日本人人質事件で、安倍総理の中東訪問が「イスラム国」に付け入る隙を与えたと批判する向きがある。それは甘い認識だと私は思う。安倍政権は日本人の人質がいる事を知りながら中東訪問の外交日程を組み、昨年12月には「イスラム国」に対する敵意の表明を訪問の目的と発表した。
リスクを想定しなかったのではなくリスクを想定して行動したと判断するのが妥当である。何故なのか。アメリカすり寄り外交をもっぱらとする安倍総理にとって、アメリカが主導する対「イスラム国」攻撃の有志連合に日本も参画する意思の表明が人質よりも重要だったからである。
平和憲法を持つ日本が空爆に参加する事は出来ない。そこで「イスラム国」と戦う国々に「人道支援」という名の資金援助をする意思を表明した。「人道」であろうがなかろうが「イスラム国」と戦う国を特定して資金提供するのは、「イスラム国」から見れば敵対行為である。従って日本は安倍総理の思惑通り「イスラム国」から有志連合の一員と看做されることになった。
そこで「イスラム国」が日本人人質を殺害すれば、日本国民のテロに対する怒りに火が付き、国民の安全を守ると称して自衛隊を海外に派遣する事に国民の抵抗はなくなる。それがアメリカの望む安保法制を実現する布石となる。そこに安倍総理の中東訪問の狙いはあった。
従って安倍政権は「人命第一」とか「解放に全力をあげる」とか言うが、何をやっているのか国民にはさっぱりわからない。やっているのは第一にアメリカの顔色を伺い、次に関係国に協力を要請するだけである。そのことを批判されれば、「だから自衛隊を海外に派遣しなければ、日本は自らの手で日本国民の安全を守れない」という論理に国民を導くことが出来る。
「イスラム国」は、昨年12月に安倍政権が中東訪問を発表した時点から、2人の日本人人質を利用してアメリカとそれに追随する日本をターゲットに反撃の準備を始めたと考えられる。主要な敵はアメリカだが、攻撃材料として日本を利用するのである。
「イスラム国」の想定通り、安倍総理は2億ドルを「イスラム国」と戦う国々に支援する約束を表明した。そこで「イスラム国」は支援額に見合った金額を身代金として2人の人質を殺害するとネット上で警告した。
この時、すぐに反応したのはアメリカである。「テロには屈するな」、「交渉には応ずるな」との圧力を総動員で日本政府にかけてきた。過去の経緯からアメリカは日本政府を信じていなかった事が読み取れる。しかし安倍政権は歴代政権と違いすり寄りがもっぱらである。アメリカの言う通りに現地対策本部をトルコではなくヨルダンに置いた。
トルコはアメリカに逆らい「イスラム国」の空爆に自国の基地を使わせていない。そして「イスラム国」に人質を解放させた実績もある。安倍政権が本気で人質の解放を考えるならトルコに本部を置くべきだが、アメリカの顔色を伺うだけだからヨルダンを選んだ。
これが「イスラム国」を次なる作戦に踏み切らせる。ヨルダンを巻き込んでアメリカを揺さぶる作戦である。「イスラム国」は安倍政権がアメリカの言いなりである事を確認してまず日本人1人を殺害し、次に残る後藤健二氏をスポークスマンに仕立て、ヨルダンに捉えられているテロリスト死刑囚の解放を要求した。
「イスラム国」には昨年12月に捉えられたヨルダン人パイロットが人質となっている。空爆に参加して捉えられたヨルダン人パイロットが殺されれば、ヨルダン国民の怒りの矛先はアメリカに協力するヨルダン国王に向かう可能性がある。そのため10年前に逮捕したテロリスト死刑囚と交換する声がヨルダンにはあった。それを知っている「イスラム国」はパイロットではなく後藤氏と死刑囚との交換を求めたのである。
ヨルダン政府は「イスラム国」との交渉に応じた。そうしなければ政権が持たないからである。二枚舌外交のアメリカは表で「テロとの交渉には応ずるな」と言いながら、水面下ではいつでも誰とでも交渉を行う国である。だからヨルダンに「有志連合から脱退する」と言われれば交渉を認めざるを得ない。
すり寄りがもっぱらの安倍政権にはその真似が出来ない。しかも「一強多弱」の政治力学があり、国民が「解放交渉をしなければ政権を倒す」と騒いでいない以上、アメリカの言うなりになるしかない。そこがかつての自民党の狡猾な外交と違う。かつての自民党は野党の議席を減らさないように配慮し、野党の反対を理由にアメリカの要求をかわす事をした。
アメリカは日本を軍事大国化しようとは考えていない。軍事大国化して自立されたのでは元も子もないからだ。しかし「テロとの戦い」を宣言してアフガン、イラクで泥沼に陥ったアメリカは、それによって回復不能な打撃を受けた。だから「テロとの戦い」の肩代わりを日本に求めている。
アメリカが求めているのは、海兵隊のような部隊の創設である。それを中東近くに配置してアメリカの思惑通りに動いてもらう。今回の安倍総理の中東訪問と並行して中谷防衛大臣がアラビア半島の対岸東アフリカのジプチにある海上自衛隊施設を訪れた。
そもそもはソマリア沖に出没する海賊退治のための拠点だが、日本政府はここを海上自衛隊の恒久基地にして、いつでもアメリカ軍を支援できる態勢を取ろうとしている。そのための法案がこの通常国会に提出される運びである。
そうしたことを想定しながら安倍総理の「イスラム国」敵視政策は表明され、日本が事実上アメリカ主導の有志連合の一員になった事が日本人人質事件として表面化した。安保法制論議が始まる前から日本は既に戦争の渦中にある事を国民は認識すべきなのである。
【関連記事】
■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
リスクを想定しなかったのではなくリスクを想定して行動したと判断するのが妥当である。何故なのか。アメリカすり寄り外交をもっぱらとする安倍総理にとって、アメリカが主導する対「イスラム国」攻撃の有志連合に日本も参画する意思の表明が人質よりも重要だったからである。
平和憲法を持つ日本が空爆に参加する事は出来ない。そこで「イスラム国」と戦う国々に「人道支援」という名の資金援助をする意思を表明した。「人道」であろうがなかろうが「イスラム国」と戦う国を特定して資金提供するのは、「イスラム国」から見れば敵対行為である。従って日本は安倍総理の思惑通り「イスラム国」から有志連合の一員と看做されることになった。
そこで「イスラム国」が日本人人質を殺害すれば、日本国民のテロに対する怒りに火が付き、国民の安全を守ると称して自衛隊を海外に派遣する事に国民の抵抗はなくなる。それがアメリカの望む安保法制を実現する布石となる。そこに安倍総理の中東訪問の狙いはあった。
従って安倍政権は「人命第一」とか「解放に全力をあげる」とか言うが、何をやっているのか国民にはさっぱりわからない。やっているのは第一にアメリカの顔色を伺い、次に関係国に協力を要請するだけである。そのことを批判されれば、「だから自衛隊を海外に派遣しなければ、日本は自らの手で日本国民の安全を守れない」という論理に国民を導くことが出来る。
「イスラム国」は、昨年12月に安倍政権が中東訪問を発表した時点から、2人の日本人人質を利用してアメリカとそれに追随する日本をターゲットに反撃の準備を始めたと考えられる。主要な敵はアメリカだが、攻撃材料として日本を利用するのである。
「イスラム国」の想定通り、安倍総理は2億ドルを「イスラム国」と戦う国々に支援する約束を表明した。そこで「イスラム国」は支援額に見合った金額を身代金として2人の人質を殺害するとネット上で警告した。
この時、すぐに反応したのはアメリカである。「テロには屈するな」、「交渉には応ずるな」との圧力を総動員で日本政府にかけてきた。過去の経緯からアメリカは日本政府を信じていなかった事が読み取れる。しかし安倍政権は歴代政権と違いすり寄りがもっぱらである。アメリカの言う通りに現地対策本部をトルコではなくヨルダンに置いた。
トルコはアメリカに逆らい「イスラム国」の空爆に自国の基地を使わせていない。そして「イスラム国」に人質を解放させた実績もある。安倍政権が本気で人質の解放を考えるならトルコに本部を置くべきだが、アメリカの顔色を伺うだけだからヨルダンを選んだ。
これが「イスラム国」を次なる作戦に踏み切らせる。ヨルダンを巻き込んでアメリカを揺さぶる作戦である。「イスラム国」は安倍政権がアメリカの言いなりである事を確認してまず日本人1人を殺害し、次に残る後藤健二氏をスポークスマンに仕立て、ヨルダンに捉えられているテロリスト死刑囚の解放を要求した。
「イスラム国」には昨年12月に捉えられたヨルダン人パイロットが人質となっている。空爆に参加して捉えられたヨルダン人パイロットが殺されれば、ヨルダン国民の怒りの矛先はアメリカに協力するヨルダン国王に向かう可能性がある。そのため10年前に逮捕したテロリスト死刑囚と交換する声がヨルダンにはあった。それを知っている「イスラム国」はパイロットではなく後藤氏と死刑囚との交換を求めたのである。
ヨルダン政府は「イスラム国」との交渉に応じた。そうしなければ政権が持たないからである。二枚舌外交のアメリカは表で「テロとの交渉には応ずるな」と言いながら、水面下ではいつでも誰とでも交渉を行う国である。だからヨルダンに「有志連合から脱退する」と言われれば交渉を認めざるを得ない。
すり寄りがもっぱらの安倍政権にはその真似が出来ない。しかも「一強多弱」の政治力学があり、国民が「解放交渉をしなければ政権を倒す」と騒いでいない以上、アメリカの言うなりになるしかない。そこがかつての自民党の狡猾な外交と違う。かつての自民党は野党の議席を減らさないように配慮し、野党の反対を理由にアメリカの要求をかわす事をした。
アメリカは日本を軍事大国化しようとは考えていない。軍事大国化して自立されたのでは元も子もないからだ。しかし「テロとの戦い」を宣言してアフガン、イラクで泥沼に陥ったアメリカは、それによって回復不能な打撃を受けた。だから「テロとの戦い」の肩代わりを日本に求めている。
アメリカが求めているのは、海兵隊のような部隊の創設である。それを中東近くに配置してアメリカの思惑通りに動いてもらう。今回の安倍総理の中東訪問と並行して中谷防衛大臣がアラビア半島の対岸東アフリカのジプチにある海上自衛隊施設を訪れた。
そもそもはソマリア沖に出没する海賊退治のための拠点だが、日本政府はここを海上自衛隊の恒久基地にして、いつでもアメリカ軍を支援できる態勢を取ろうとしている。そのための法案がこの通常国会に提出される運びである。
そうしたことを想定しながら安倍総理の「イスラム国」敵視政策は表明され、日本が事実上アメリカ主導の有志連合の一員になった事が日本人人質事件として表面化した。安保法制論議が始まる前から日本は既に戦争の渦中にある事を国民は認識すべきなのである。
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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THE JOURNAL編集部
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