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篠塚恭一:身動き取れない地方での足 ── 高齢者大国の前線から(14)

2015/01/19 11:23 投稿

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  • 篠塚恭一
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北スペインの田舎町を2週間ほどバスで巡っていたことがある。

乾いた赤土にオリーブ畑が広がる南部アンダルシア地方への道とは違い、マドリッドを抜けカスティージャ・レオン州に入ると緑豊かな大地が広がる。

さらに北へ進むと急峻な山地に近づき、ピコス・デ・エウローパというアルプスのような景色が広がる地域に入る。かつてヨーロッパの屋根と名づけられた通り、峰々は夏でも雪を頂き、沿道にはエーデルワイスなどの高山植物が美しく、広大な山々は深い森に覆われている。

中世に入るまでアフリカからやってきたイスラム教徒に国の多くを支配されていたスペインは、敬虔なカトリック信者がこの地の利をいかし、山間に潜んでは巻き返しを図った。いわゆるレコンキスタ(国土回復運動)がこの辺境の地からはじまっている。

すれ違う車も殆どない細い山道を走っていると、前方に黒い人影が見えてきた。ドライバーのペペは徐々にスピードを緩め、その横で車を止めた。私は助手席にいたので、それが杖をついた老婆であることがすぐにわかった。買いもの帰りのようで、小さな荷物を抱えている。

扉を開け、ひと言ふた言、ペペが言葉を交わすと、老婆は静かにステップに上がり床に腰を下ろした。「ふぅっ」と老婆のため息が聞こえたので、心配になって振り返ると客たちは静かに微笑んでいた。

しばらくバスを走らせたところで老婆を降ろし、ペペは何事もなかったように車をすすめた。老婆も特段の礼を言う様子もなく、小さく手を振り見送ってくれた。

スペインの田舎では、こうした光景に何度かであった。

もし、こうした状況を旅行業務の試験で問われたなら、「乗せてはならない」というのが正答だろう。

貸切りバスのドライバーにも客以外の人を乗せることができるような権限はなく、例え参加者の知り合いだからと頼まれても、観光バスに乗せることは断るのが鉄則だ。

しかし、私たちのバスでは、ペペの行動をすぐに理解し、誰も咎めることはなかった。車内は和み、その方が皆、気持ちよかったからだ。

そして、ここではそれがあたり前のことと皆が感じて、スペイン人は年寄りに優しいと小さな旅の思い出にして持ち帰ることにした。

一昨年、私たちの生活交通にかかわる「交通政策基本法」が国会で可決された。

少子高齢化がすすむ過疎地の公共交通や環境への配慮、さらに観光立国への対応など、広範にわたる内容にふれられている。

地方は車社会で都市とは交通事情が根本的に違うが、市町村は財政難から、地域交通を担ってきたバス会社など、交通事業者への補助金を制限せざるをえない状況にある。利用客の減少に加えて、補助金が減らされれば、採算がとれず路線はさらに縮小せざるを得ないのが事業者の立場だ。

私のように時々田舎に帰る者は観光客と同じで、列車の乗り継ぎが悪かろうとバスが不便であろうと不満の声を聞き入れてくれる先はない。

しかし、観光客に不便な地域は、高齢で運転免許証を返上した年寄りにとっても身動きの取れない地域となる。助けあい精神が残る地域の住民同士はまだいいだろうが、出張で地方へ行くと鉄道駅や高速バスのターミナルから先の足が無くて困ることが多い。

今、パーソナルモビリティのあり方を自動車メーカーや国交省が研究しているが、レンタサイクルもセグウェイも高齢者には使えず、次の技術を待っている。

基本法の目的には、国民生活の安定向上および国民経済の健全な発展を図るとあるが、私たちがどのような地域を回復させ、何をもって当たりまえのものとして未来の子供たちに残すのか、制度の行先をしっかり見守っていこうと思う。
【篠塚恭一(しのづか・きょういち )プロフィール】
1961年、千葉市生れ。91年(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。



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