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リッキー・フジのロックンロールなロングインタビュー!! UWFに憧れた新日本プロレスの練習生がカナダに渡り、デビューするまでの軌跡を
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――
リッキーさんは今年でプロレスデビュー30周年なんですよね。

リッキー
 88年の6月にカナダでデビューしてますからね。1冊の本を書けるくらいの体験をしてますよ(笑)。 

――
インタビューではもったいない感じなんですかね(笑)。最初は新日本プロレスの練習生だったんですよね。

リッキー
 高校卒業後に入門しまして。高校のときは野球部だったんですよ。これは余談になりますけど、来年から中日ドラゴンズで監督をやる与田剛。彼は同級生になんですよね。

――
へえ、与田さんと一緒に野球を。

リッキー
 アイツの球は速くて重いからキャッチボールをやりたくなくて。球を受けると手が痛いから(苦笑)。与田はとにかく野球がうまくて「こういう奴がプロに行くんだろうなあ〜」と思っていたら本当にプロになりましたからね。

――
与田監督って肩幅がデカくないですか?

リッキー
 ああ、大きいですよね。当時のあだ名は「えもん掛け」でしたからね(笑)。

――
ハハハハハハハハ!

リッキー
 俺は途中で野球部をやめちゃったんですよ。高校や大学って学年がひとつ違うと扱いが変わるじゃないですか。「なんで1年ぐらい早く生まれただけなのに、こんな偉そうな態度なんだ?」と思っちゃって。プロレスはもともと好きで見てたんですけど、プロレスって身体の大きい人がやるものだっていう感じで。 

――
当時は180センチでも小さい……という時代でしたね。

リッキー
 そんなときに蔵前国技館でタイガーマスクのデビュー戦を見まして、近くに寄ってみたら俺と背の高さがそんなに変わらないんですね。そこで「もしかしたら俺もプロレスラーになれるんじゃないか?」と思ったんですよ。その日からプロレスラーになるために、毎日スクワット1000回、プッシュアップ500回をやるようになって。 

――
新日本プロレスにはすんなり入門できたんですか?

リッキー
 いや、履歴書を送っても梨のつぶてで。仕方ないので高校卒業したあとは新日本道場近くにアパートを借りて、バイトしながらチャンスを伺ってたんですよ。

――
完全にストーカーですね(笑)。

リッキー
 ハハハハハハハ。道場が近くだったので、あるとき道場へ見学に行ってみたんですよ。そうしたら山本小鉄さんが1人で練習されてまして。

――1人でトレーニング! さすが小鉄さん。

リッキー
 小鉄さんに「プロレスラーになりたいんです!」っておもいきって声をかけてみたら、「じゃあ見てやる」ってことでスクワットや反射神経のテストをやっていただいて。「近くに住んでいるんだったら道場を貸してやるから身体を大きくしなさい」と。通いでトレーニングの許可をしてくださったんですよ。それからバイトが終わったら新日本の道場で練習するようになったんですね。

――
それは新日本のレスラーに混じって練習するんですか?

リッキー
 そのときは個人練習の時間ですね。ほかにも何人か練習されてたんですけど、第1次UWFに移る前の高田(延彦)さんがキックの練習をしてることが多くて。高田さんも俺のことを「コイツはいったい誰なんだろう?」と思ったんでしょうね(笑)。

――
練習生でもないわけですからね。

リッキー
 事情を説明したら高田さんは丁寧にアドバイスをしてくれて。メシを腹いっぱい食ったあとにデザートとしてバナナ3本、チーズ3つ、それを牛乳とプロテインに混ぜて飲めと。高田さんの言われたとおりやったら1ヵ月で体重が10キロ近く増えましたね。

――
リッキーさんと同じように通いで練習されていた方はいました?

リッキー
 いや、いなかったですね。あとになってからウルティモ・ドラゴン選手が通いの立場で練習していたとは聞きましたけど。いま思えば、よく受け入れてくれたなって思いますね。俺が逆の立場だったら「なんだコイツは?」って思っちゃいますから(笑)。 

――
そこから練習生になったんですね。

リッキー
 しばらくしてから入寮の許可が出まして。アパートに帰ったら大家さんから「新日本プロレスから電話がありました」と。折り返したら「寮に入っていいぞ」ということで。84年8月のことでしたけど、その年の3月に船木誠勝さん、AKIRAさん、4月に闘魂三銃士(橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋)。豊作の年だったんですよ。 

――
それだけ新人が入門してるのに、途中から入寮できるって珍しいですね。

リッキー
 それはUWFの選手離脱に加えて、長州さんたちジャパンプロレス勢もゴソッと抜けたからなんでしょうね。人数合わせというか、雑用が必要だったというか(笑)。

――
大量離脱で枠が空いたと。入門が同じ年でも皆さん先輩になるんですよね。

リッキー
 そうですね。武藤さんや蝶野さんは年上で、橋本さんは同い歳だったんですけど、船木さんは中学卒業したばかりで15歳じゃないですか。こんなこと言うとアレですけど、15歳の少年に普通に呼び捨てにされちゃうんですよ(笑)。

――
船木さんは躊躇しないで呼び捨てしそう(笑)。 

リッキー
 だから俺には同期の人間がいないんですね。ちゃんこ番とかはみんなで順番にやるんですけど、何かあると一番下の俺に降りかかってくることは多かったですし。朝の合同練習が始まる前に道場を掃除をしたり。

――
やっぱり雑用は大変ですよね。

リッキー
 当時の寮長は小杉(俊二)さんという方だったんですけど、ちゃんこの味付けにも厳しくて。あと巡業だと配車という仕事が大変でしたね。外国人レスラーの試合が終わると、タクシーを呼んでホテルに帰らせる。そのタイミングがけっこう難しいんですよ。早くタクシーを呼んじゃうとメーターが上がっちゃいますし……配車で失敗しないようにビクビクしてましたねぇ。

――
あと練習生は道場から外出禁止なんですよね。

リッキー
 外出はできなかったですね。ずっと道場の中で生活してるから「いま日本はどうなってるんだろう……?」という感じで(笑)。落ち着けるのは寝るときぐらい……いや、寝てても油断ができなかったです。朝起きると、ライガーさんのイタズラで足がベッドにロープでくくりつけられていたり(笑)。

――
ハハハハハハ! ライガーさんのイタズラは最高に酷かったって聞きますけど。

リッキー
 これは後々の話になるんですけど、俺はカナダでもライガーさんと一緒だったんですよ。安達(ミスター・ヒト)さんの家に馳(浩)さん、ライガーさんと一緒に住んでいて。あるとき家でちゃんこを作ってみんなの帰りを待ってたら、ライガーさんから電話があって「試合で足を骨折してしまった」と。松葉杖を突いて帰ってきたライガーさんはかなり落ち込んでいて。その頃は先輩・後輩の壁がなくなってて、食べ終わった皿なんかは自分で洗うみたいな感じだったんですよね。でも、ライガーさんはケガしてて落ち込んでるから「ボクが洗いますよ」っていろいろフォローしてたんですけど。皿を洗い終わったらライガーさんは急に松葉杖を外して元気に飛び回って。要は俺に皿を洗ってほしかったらしくて騙したんですよね(笑)。

――
それだけのために手が込みすぎですよ!(笑)。

リッキー
 もう普通のイタズラだと飽きちゃったということなんでしょうね(笑)。

――
橋本さんもイタズラは凄かったんじゃないですか?

リッキー
 橋本さんもいろいろと凄かったですよね。あるとき蝶野さんが呆れてたんですよ。「ブッチャー(橋本のあだ名)がまたやってるよ……」って。どうやら道場近くの多摩川の土手で、真っ黒なサングラスをかけてモデルガンが持って立ってたみたいで(笑)。

――
ハハハハハハ! 前座の頃から凄い存在感ですね。

リッキー
 選手がゴッソリ抜けて中堅がいないという状態でしたからね。あのときは荒川(真)さんがみんなの面倒を見てたんですけど。

――
荒川さんはいい意味でデタラメな方ですよね。

リッキー
 ハッハッハッハッ! それこそザ・プロレスラーという感じでしたよね。 良い部分も悪い部分も含めて豪快な方で。どこまで言っていいいのかわからないんですが……あのときは選手が大量離脱した時期だったので「次は誰が抜けるのか?」って会社は戦々恐々としてたんですね。坂口さんや藤波さんが道場に寝泊まりして誰も逃げださないようにしていたり。そんなある日、全員集合のミーティングがあったんですが、荒川さんと橋本さんと武藤さんがいなかったんですよ……。

――
ああ、例の事件ですか?

リッキー
 ああ、ご存知ですか?(笑)。 

――
もちろん知ってます!(笑)。

リッキー
 じゃあ言ってもいいんですかね(笑)。坂口さんが「荒川が若手を連れてどこかに行っててしまったけど、みんな一致団結して頑張ろう!」と。荒川さんたちが他の団体に引き抜かれたという前提でしゃべってるんですけど、しばらくしたら荒川さんが「おはようございまーす!!」と帰ってきて。会議があることを忘れてみんなでソープランドに行ってたんですよね(笑)。

――
ガハハハハハハ! あの伝説の現場にいましたか! 

リッキー
 伝説を目撃しましたね(笑)。30年以上前の話なんですけど、道場で起きたことはいまだに鮮明に覚えてるんですよねぇ(しみじみと)。たまに船木さんやAKIRAさんと会場で会ったりするんですけど、皆さんも同じみたいで。
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