最近はめっきり堕落して硬い本を読むことは少なくなりましたが、でも、読書習慣そのものは延々と続いていて、毎日何かしらの本を読みつづけています。
お金はかからないし、教養は増えるし、最高の趣味だと思いますね。マジメな話、サマセット・モームではないけれど、水とパンと図書館さえあれば生きていけると思う。
そんなぼくの最近のオススメは西園寺マキエ著『稼がない男』。ニートブロガーのPhaさんのところで見つけた本なのですが、いやー、これはいいですね。
心臓にぐさりと突き刺さるタイトルからしていかにも面白そうなのだけれど、中味もすばらしい。ぼく自身が相当に「稼がない男」なので、いろいろ共感したり「それはどうなんだ?」と思ったりしつつ読みました。
この本の実質的な主人公であるヨシオは、早稲田大学にまで進学し就職しておきながら、1年で辞めてフリーターになってしまった男。
前回、株式投資で170億円もの金額を稼ぎだした少女を主人公にした『ビリオネアガール』を取り上げたけれど、それとはまったく対照的な生き方をしている人物です。
かれの月収は手取りでおおよそ11万から12万円くらい。つまり、年収は150万円以下。この万年フリーター男と付き合うことになった著者の視点から、かれの独特の人生観が描かれています。
イケダハヤトさんに『年収150万円で僕らは自由に生きていく』という本があるけれど、ヨシオはその生き方を何十年も前から続けていることになるわけです。
イケダさんの話を机上の空論と一笑できるひとも、ヨシオのことはそうするわけにはいかないでしょう。何しろかれはじっさい、年収150万円以下でかなり幸せそうに生きていっているのですから。
もっとも、かれのパートナーである著者はそれなりに結婚願望もあり、時にはそんなヨシオにヤキモキしたりもします。しかし、かれの優しくあたたかい人柄に彼女もしだいに感化されて「あたりまえの幸福」という呪縛から自由になっていくのです――。
いや、ほんと、いろいろと考えさせられる本で、読んでいて実に面白かった。たまにこういう本と出逢えると、人生、幸せだなって思いますね。
この本を読みながらぼくが考えたのは、ひとはなぜこんなにもお金を欲しがるのかということです。結論としては、たぶんお金があればあるほど自由になれると考えているからだと思う。
お金がたくさんあればないよりもいろいろなことができる。自由になれる。多くのひとはそういうふうに考えるのでしょう。しかし、そもそも「自由」って何でしょう?
一般的に考えて、選択肢が多くある時、ひとは自由を感じると思います。たとえば、昼食に何を食べるべきか、弁当でもいいしイタリアンでもいいし中華でもいい、というようなとき、弁当しか食べられない状態よりは自由であると云える。
しかし、ぼくは最近考えるのですが、いくら選択肢がたくさんあったところで、そのなかから選べるのはひとつだけなんですよね。選択肢さえたくさん有していれば人生が複線になっていくつもの可能性を同時に生きられるわけではない。
そうだとしたら、たくさんの可能性を確保しておくことは、意外にそこまで大きな意味を持っていないのかもしれない。どんなにお金があって可能性を持っていたところで、それを使わずに終わってしまったら意味がないのですから。
そういうふうに考えていくと、月収11万でもまったくめげるようすがなく、十分に幸せに生きているようすのヨシオはなかなか得がたい男なのかもしれません。
じっさい、かれは底しれず優しい。初めのうちは「もうちょっと稼いでくれたら」と考えたりしている著者も、やがてかれのその深い人柄に心から感謝するようになっていきます。
いや、ほんと、「どうせ女なんて金で男を選ぶんだろ」などとうそぶく男どもに読ませてやりたいような内容やね。
まあ、でも、ぼくもちょっとわかるところがなくはない。というのも、
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