それは28年前の大統領選挙の年に起きた「ロサンゼルス暴動」を思い出させる。当時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュで、湾岸戦争に勝利した「戦時大統領」として90%近い支持率を誇っていた。そのためブッシュに挑戦しようとする民主党候補は見当たらず、再選は間違いないと言われていた。
ところがその前年にスピード違反で捕まった黒人男性が多数の白人警察官から暴行を受け、それがビデオカメラで撮影されていたのに、警察官らに無罪の評決が出たため黒人の怒りが爆発した。彼らは暴徒化して商店を襲い、略奪や放火を行った。鎮圧には州兵や連邦軍も出動し、6日後にようやく鎮圧された。
片田舎のアーカンソー州知事から大統領選挙に挑戦した民主党のビル・クリントンは、景気後退をやり玉にあげ、経済を復活させると連呼して、予想外の勝利をものにする。1期だけで大統領を辞めたブッシュは、ジェラルド・フォード、ジミー・カーターに次ぐ戦後3人目の不名誉な大統領になった。
コロナ禍で外出禁止であるにもかかわらず、全米22都市で抗議運動が起きている現在の米国を見ると、秋の大統領選挙でトランプは4人目の不名誉な大統領になる気がする。そのためかトランプの焦りは尋常でない。
G7サミットを6月末に米国ワシントンのキャンプデービッド山荘で対面で開きたいとG7首脳に提案した。すると賛成したのは英国のジョンソン首相と日本の安倍総理である。フランスのマクロン大統領も受け入れた。
ところがドイツのメルケル首相はコロナ禍の時に対面でやる必要はないと欠席を表明、カナダのトルドー首相も帰国後の自主隔離など多くの問題があると消極的な姿勢を見せた。
メルケルの欠席にトランプは激怒したと伝えられるが、結局はG7を9月に延期する方向に切り替えた。そしてその時にはG7だけでなくロシア、オーストラリア、インド、韓国の首脳も招くと発表した。テーマは中国問題だという。コロナや香港の自由を巡り中国包囲網を作る狙いがあるとみられる。 問題はロシアの参加だ。かつてはG8のメンバーだったが、クリミヤ半島の領有を巡りメンバーから外された経緯がある。現在もG7各国から経済制裁を受ける中で会議に復帰することが認められるのか。トランプは対中強硬策を大統領選挙で前面に出したいのだろうが、思惑通りいくのか先行きは不透明だ。
トランプにすぐ従う英国と日本、距離を保つドイツとカナダという図式はコロナ対策の「成績」を見事に表している。コロナ対策で評価を高めた政治家はドイツのメルケルで、彼女の国民への語りかけは国民を感動させ、移民受け入れで下がっていた支持率が60%台に回復した。手厚い支援策を講じたトルドーのコロナ対策もカナダ国民から支持されている。
一方、コロナ対策で国民の支持率が低下したのはトランプ大統領と安倍総理である。トランプが自身を「戦時大統領」と規定した時には少し支持率を上げたが、その後は首をかしげたくなる妄言を繰り返した。「紫外線を体内に当てる」とか「消毒液を注射する」治療法に言及し、全米の死者が10万人を超えても「コロナ対策は成功した」と自賛する。支持率は民主党のバイデン候補に及ばない。
安倍総理も同様だ。トランプに媚びへつらうあまり対米貿易黒字を増やせない。それを穴埋めするのが「観光立国」の政策だった。中国富裕層のインバウンドを当てにして、中国政府が武漢市を封鎖しても水際対策を取らずに中国人観光客を入国させた。
「観光立国」の切り札は「東京五輪」だが、「東京五輪」を中止させないため検査数を増やさず感染者数を低く抑える政策を採り、「東京五輪」が延期に決まると一転して押さえ込みを強化するため感染者数を急増させた。そして金も出さないのに自治体に休業要請を出させ、自治体はなけなしの金で補償せざるを得なくなった。
国はメディアを使ってコロナの恐怖を煽り、国民は恐怖心から我慢の生活を強いられた。ところが安倍総理はトランプから「経済再開に舵を切れ、米国製人工呼吸器を買え」と言われる。各国はパンデミックの今後に備え、国が奨励して自前のマスクや医療機器の製造に力を入れているのに、日本は外国依存の構造から抜けられない。
韓国はコロナ対策のため防衛予算を削減したが、日本は防衛費を削減できない。米国製兵器の購入を減らすことができないからだ。トランプの言いなりになればそういう結論になる。そしてトランプに対する媚びへつらいがコロナ後の日本を不透明にする。なぜなら対米貿易黒字を減らすための「観光立国」路線が立ち行かなくなるからだ。
奇跡でも起こらない限り「東京五輪」の来年夏開催は難しいだろう。コロナ禍でこれから企業倒産と大失業時代が訪れようとする時に、開催される見込みの薄い「東京五輪」に回せる金などないはずだ。これまでの考え方を早く切り替えないと大変なことになる。
安倍政権の目玉政策であった「東京五輪」と「カジノ誘致」は消えたに等しい。航空業界や観光業界がコロナ禍以前の状態に戻るにはおそらく3年から5年はかかると思う。今考えるべきは、軍事で米国頼み、経済で中国頼みだったこれまでの日本の生き方や考え方を見直すことだ。
思い起こせば冷戦が終わって旧ソ連が崩壊した時、米国は唯一の超大国として世界に君臨することになる。その頃、米国議会情報を日本に発信していた私はワシントンに事務所を持ち、日米間を頻繁に往復していた。ワシントンに行くたびにダレス国際空港から市内に行く途中の光景が変化する。
雑木林が切り拓かれ建物が次々に建っていくのだ。それが何かを調べるとシンクタンクだった。世界を支配するとはそういうことかと思った。何よりも情報を集めることが重要なのだ。中には世界中の空気を採取して分析している研究所もあると聞いた。
つまり環境問題でも医療問題でも米国は常に世界のトップランナーでなければ世界を支配できない。その頃の米国であれば新型コロナのパンデミックでも各国の先頭に立って問題に対処していたと思う。しかし現在の米国はまるで違う。米国製人工呼吸器を買えと要求はするが、WHOへの資金を凍結するとか脱退すると言って憚らない。
そして責任をすべて中国に押し付け中国包囲網を作ろうとする。もはや超大国としての役割を放棄したのだ。いやもっと正確に言うと、いったん放棄することで再び世界を支配する機会を狙おうとしている。何がそうさせているか。
「21世紀はグローバリズムの時代になる」と言ったのはクリントン大統領だ。米国はITとデジタル技術で情報革命を起こし、金融と情報の世界で覇権を握った。製造業で勝る日本を打ち負かすため、中国と戦略的パートナーシップを結び、中国を「世界の工場」に押し上げた。同時に米国式の民主主義を世界に広めようとした。
それが世界各地で摩擦を生む。特に中東のイスラム過激派がキリスト教思想の押しつけに反発し、次のブッシュ(子)大統領就任直後に同時多発テロを引き起こす。その報復にブッシュ(子)が「テロとの戦い」に踏み出したことが米国をベトナム戦争以上の泥沼に引きずり込んだ。
泥沼から抜け出るために米国民は初の黒人大統領オバマを選ぶ。しかしオバマは中東からの米軍引き上げに失敗した。その反動が白人至上主義のトランプを大統領にする。2人とも目的は「世界の警察官を辞める」という点では同じだ。ただやり方がリベラル的か反リベラル的かで違う。
言い換えれば「グローバリズム」と「自国第一主義」の違いである。トランプの「自国第一主義」は国際協調に背を向ける。コロナ禍が起こると米国製マスクを輸出禁止にした。すると中国は国際協調を演出する。欧州各国に中国製マスクを提供した「マスク外交」はその典型だ。コロナ禍でその対比が鮮明になった。
コロナ禍が生み出す新しい世界は、今のところグローバリズムと自国第一主義のせめぎ合いになると見える。しかし私はそれよりもコロナに対応した国々の中で評価の高いドイツやニュージーランド、台湾、韓国、それから唯一通常の生活を維持したスウェーデンの例が人類にとってこれからの生き方を示しているように思う。
特にスウェーデンは休業も休校もせず、通常の生活を維持して「集団免疫」を目指した。ロックダウンをしないと感染者数も死者数もある程度は増える。しかし国民の多くが感染することで抗体が出来、感染を終息させることが出来る。それは各国から痛烈に批判されたが、しかしスウェーデンは自身の生き方を貫いた。
その根底にあるのはウイルスとの共存、もう少し言えば自然との共存という思想である。そもそも感染症は人間が自らの欲望のために自然を破壊するところから生まれた。農業を始めたところから感染症の歴史は始まる。従ってウイルスとの戦いには終わりはない。ワクチンを開発しても次の新たなウイルスが出てくるだけだ。
今回コロナ被害の大きかった国々は、米国や英国のように、自然を征服しようと考え、利益優先の新自由主義思想が強かったところだ。その意味ではコロナ禍によって「小さな政府の時代は終わった」と私は思う。我々は自然との共生、共存を真剣に考えなければならない。そうした国が新しい世界で生き残れると思う。
コロナ対策に続いて黒川問題でも窮地に立った安倍総理は、当初予定されていたキャンプデービッドのG7の前にロシアのプーチン大統領と会談し、外交での得点を狙っていたらしい。しかしトランプが9月に延期したことで空振りになった。だがトランプと同様にまだあの手この手を考えているようだ。
コロナの対応で安倍総理の無能ぶりが国内外から指摘されている。にもかかわらず、コロナが続く限り誰も現職総理の足を引っ張ることはできない。東日本大震災の時、その無能ぶりを批判された民主党の菅直人総理もしぶとく居座り続けたことを思い出す。
いずれにしても11月にトランプの再選がなくなれば、安倍総理の強力な後ろ盾は消える。それまで「死に体」のまま居座り続けることになるのだろうか。コロナ禍の日本にそれほどの余裕はないと思うが、政権を支える与党の議員たちは何を考えているのだろうか。早く路線を切り替えないと日本は新しい世界で生き残ることが難しくなる。
実は6月11日発売の雑誌『NO NUKESvoice』24号に同じタイトルでより長文の原稿を書きました。そちらも併せてお読みいただければ幸いです。
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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THE JOURNAL編集部
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