王都炎上: アルスラーン戦記① (光文社文庫)

 先日、荒川弘の『アルスラーン戦記』が始まった。いうまでもなく原作は田中芳樹の人気小説だ。

 荒川弘と田中芳樹。まったく個性は異なるが、それぞれ現代を代表するベストセラー作家といっていいふたりである。この新連載に期待は高まる。いや、こんどこそ完結するといいですね。

 『アルスラーン戦記』の始まりはなんと1986年にまでさかのぼる。いまから実に27年前のことである。『グイン・サーガ』より後、『ロードス島戦記』よりも前で、世間に異世界ファンタジーというジャンルがまだ根付いていなかった時代の話だ。

 田中はこの前に『銀河英雄伝説』を大ヒットさせ、その輝かしい経歴の全盛期にあった。そこで同じスペースオペラを続けるのではなく、まったくの異世界を舞台にした戦記ものに手を出すあたりがこの作家の個性だろう。

 物語の主人公は長大な〈大陸公路〉の要衝、パルス国の王太子アルスラーン。物語が始まった時点で14歳のかれは、侵略者ルシタニア軍によるパルスの滅亡と王都エクバターナの陥落という事態にあい、しだいにその秘められた才能を開花させていく。

 そして荒川弘による漫画版は原作のさらに3年前から始まる。王子アルスラーン、わずか11歳。当然、初陣も経験していない。いまはきゃしゃで頼りないだけの少年であるに過ぎない。

 その時点ではこの少年がのちの〈解放王〉にまで成長しようとは、だれも想像だにしないだろう。しかも、アルスラーンの才能とは、武芸でも、知略でもない。比類ない武芸や知略の持ち主たちを率い、統合してゆく「王」の器量。それがアルスラーンの天才なのである。

 原作を読んでいるとわかるのだが、このオリジナルエピソードの第一話に、荒川は数々の伏線を盛り込んでいる。のちの十六翼将の筆頭である〈戦士のなかの戦士〉ダリューンや、〈双刀将軍〉キシュワードはすでに顔をみせているし、アトロパテネの会戦においてパルスを裏切ることになるカーラーンの顔もすでに出ている。

 そして、アルスラーンをひっぱりまわすルシタニア人のの少年だが――これはつまり、そういうことだよね? くわしいことは語らないが、これも原作を読んでいるひとならピンとくるはずである。こういうところは、荒川さんはほんとうにうまい。

 原作の一ファンとしては、これから先の展開はほんとうに気になる。もちろん、大筋の展開はすでに知っているわけだが、おそらく荒川はそこに幾多のオリジナル要素を付け加えてくるだろう。

 凡庸な描き手なら、そのオリジナルの追加によって原作の魅力を台無しにしてしまうこともあるかもしれない(『創竜伝』の漫画版はそれに近いものがあった)。

 しかし、描くは天下の荒川弘である。そんな心配は微塵もない。どうか、『アルスラーン戦記』という素材を、この上もなく美味に調理してほしいものだと思う。おそらく田中芳樹そのひとも、そういう展開を望んでいることだろう。