私は救急車だ。

通報を受けてただちに出動し、うたかた湖へ向けてひた走る、まほろ町の消防署に所属する救急車だ。貸しボート屋のおやじに水から引き揚げられた男は、私が現場へ到着したときには凍死寸前だった。褌ひとつで浜に横たわる男の体は雪よりも白く、唇は、傍らで見物している、かつて二度ほど私に乗せられた少年世一の帽子よりもずっと青かった。

私は全速で病院へ向うというわけにはゆかなかった。雪さえきちんとかいてあれば、いつもとそう変らない調子で走ることができたはずだ。「坊さんの自殺とはなあ」と救急隊員が言った。「自殺ではないらしいぞ」と別の隊員が言い、湖底での座禅の噂について語った。すると同僚は、「自殺みたいなもんだぜ」と言った。他人の死に馴れてしまっている、自分たちが病院へ運びこんだ者がどうなったかを絶対に知りたがらないかれらは、打つべき手を素早く打った。そしてふたりは、急性アルコール中毒で倒れた女を見るときよりも更に冷ややかな眼で、修行僧を見た。

私は焦れったい思いをしながら、いい加減な除雪作業のせいで渋滞している街道にサイレンを響かせ、緊急の用務とは思えぬ速度で進んだ。隊員たちの気持ちはどうであれ、私としてはこの男を助けたかった。私は彼を嘱するところの大きい、世の木鐸となる青年と見た。ここで私が彼を救えば、いずれ彼が何百、何千という他人を救うはずだと思った。

(12・30・土)

丸山健二×ガジェット通信

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