政府に対して各党が疑問を質す予算委員会の基本的質疑が終わった。「野党は安倍政権を攻めきれなかった」との評価が一般的である。しかし何をもって「攻めきれなかった」と言うのか私は疑問である。

質問に答えられずに立ち往生する事が「攻めきれた」事になるのか、あるいは問題発言を引き出して閣僚を罷免に追い込む事を「攻めきれた」というのか、いずれも「55年体制」の、つまり政権交代がなかった時代の与野党攻防の記憶から抜け出せていないのではないか。

実は09年に民主党政権が誕生し、自公が野党になった時代の国会もまた「55年体制」を彷彿とさせた。自民党は昔の社会党と全く同じ戦法で、個人のスキャンダルを掘り起こして攻撃し、答弁がなっていないと審議を中断させるやり方を採った。これは国家経営とは次元の異なる問題で国民にパフォーマンスを見せつけるポピュリズムの手法である。

発行部数や視聴率を競い合うメディアはそれを喜ぶ。しかし先進民主主義国はポピュリズム政治が民主主義を破壊すると考える。議会にはポピュリズムを抑制する意識と仕組みがある。残念ながら政権交代がなかった時代の日本では政府をやっつけるのが野党の仕事と思われてきた。その感覚で言えば今回の与野党攻防は物足りなかったかもしれない。

そもそも議会は相手をやっつけるために開かれる訳ではない。政府の政策のどこに問題があるのかを浮き彫りにし、野党はそれに対案を示し、どちらが国民にとって受け入れやすいかを議論し、最後はお互いの主張を少し譲って妥協を図る。それが議会の仕事である。

議院内閣制は選挙で多数となった政党が内閣を組織する。しかし多数党が選挙で公約した政策をそのまま強行するなら議会を開く必要はない。また多くの国民の支持を得たからと言ってその政策が正しいとは限らない。少数意見を尊重すると言うのが民主主義の基本である。議会では少数派の意見をよく聞いて法案の修正を行う。議会は本来攻撃をするところではなく妥協を図るところである。

そうした目で今回の質疑を見ると、野党が「攻めきれなかった」というより、安倍政権の政策がいかなるものであるかが明らかにされ、それが確固たる見通しの下に考えられたと言うよりも、国民の意識を操作する事でしか達成できない種類のものである事が浮き彫りにされた。私には安倍政権が地雷原を行くようなリスクを背負っていると見えた。

アベノミクスは私が以前から言っているように世界で誰もやったことにないチャレンジである。デフレからの脱却が図れるかどうかは全く分からない。チャレンジだという事で評価する向きもあるが、しかし世界はまともな評価を下していない。誰も成功するかどうかを判断できないからである。

そのことは安倍政権も分かっている。そしてアベノミクスを成功させるためには国民の意識を変える事が最低の条件になることも分かっている。安倍総理は国会答弁で再三にわたり意識を変える事の難しさを強調していた。国民が少しでもアベノミクスに疑念を持てば一瞬にして経済失政を招くのである。だから国民を洗脳するために嘘や誇張が多くなる。

アベノミクスで経済が好転していると嘘でも言い続けなければならない。共犯関係にある日銀の発表など私は信用する気にならないが、安倍総理が使っていた数字は経団連が作成した恣意的な資料の都合の良い部分だけを使っていたことが論戦から明らかになった。これからも安倍政権はメディアを通して国民を洗脳し続けなければならない。

最も大変なのは消費増税の前に給料を上げて国民の懐を温めなければならない事だ。そのため必死に経営者に対して賃上げを求め、メディアには「ここも上がった、あそこも上がった」というニュースを流させるだろう。しかし賃上げに応えられるのは一部の大企業にしか過ぎない。賃上げが行われれば国民の中の格差がいよいよ開いていく。

デフレでみんなが苦しんでいると思っている時には抑えていた不満が、恵まれた人間が一部に出てきたと思った瞬間に抑えきれなくなる。自分たちにいつ回って来るかと考え始めると不満はいよいよ増大する。安倍政権が賃上げに力を入れれば恩恵を受ける者と受けない者に国民は二分され、消費増税と相まって国民感情は不安定に向かうと私は思った。

安倍総理が「年内妥結に向けて主導的な役割を果たす」と言ったTPP交渉については、全く何も答えていないに等しい答弁を繰り返した。しかも全くの意味不明である。公約は守ると言いながら、「聖域」は選挙公約ではなく自民党の政策集の中の話だと予防線を張りつつ、「攻めるべきものは攻め、守るべきものは守る」と同じ言葉をお経のように繰り返すだけだった。それが自民党支持者にどう思われたか。

汚染水問題でも言葉のレトリックで誤魔化そうとする姿勢が浮き彫りになった。「汚染水は海に流れ出ている。しかし港湾の外で測定した数値に異常はない」という話を、「完全にブロックされている」とか「状況はコントロールされている」とIOC総会で発言したため、それをかたくなに繰り返した。繰り返せば繰り返すほどこの問題に対する真摯な姿勢が疑われる。ブロックされ、コントロールされているなら外洋での異常は絶対にないはずだが、ホットスポットのようなところで異常が測定されたらどうするのだろうか。秘密指定にでもするつもりか。

そして安倍政権は特定秘密保護法案の成立を急いでいるが、急ぐ理由がどこにあるのか、良く分からないのである。安倍政権がやらなければならない第一はデフレからの脱却と震災復興、原発事故の収束であると言ってきた。ところが特定秘密保護法案の成立をなぜか急いでいる。アメリカから何か圧力でもかかっているのだろうか。拙速に事を進めている様子がうかがわれる。予算委員会では担当大臣が満足に答弁できない事態も起きた。

こうした様子をみていると、安倍政権が野党の攻撃をかわしながら余裕の政権運営を行っているとは見えないのである。むしろ基本的質疑によってどこに地雷があるのかが見えてきた。


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【アクセス】
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(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
 1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
 TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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