辻元氏は、ホテル・ニューオータニで開かれた800名規模の安倍後援会主催の「前夜祭」について、「政治家のパーティなら政治資金報告書に記載しなければならず、記載していないのは脱法行為だ」と追及したが、安倍総理の答弁は「政治家のパーティではないので脱法には当たらない」というものだった。
「政治家のパーティ」とは政治家が主催し、なるべく大勢の人に一人2万円程度のパーティ券を買ってもらい、費用を差し引いた分が政治資金となる。これは政治資金報告書に収入と支出を記載しなければならない。
ところが安倍総理は、参加者がそれぞれホテルに費用を払って出席したもので、自分には全く入金されておらず、支出も収入もないから記載する必要もないと答弁した。政治家が誰かとホテルで会食し、自分の懐からカネを払った場合に政治資金報告書に記載しないのと同じで、そもそも「政治家のパーティ」ではないとの説明である。
しかし入金はなくとも一人5千円という価格でニューオータニでパーティを開けるはずはなく、差額を安倍事務所が補填していたとすれば選挙民を買収したことになる。辞任した菅原一秀議員と同じ公職選挙法違反の疑いがかかる。だが安倍総理の答弁は「価格はホテル側が決めた」の一点張りで、「宿泊したから安くなったのではないか」と言う。
宿泊したとしても5千円は安すぎる。ホテルが特別に値引きをしたならニューオータニが安倍後援会に献金したことになり、記載がなければ政治資金規正法違反になる。しかしニューオータニが「企業秘密」として明細の公表を拒んでいるため埒が明かない。その一方で参加者が受け取ったとされるホテル発行の領収書を証拠として示すことも安倍総理は拒否する。
だからやはりおかしいと疑惑が膨らむのだが、私はやりとりを聞いて2014年に小渕優子経済産業大臣が辞任した「政治とカネ」の話を思い出した。小渕氏の後援会は2007年から毎年、東京の明治座で観劇会を催し、後援会のメンバーが群馬からバスを連ねて上京し芝居見物をしていた。
それを小渕事務所はきちんと政治資金収支報告書に記載した。ところが記載していたために収支報告書にある明治座の入場料や食事代が6529万円だったのに、受け取った参加費は1199万円で、5330万円の差額のあることが分かってしまった。同じく小渕後援会が行った東京ドームの野球観戦でも240万円の入金不足があった。
公職選挙法は選挙区の有権者に対する寄付行為を禁じており、同じころ「うちわ」を配った松島みどり法務大臣も辞任に追い込まれたが、仮に小渕氏が差額を補填したとなれば現金を配ったと同じことになり逮捕されることもありうる悪質事件となる。
小渕氏のスキャンダルは「週刊新潮」のスクープで発覚したが、私は政権内部からのリークで将来の総理候補と言われた小渕氏は潰されたとの見方をブログに書いた(「誰が週刊新潮を動かして小渕大臣の政治資金を追及させたか」)。この時は東京地検特捜部が捜査に着手し、父親の代からの秘書が政治資金規正法違反で起訴され有罪判決を受けた。
しかも特捜部が動くまでに小渕事務所のデータを保存するハード・ディスクが電動ドリルで破壊されたことも分かり、世間の目は今よりも厳しく、小渕氏はその後長く謹慎を強いられた。
日本の政治風土ならではだが、中選挙区制の時代に自民党議員の最大の敵は自民党議員だった。従って議員にとって選挙に勝つために頼りになるのは政党よりも後援会である。後援会をまとめ拡大するには日頃から旅行や観劇会を行って懇親を図る必要がある。
それが後援会のメンバーに最大限のサービスを施すのが実力ある政治家という政治風土を生んだ。小渕氏の場合は父親の時代からの風習を秘書たちが受け継ぎ、本人にはさしたる自覚もないまま観劇会を続けていたと思われる。
しかしこの事件を見て、後援会のメンバーに対するサービスを政治資金収支報告書に記載しない方が良いと考える政治家が出てきた。まず後援会メンバーとの懇親会で収入を得ようと考える政治家はいないはずだから、メンバーの費用を安くして政治家がその分を補填しても、それを記載しないで済む方法を考えるのである。
それが出来れば公職選挙法が禁ずる選挙民の買収が可能になる。そのためには協力者が必要だ。小渕議員の場合は明治座も東京ドームも正確な領収書を発行し、そのため支出をごまかすわけにいかなかった。逆に言えば支出部分をごまかせれば買収は可能となる。「前夜祭」に当てはめればニューオータニが協力者になればそれが出来る。
ニューオータニにしてみれば、商売の先行きを考えれば、現職総理に喜んでもらえることは大抵のことなら協力しようという気になる。特に昨年5月の新天皇の即位の礼では190か国からなる国賓の晩餐会を行う特典を与えられ、宣伝効果は抜群であるから、あるものをない、ないものをあると言うことは、ありうる話だ。
政治資金収支報告書への記載さえなければ小渕議員の時のように検察が捜査に乗り出すこともあり得ない。それが小渕事件を見て学んだことである。しかし、一方では河井克行、案里夫妻と菅原一秀氏の疑惑があることや、秋元司議員が逮捕されたIR汚職の捜査もあることから、検察に対するグリップは強めておく必要がある。
それが黒川弘務東京高検検事長の異例というか違法という見方もある定年延長の閣議決定かもしれない。人事権を見せつけることによってグリップを強めるやり方である。念には念を入れておこうということのように見える。
「桜を見る会」の話は、後援会のメンバーに最大限のサービスを施す政治家の実力を見せつけるため、まずは税金を使って行う公式行事への参加を募り、募った責任は内閣府に負わせ、次にその前夜祭を政治資金収支報告書に記載しなくても済むように協力者と図って証拠を残さず、選挙民を買収することだったのではないか。
そして念には念を入れて検察へのグリップを強める。最高権力者の地位にあるからこそ出来ることだが、それを学ばせたのは2014年の小渕事件であったと私は思うのだ。
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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THE JOURNAL編集部
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