きょう発売の平坂読『妹さえいればいい。』の第3巻を読み終わりました。
平坂読『妹さえいればいい。』はリアルな人間関係を綴るライトノベル。
きょう発売の平坂読『妹さえいればいい。』の第3巻を読み終わりました。
現在継続中のシリーズもののなかでは最も楽しみにしている作品なので、今回も手に入れるやむさぼるように読み耽ったわけですが、期待に違わず面白かった。素晴らしい。実に素晴らしい。
いろいろな意味で現代エンターテインメントの最前線を突っ走っている作品だと思います。非常に「いま」を感じさせる。
この巻まで読むと、この作品の特性がはっきりして来ますね。
紛れもなくある種のラブコメではあるのだけれど、普通のラブコメみたいにすれ違いで話が停滞することがあまりない。
各々の登場人物たちは自分が好きな相手の気持ちをはっきり悟ってしまうのです。
だから、関係性はどんどん変化していく。
しかし、悟ってもなおかれらはどうしても関係を変えることができずに悩むことになります。
ここらへん、人間関係にリアリティを感じます。あまり都合のいいファンタジーが入っていないのですね。
いや、このいい方は誤解を招くかな。
もちろんファンタジーではあるのだけれど、ここでは「ひとを好きになったら、相手も好きになってくれる」といったご都合主義の法則がありません。
いくら純粋な想いをささげていてもそれを表に出さなければ相手は気づかないし、反対に積極的なアプローチを続ける人物は相対的に高い確率で相手に好かれるという、あたりまえといえばあたりまえの現実があるだけです。
ここがあまりラブコメらしくないというか、ライトノベルらしくない。
ラブコメの法則といえば、「ツンデレ」などが象徴的だと思うのですが、相手がいくらいやな態度を取っても主人公は好意的でありつづけたりするわけです。
でも、それはファンタジーであるわけで、現実にはいやな態度を取られたらその相手のことは嫌いになる可能性が高い。現実はラブコメのように甘くないのです。
そういう意味で、この作品は現実的な人間関係の描き方をしていると思う。
平坂さんは前作『僕は友達が少ない』の結末で、「表面的には仲が悪く見えるが、じっさいには仲良しの関係もある」という描写を裏返して、「表面的に仲良くしていても、ほんとうは嫌い合っている関係もある」という事実にたどり着いてしまったのですが、『妹さえいればいい。』でもそういうシビアな認識があちこちで顔を覗かせます。
はっきりいってライトノベルの快楽原則から外れていると思うので、人気が出るかどうかはわかりませんが――現時点でそこそこ売れているようなのでまあよかった。
この作品にはぜひヒットしてほしいですね。
それはまあともかく、そういうわけでこの小説はあまりわざとらしく関係性がすれ違いつづけ、ご都合主義的に好意が操作されることがありません。
その意味ではわりにむりやり関係性を停滞させようとしてあがいていた『僕は友達が少ない』とは全然べつの方法論で書かれた作品であることがわかります。
同じ作家がたった一作でこうも違う価値観を提示できていることには、素直に感嘆するしかありません。
平坂読すげー。ちゃんと前作から進歩しているんだよね。
しかし
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