気がついて、慌ててメールを書いていたところで14時46分を迎えたのでした。
15時にはイベント会場に向かわなくちゃヤバイヤバイ、と気持ちが焦っていたので、同じフロアの編集部の人たちがこぞって机の下に避難する中、ひとりでキーボードを打ち続けて「あぶないですよ!」と注意されたのをよく覚えています。
そもそもあの揺れではキーボード自体が縦横無尽に動きまくるし、自分もふらつくし、モニター画面もよく見えないしでまともな文章を打てず、めちゃくちゃにピアノ弾いてる人のコントみたいになってたんですけど!
そして、いったん揺れがおさまると、近くの公園に避難するようアナウンスが流れました。
いったい何分くらい外にいたんだろう……。
そこからの記憶は、本当に曖昧です。
だんだんと事態の大きさがわかってきて、それに伴う決断を迫られ、関係各所に連絡を終えたときには夜になっていた気がします。
秋葉原のイベントは当然、中止。
この日、イベントが終わったらまた会社に戻ってきて第1回をアップする予定だった『MHP 3rd』プレイ漫画“モンハン持ちができません。”は、事態が落ち着くまで延期に。
翌日、同じ秋葉原の会場で行う予定だった『モンスターハンター』プレイ日記『逆鱗日和』の生放送も、中止。
生放送の後、そのまま羽田空港に向かって福岡に飛び、取材するはずだったモンスターハンターフェスタ’11福岡大会は取りやめ。
そして、それらの準備すべてが重なってひどい修羅場が続く中、夜中に泣きながら原稿を書いた『モンハン』特集を掲載する雑誌も発売延期に。
その夜は、不安や悲しみや祈りの前にただただ、心にぽっかり穴が空いたような気持ちでした。

それが、江野本の2011年3月11日の個人的な出来事です。
被災地の方に比べたら、なんてことはない3.11。
でも、誰かに楽しんでもらおう、喜んでもらおうとひとりでずっと準備してきたことがすべて無になってしまった虚無感、孤独感はきっと一生忘れられません。
一方で、エンターテインメントの果たす役割についても、深く深く考えさせられました。
ふだんはあまり意識しないけれど、いまやっていることの根幹にはあの経験の影響が少なからずあるのじゃないかなあと思います。

それにしても、5年前もどっぷり『モンハン』のお仕事していたんですねえ。
江野本がお仕事で『モンハン』に関わりだしたのは2008年からなので、震災後のほうが長いんですね!
改めて考えると、びっくり!
そして、3月11日は『モンスターハンター』シリーズのお誕生日でもあります。
無印『モンスターハンター』が発売されたのが、2004年3月11日。
今日が12歳のお誕生日なんです!
3月11日にお祝いをするのは……という葛藤ももちろんあるんですけど、2011年3月11日を決して忘れないように、2004年3月11日のことも忘れず思い出してあげたいな、と個人的には思うので……。

『モンスターハンター』さま、12歳おめでとうございます――!!