(1)では、東アジア情勢の先鋭化・深刻化の背景に次の4つの要因があるとしている。(a)北朝鮮情勢、(b)中国の拡大、(c)主要国間の緊張と対立関係、その背景にそれぞれに特有な国内政治やナショナリズム、(d)主要国間におけるセキュリティジレンマ──である。この中で特に興味深いのは(d)で、次のように述べている。
「北東アジア情勢の先鋭化・深刻化の背景となる4つ目の要因として、主要国間におけるいわゆるセキュリティジレンマの顕在化も指摘されている。すなわち、自国の安全を高めようと意図した国防力の増強や対外的な安全保障関係の強化が、他国にとっては脅威や懸念と見なされ、対抗的な政策を引き起こし、結果的に軍事的緊張関係が高まり、全体としての安全保障環境が悪化する状況を招いているとする見方である。こうした状況を打開するには、首脳レベルにおける戦略対話、広範な分野における国際交流、危機管理メカニズムの構築や防衛交流・安全保障協力などを包括的かつ着実に積み重ねる必要があろう」
緊張を高めているのは北朝鮮や中国だという露骨な言い方をしてもよさそうなものだが、敢えてそうせずに、「主要国間」でお互いに疑心暗鬼になって軍拡がエスカレートしていると、客観的に突っぱねたような見方をした上で、これを打開するには首脳対話、国際交流、危機管理メカニズム構築や防衛交流・協力を総合的に進めるべきだと指摘している。この「主要国」に日本も含まれていると受け止めるのが自然な読み方で、そこを捉えて5日付の東京新聞は「防衛研究所、首相の安保政策懸念」との見出しを立てて「安倍晋三首相が中国や北朝鮮の脅威を強調し、軍事力強化を図ることは軍拡競争を招き北東アジア情勢の悪化につながっていると指摘した」と書いた。この報道だけを読むと、防衛省付属のシンクタンクが本当に安倍を名指しで批判したのかとビックリするが、実際は上の引用を見れば分かるとおり、そんなストレートな表現はない。その意味では東京新聞はちょっとやり過ぎだろう。とはいえ、安倍が中国との首脳対話も開けないような状況を作り出しながら南西諸島防衛強化や集団的自衛権解禁による日米同盟強化など軍事手段ばかりを追求している異常さに、同研究所が懸念を抱いているのはたぶん事実で、上記引用の「首脳レベル…」以下の記述は安倍政権への提言と読んで読めないことはない。
(3)多国間安全保障対話・協力の進展では、次のように述べている。
「欧州では、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)といった多国間の枠組みが、安全保障上の諸問題の解決、紛争予防や危機管理などにおいて重要な役割を果たしているが、東アジアでは、こうした包括的な多国間安全保障の枠組みは十分に制度化されていない。アジアにおける主な多国間安全保障対話・協力の枠組みとしては、東南アジア諸国連合(ASEAN )地域フォーラム(ARF )、東アジア首脳会議(EAS )、拡大ASEAN 国防相会議(ADMMプラス)、IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)、六者会合、上海協力機構(SCO)などが挙げられる。このうち、北朝鮮の核開発に関して朝鮮半島の非核化を目指す六者会合は2008年12月以降中断している。また、欧州と比べて、アジアにおける多国間安全保障の枠組みの多くは信頼醸成のレベルに留まっており、紛争解決、予防外交、危機管理といった役割を果たすには至っていない」
「近年、ASEAN 主導の多国間安全保障協力が拡大されていることは注目されよう。ASEAN はARF やADMMプラスなどの開催に加えて、2011年7月には、ASEAN 初の軍事演習であるASEAN軍事人道支援・ 災害救助机上演習(AHR )を行うなど、多国間安全保障協力を推し進めている。特に2010年に発足したADMMプラスの制度化が着実に進展している。同年10月に開催された第1回ADMMプラスでは、(1)人道支援・災害救援(HA/DR)、(2)海上安全保障、(3)テロリズムへの対応、(4)防衛医学、(5)平和維持活動(PKO )の5分野を中心に議論を行うとともに、これら5分野について議論を深めるためにそれぞれの専門家会合(EWG )の創設が決定された。2013年6月には、HA/DR と防衛医学に関して、ADMMプラス初となる実動演習がブルネイで実施された。また、9月に対テロ演習がインドネシアで、11月には海上安全保障分野における演習がオーストラリアで実施された。加えて、8月にブルネイで開催された第2回ADMMプラスにおいては、海上での紛争予防と衝突回避、南シナ海問題の平和的解決、朝鮮半島の非核化、シリア情勢の深刻化などについても議論された。また、本会合において、地雷処理に関するEWG が新たに設置され、計6つのEWG のそれぞれに新たな共同議長国が就任した。さらにADMMプラスの開催が当初の3年ごとから2年ごとに短縮されたこともADMMプラスの制度化の進展を示している」
「以上のように東アジアにおける多国間安全保障協力は、非伝統的な安全保障課題や特定の問題領域、あるいは機能的な協力において、顕著な進展を見せている。今後の課題としては、こうした具体的・実践的な多国間協力をさらに拡大・深化させ、紛争解決、予防外交、危機管理といったレベルにまで引き上げ、東アジアにおける普遍的価値やルールに基づく国際秩序の強化につなげていくことが重要である。そのためには政治的なリーダーシップと長期的な共通のビジョンが不可欠であろう」
このように、「戦略概観」は、東アジアにおける包括的な多国間安全保障の枠組みづくりは、欧州に比べて立ち遅れているけれども、その中でASEAN を舞台に様々な取り組みが進んでいることを肯定的に評価し、それを東アジア全体をカバーする紛争解決、予防外交、危機管理などの仕組みに引き上げて行くための長期的なビジョンの必要性を訴えている。これも、そうは書いていないが、安倍への苦言と見てさしつかえない。安倍の安保観は完全に時代錯誤で、東南アジアのあれこれの国と2国間の防衛協力を強化して「中国包囲網」を作り上げることにしか関心がないので、ここで言われていることを全く理解しないにちがいない。▲(東アジア共同体研究所ニュース4月7日付を転載)
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<高野孟(たかの・はじめ)プロフィール>
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
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安倍総理には、話し合いによる対話外交などは複雑で高度すぎ、単純な軍国主義による集団的自衛権によって、世界の僻地であろうが、戦争することしか頭にないのでしょう。問題は、国民も単純なナショナリズムにすぐ迎合する未熟性も無視できません。民主主義にほど遠いというより、中国を敵視していては、どこの国とも本当の外交はできず、お金の支援など足元を見た外交しかしてこないでしょう。近隣の中国韓国と会話が全然できない政権を認めている野党も国民もどこかおかしいのであるが、おかしいことにまったく気づいていないかと思ったら、今回のような論文が出てきて、少し救われた思いがします。