アメリカでは9・11の直後から、イラクが核の原料であるウランをアフリカのニジェールから入手したとの情報が流されていた。情報源の文書が偽造である事はIAEAの鑑定で明らかとなったが、それでもチェイニー副大統領を中心とする政府関係者は偽造でないとの立場を崩さず、CIAはアフリカ問題の専門家であるジョゼフ・ウィルソンをニジェールに派遣して調査させた。
調査の結果、イラクがウランを入手した事実はなく、ジョゼフは核疑惑を否定する報告書を政府に提出する。ところがブッシュ政権はこの報告書を握り潰し、大量破壊兵器の存在を世論に訴え続け、03年1月の一般教書演説で「イラクが核開発を行っている」とブッシュ大統領は述べて3月20日の開戦に踏み切るのである。
ブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ライス国務長官の発言などにジョゼフは怒りを覚えていく。そして開戦後3か月を経ても米軍はイラクで大量破壊兵器を見つけ出す事が出来なかった。7月、ついにジョゼフはニューヨーク・タイムス紙に「私がアフリカで見つけられなかったもの」と題する論文を寄稿する。これに対してブッシュ政権の報復が始まった。それはジョゼフを信用できない人間として葬り去る事である。
保守系コラムニストに「ジョゼフの妻はCIAのエージェントで、ジョゼフはその縁故で調査を依頼された」との記事を書かせ、ジョゼフの調査能力を疑問視させるよう世論を誘導した。しかしCIAエージェントの身分を暴露する事は違法である。ジョゼフは誰が情報を漏えいしたかを問題にして反撃し、アメリカ政界は大混乱に陥った。
9月、FBIが捜査に乗り出す。ブッシュ大統領の最側近であるカール・ローヴ大統領補佐官らが事情聴取を受けるが、政府の圧力で捜査は難航する。一方でジョゼフに対するメディアの誹謗中傷は激しさを増し、妻のヴァレリーも「ホワイトハウスと戦っても潰されるだけだ」とCIAから説得される。二人の仲は険悪になるが、最後にヴァレリーは家族を守るため公の場で真実を語る事を決断する。07年3月、連邦議会の公聴会に出席したヴァレリーが宣誓し真実を語り出すところで映画は終わる。
ヴァレリーを演じたのはナオミ・ワッツだが、最後のシーンは本物のヴァレリーの議会証言映像に切り替わり、これがフィクションではないことを印象付ける。映画にはブッシュ大統領をはじめチェイニー副大統領やライス国務長官のニュース映像も使われ、彼らがいかに国民に嘘を語ってきたかが分かるようになっている。
事件は07年6月に大陪審がチェイニー副大統領の首席補佐官に禁固2年6か月の実刑判決を言い渡し、ブッシュ大統領が大統領権限で執行猶予に減刑した事から世論の支持を落とした。カール・ローヴ大統領首席補佐官や大統領自身はかろうじて疑惑を免れたが、大量破壊兵器の存在というイラク開戦の嘘は浮き彫りにされた。
イラク戦争と湾岸戦争はまるで本質が違う。湾岸戦争はイラクのクウェート侵攻に対して国連が認めた正当な戦争である。しかしイラク戦争はアメリカの嘘で固められ、国連が認めないため有志だけが参加した戦争である。フランスもドイツもイラク戦争に反対したが、イギリスのブレア政権と日本の小泉政権は積極的に支持した。
そのブレア首相はイラク戦争支持が国民から批判され任期途中で辞任を余儀なくされた。しかしイラク戦争に初めて自衛隊を派遣した小泉総理は辞任に追い込まれる事もなく、ダーティな戦争に加担した責任も追及されていない。日本は国際社会が認めた湾岸戦争に自衛隊を派遣せず、国際社会が認めない戦争に自衛隊を派遣するという真逆の決断をしたのだが、その是非を検証しようともしていない。
外務省は「大量破壊兵器が存在しないと証明する情報はなかった」としているが、アメリカ政府から提供される情報だけを情報と考えているのなら外務省は不要である。イラク戦争開戦前の03年3月7日にIAEAのエルバラダイ事務局長は国連安保理に対し、「ニジェール疑惑の文書は偽造」である事と「核開発用とされたアルミ管はロケット・エンジン用」という報告をしている。
日本が自衛隊をイラクに派遣する事を決めた「イラク特措法」は03年7月末に成立したが、すでにその時にはジョゼフ・ウィルソンがニューヨーク・タイムス紙に寄稿した記事を巡ってアメリカ政界は大騒ぎになっており、また米軍の捜索にもかかわらず大量破壊兵器は発見されていなかった。百歩譲って「開戦時には証明する情報がなかった」にしても大量破壊兵器の存在が否定された時点で、日本の対応の是非は根本から見直す必要があった。
日本は「イラクの人道復興支援」という理由を付けて自衛隊を派遣したが、その名目で現地に派遣された外務省の奥克彦氏は、戦争はテロとの戦いでもイラクの民主化のためでもなくアメリカの石油支配のためだと報告し、その後襲撃に遭って殺害されている。テロ組織による襲撃とアメリカによる殺害との二つの見方が流れた。
私は10年以上アメリカ議会を見てきたが、アメリカは嘘の情報を流して情報操作を行う国である。情報操作を「ソフト・パワー」と称して軍事力以上に重視している。湾岸戦争に自衛隊を派遣しなかったことの愚かさ、そしてイラク戦争に自衛隊を派遣した事の愚かさの二つを検証しなければ、日本は常にアメリカの嘘に騙される国になる。TPPの交渉を行う前にそのことを胸に刻み込まなければ日本政府は再び騙される。
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<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。
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コメント
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嘘には、方便的なものから、犯罪的なものまで幅が広いが、戦争を起こさせる「嘘」は人道的見地から見ても許されることではないと考えています。日本政府の追随する姿勢からは、属国的見方しか浮かんでこないのは、全く残念な気がしています。
アメリカはアメリカとして認めるにしても、日本は日本としての行動規範が垣間見られないのは、独立国としての体をなしていないといえるのでしょうか。