ある日の某家庭裁判所。離婚裁判をやっている法廷に入ってみたところ、すみっこにある机の上には、明らかに床置き用の、背の高い扇風機が置かれ、運転中だった。この扇風機のおかげで、傍聴席はとっても快適だが、裁判所がそこらの定食屋のような雰囲気になってしまっている。
向かって左手には原告の男性が座っていた。見るからに不服そうな顔をして、証言台の前に座って原告代理人からの質問に答える被告(妻)をにらみつけていた。どちらも見たところ、40代〜50代くらい。原告男性はいわゆる禿げ頭であり、残った頭髪も潔く刈ってツルツル。被告女性はメガネでやや天然パーマロングヘア、黒い膝丈のワンピースでいかにもカタい職業についているような雰囲気を醸し出していた。
盛り上がって結婚しても、憎み合うときがくるのか……など、あれこれ考えシンミリしながら見ていたところ、こんなやり取りが始まった。
原告代理人「あなた、原告とつかみ合いのケンカになったとき、原告のカツラを取ってしまいましたね」
被告「ええ、つかみ合いになって指に引っかかってしまいました」
原告代理人「その後カツラはどこかにいってしまった」
被告「はい、なくなってしまいました」
原告代理人「隠してしまったのかなくなったのか、どこにいったのか分からないと?」
被告「はい」
こう涼しい顔で答える被告を、原告は険しい顔でにらみ続けている……。
原告代理人「平成22年○月○日から翌日まで、原告はカツラがないまま職場に行った。それをあなたはどう思いました?」
被告「それは……まぁ、当人の意志でそうなったのではないというのも分かっておりましたし、大変……。手が引っかかった事故ではありますが、悪いことをしたと思います。でも毎月、持って行って、状態を管理するのも大変そうだったので」
なんと被告は原告と掴み合いのケンカをしてその時に原告がかぶっていたカツラを取ってしまったのだという。しかも、それは被告がどこかにやってしまったとのこと。カツラみたいな不可思議で存在感たっぷりなアイテムが、なくなるって……ウソにしか聞こえない。「大変」と言いつつ全然大変そうじゃない。この答え方から、もう捨てたんじゃないかとすら思ってしまう。裁判官もこれにはカツラ同様、引っかかったところがあったらしく、質問を始めた。
裁判官「カツラのこと続きますけどね、例えばね、私の妻が円形脱毛症でカツラを常用してたとして、私との間にいさかいがあって、なくしたとしますよね? で、その次の日、彼女は出かけないといけない。私としてはいろいろ考えますよね。あなたにはそういう配慮あったんですか?」
被告「あ〜思いました(←すごい適当な感じで)。でも原告がこういう(ツルツルの)髪型になったとき、共通の友人が、かえって以前よりすっきりして良くなったんじゃないかと言われました。以前は、つけてること明らかに分かって……。私も故意にやったわけじゃないので、気にしてた部分とか、私自身も今後どうするのかなと、声かけたりしますが……」
原告が呆れたようにハンッ! と笑った。
3年前のその日の情景が思い浮かぶ。夫婦喧嘩でつかみ合いになり、テンション最高潮。妻は思った。コイツが大事にしてるカツラを取り上げてやろう。こうして大事なカツラを奪われただけじゃなく、隠されてしまった夫。翌日は会社。人生最大のピンチ。この歳だと絶対会社に部下もいることだろう。昨日まではフサフサだった上司の髪の毛が、ツルツルになっていたのを見た部下は……。しかも尋問では、カツラなしで出社したのは2日間だけだったようだから、またその次の日いきなりフサフサで出社したのだろうか。それを見た部下は……。心なしか書記官も笑いをこらえているように見える。私ももう、これ以上このやり取りが続くとこらえきれない……!
とその時、裁判官から「和解の勧告をします。別室で……」と、別の部屋で当事者たちだけでの話し合いを行うことが提案され、お開きになった。カツラを奪われた夫はまだまだ怒っているようだったが、妻と和解できるのだろうか。
画像引用元:flickr from YAHOO
http://www.flickr.com/photos/francisco_osorio/5068989870/
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