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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2017/08/12
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今回は、面白い作品には“機能”と“表現”の“せめぎ合い”が必要という話をします。


今回の記事はニコ生ゼミ6/18(#183)より一部抜粋しました。

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「表現だけの芸術作品アニメじゃ、つまらないよね」


 アニメのベスト10をメジャーな人がやると、どうしても“芸術”として語っちゃうんだよね。


 僕の“芸術”の定義はシンプルで、「“表現”自体が目的化した“工芸”」なんだ。

 本来、“芸術”なんてものは無くて、“工芸”しかないんだよ。


 絵画も、元々は用途があったものが、いつの間にが“絵”単体に値打ちがある事になっちゃうんだよね。

 それが芸術の始まりだと思う。

 
 教会の絵画も、本来はキリスト教の教義を教える為のもの。
 それが独立したものが“絵画”だと考えてるんだよね。

 でも優れた絵画というものは、一時的に芸術になるけども、最終的に工芸に戻って行く。


 襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)に描いてある絵みたいに、どんどん実用品に戻って行くものだと思ってる。

 だから、“表現”自体が目的化したけども、それはいずれ機能に戻ると思う。


 アニメとは「ファミリー層に見せる」という“機能”があるんだ。
 その“機能”を置き去りにして、アニメの表現が目的化しちゃった作品もある。

 そんな作品は「芸術的だ」と言って、評価されやすい。

 たとえば押井守の作品なんかが、そうだよね。


 これは芸術が悪いって話でもないんだ。

 機能のみを守って、「子供の為」というのだけを守ろうとしている作品は、建前ばっかりで面白みが無いんだ。

 だからといって、表現だけで走っちゃった作品というのも、僕から見たらつまらない。


 少なくとも僕は“機能”と“表現”がぶつかり合って、いい感じで緊張感がある作品が、いちばん面白い。

 そんな“せめぎ合い”に、面白みがあるんじゃないかなと思います。
 

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