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田中良紹:「ドキュメント茶番劇」を見た

2013/10/09 02:08 投稿

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先週末にNHKが放送した「ドキュメント消費増税 安倍政権2か月の攻防」を見た。政治記者たちが権力機構の作り出す茶番劇に振り回されている様子がドキュメントされていた。これは「ドキュメント消費増税」ではない。「ドキュメント茶番劇」である。

番組は増税表明前日の安倍総理のインタビューから始まる。そこにこれまで取材カメラが入ったことのない総理執務室で取材が許されたとのナレーションが入る。何か得意げなナレーションだが、それは何を意味するか。安倍政権がNHKを特別扱いにし、番組制作に協力した事を物語っている。

一日前の総理の心境を聞くのにカメラを入れた事のない総理執務室を使う必要が取材する側にあるはずはない。しかし消費増税の発表は歴史的な意味を持つと考える総理周辺の太鼓持ちが、前例のない執務室でのインタビューを振付けした可能性は十分にある。

だからこのシ-ンを見ただけで番組の意図を見通すことは出来る。これは既定方針である消費増税を、安倍総理がどれほど悩んで決断したかというポーズを見せつけるための宣伝番組である。

消費増税は自公民の三党合意によって成立した。その時には安倍氏も賛成の一票を投じた。これを覆すにはしかるべき大義と政治的な力技が必要である。消費増税を主導してきた財務省と真っ向から対立し、増税に賛成した国会議員たちを翻意させなければならない。消費増税に賛成した安倍氏にそれがやれるほどの政治的力量はない。そして安倍氏はその後だれかの入れ知恵によって増税の前にデフレから脱却するという路線を採るようになった。

「デフレからの脱却」を掲げるアベノミクスは増税論議で暗くなっていた国民の気持ちを引き付けた。それが政権交代をもたらし安倍政権を誕生させた。しかしアベノミクスは格差を助長して経済を成長させる新自由主義の路線である。新自由主義はそれを生み出した当のアメリカで経済を破たんさせた。だからオバマ政権が誕生し、オバマは新自由主義からの転換を図っている。ところが日本はそれとは逆のコースを歩んでいる。

アベノミクスがうまく行くとは全く思えないが、ともかく安倍総理は消費増税が経済の好転を腰折れさせ、再び経済失政を招く恐れがあるとの認識は持っている。本音では消費増税をやりたくはなかったと思う。しかし安倍総理の政治力では消費増税をやらない決断は出来ない。従って消費増税はするが景気の腰折れを抑える政策も採用するという結論になる。

誰が考えてもそうなることは分かっていた。ただ結論が決まっていればいるほど、そうは見えなくするようにするのが政治である。「判断は秋になってからする」と勿体をつけて時間稼ぎをしてきた。

問題は腰折れをさせない政策の中身である。安倍総理は新自由主義の政策にこだわったようだ。企業減税を実施して経済成長を図る方策である。しかし国民に増税を押し付け、企業は減税するというのでは国民の反発を招く恐れがある。そこで多少の「攻防」をやって見せ、国民の批判を和らげる必要があった。

以前「何のためのパフォーマンスか」でも書いたが、あらゆる階層から意見を聞いた「ふり」をしても最初から結論は決まっている。消費増税はするが景気の腰折れをさせないための企業優遇を国民に納得させるパフォーマンスをやっているだけである。

それを政権の内側でもやって見せたのがNHK番組の「攻防2か月」だった。内閣参与には3%増税に反対させて「1%」を言わせ、財務、経済担当の閣僚には3%増税を言わせて対立を作り、落としどころは消費税2%分の経済対策費5兆円を支出する事にして両者の顔を立てる。

経済対策の中身でも恒久的な企業減税を経済担当大臣が主張し、財務大臣がそれに反対して見せ、落としどころは復興増税を企業だけ前倒しで廃止する事にする。恒久的ではないという所で落ち着かせた。そんなことは取材に走り回らなくとも容易に想像がつく話である。

NHKの番組ではこの茶番劇の進行役として「番記者」が閣僚のインタビューを務めていた。「番記者」というのは鵜飼の鵜のようなものである。紐を付けられ捕まえた魚を飲み込まずに吐き出させられる。漁師は何匹もの鵜を操って成果を得る。

「番記者」は特定の政治家を担当しその言動を逐一上司に報告する。一人の政治家しか見ていないから政治の全容は分からない。自分の担当する政治家の目線でしか政治を見る事が出来ない。政治の全容を把握できるのは漁師の役割が出来る人間だけである。

「番記者」は担当する政治家との関係を良好に保たなければ仕事にならないから機嫌を損ねる訳にはいかない。カメラの前で本音の話を聞き出す事などそもそも出来る筈がない。従って安倍政権が国民の反発を和らげるために作るシナリオの一翼を担わされても文句は言えない。そしてこの番組には題名とは裏腹に、消費税を巡る本物の「攻防」はワンカットも映っていなかった。

本物の攻防を描くなら、財務省、自民党、公明党のキーマンを取材しなければならない。大臣や官邸だけで政治が動く事などありえないからである。所詮、大臣や総理など作られたシナリオに沿って踊って見せる人形である。その背後で振付師が振付けをしている。うまく踊れるかどうかで総理や大臣の資質が評価される。

そうした意味では今回のドキュメントほど下手な仕掛けはなかった。番組の冒頭から舞台裏をさらしてみせた。受信料に支えられる「みなさまのNHK」が総理周辺の振付師と一緒に踊っている様も見苦しい。このような放送をこの国の国民は黙って見逃すのであろうか。

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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
 1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
 TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

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コメント

漫画のような「二倍返し」が、空前な視聴率を確保したために、国民の関心を高めるには、いかにドラマ化したらよいかが、政治にも問われるようになったということであろうか。あまりにも国民を愚弄した話であるが、安倍政権は最初から消費税増税対策に全精力が注がれている。米国、大企業よりを薄めるためにも、漫画チックな舞台装置が必要なのであろうか、視聴率を支持率にうまく転換させようとする意図が見え見えです。しかし、いくら舞台装置を整えても、実態の政治がうまく機能するとも思えない。だましだまされる現象が何度となく繰り返されそうであるが、国民は馬鹿ではない。いつか、大きなしっぺ返しに遭うのでしょう。

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