はろー。「新世界系の風景(仮)」というタイトルの電子書籍を出したいと書きましたが、それはかなり手間がかかりそうなので、先に似たようなタイトルの「「小説家になろう」の風景」を出したいと考えています。
表紙はこんな感じのつもりですが、あるいはお金を出して依頼するかも。そのほうがまだマシであろ。
内容はまさにいま書いているところなのですが、60000文字~80000文字程度のかなり本格的な本を予定しています。読めば「なろう」の全貌がわかるとはいかなくても、とりあえず「なろう」がどういう場所で、どのような作品があるのか、ひと通り理解できる本を目指します。
で、とりあえず第一章は書きあがったので、ここに公開したいと思います。続く第二章以降も書き上がりしだい公開していきます。よろ。
第一章「「小説家になろう」のシステム」
この本をお読みのあなたは、「小説家になろう」というウェブサイトについて何らかの興味をお持ちのことだろう。
あるいは名前を聞いたことがあるという程度かもしれないし、その反対にディープな「なろう」ユーザーかもしれない。そのいずれであるにせよ、この本があなたの興味に応えるものになれば良いと願っている。
本書は日本最大の小説投稿サイト「小説家になろう」と、そこに掲載されている作品について、なるべくフェアに語ろうと試みた本である。
もちろん、「なろう」の掲載作品はあまりにも膨大であり、正面からその全貌を語ろうとするのは無謀である。いつか近い将来、AIがそのビッグデータを解析し何らかの答えを出す可能性は皆無ではないが、いまのところ、「なろう」の全体像はだれにもわからない。日夜幾千、幾万という数の「新作」が投稿されているのだ。当然だろう。
もちろん、「なろう」には「なろうマニア」ともいうべき重度の中毒者がたくさんいて、日々、隠れた傑作を探し出そうと試みつづけてはいるが、それにしても全作品を通読している者などいるはずもない。
「なろう小説」のほとんどが一定の読者を得ることもなく、また完結することもなくむなしくウェブの大海に沈み込んでいく現実を考えれば、ある程度読まれ、注目を集める作品がいかに少ないかはあきらかだろう。
「なろう」では、作品がどの程度読まれているかは、アクセス解析によって、また、「ポイント」によって一目瞭然である。
この「ポイント」という概念については後ほど解説するが、まさにこれこそが「なろう」のウェブサイトとしてのオリジナリティであり、またアイデンティティであるといって良い。それほど重要なものだ。
べつだん、「なろう」ではポイントがすべてなのだというつもりはないが、やはりポイントの制度はきわめて重要なのである。
が、先走ることはやめておこう。まずは「小説家になろう」がどのような仕組みで成り立つ、どのような個性のサイトなのか、その点についてまったくご存知ない方のために説明することとしたい。
「なろう」についてよく知っている人にとってはじつに自明のことに過ぎないかもしれないが、くわしくご存知ない方にとっては面白い内容であるはずだ。
ちなみに、「なろう」のようなウェブ小説を語った先行文献として、飯田一史『ウェブ小説の衝撃』がある。
「なろう」の作品を初めとするウェブ小説がなぜヒットしているのかについていささかアジテーション気味に分析したなかなか興味深い本だが、残念ながらこの本では特定のウェブ小説の内容にまではほとんど踏み込んでいない。
それに対して、本書では、『転生したらスライムだった』、『本好きの下剋上』など、「なろう」発のヒット作を取り上げ、その面白さとは何なのかについて可能な限り公正に考えてみるつもりだ。
ここであえて「フェア」とか「公正」という言葉を使うのは、「なろう」とその作品がお世辞にも中立的に語られているとは思えないからだ。
世の中に公開された作品が批判にさらされるのは当然のことだが、「なろう小説」は偏見によって攻撃されることが少なくない。
「なろう小説」がいわゆるライトノベルを含む従来、「小説」と呼ばれてきた作品群と比べてあまりに異質なのはたしかだが、だからといってバイアス丸出しで「どうせあんなもの」と判定してしまうのも良くない。
これからぼくは可能な限り中立の視点で、それでいてポジティヴに「なろう」の魅力と、面白さ、それから欠点とも思えるポイントについて話をしていく。「なろう」にくわしくない人には少々理解しがたい内容も含まれるかもしれないが、どうか付いて来てほしい。
そういうわけで、まずは「なろう」初心者向けに「なろう」とはどのようなサイトなのかについて解説することにしよう。もしあなたがすでに「なろう」についてくわしく知っているのなら、この章は飛ばしてもらってかまわない。
さて、どこから解説を始めたものか。そう、まず、第一に、「小説家になろう」は紛れもなく日本最大の小説投稿サイトである。世界的に見ればもっと大きなサイトもいくらもあるだろうが、とりあえず日本では「なろう」ほどのサイトは他にない。
本書を執筆している2020年10月時点で、投稿作品数は約76万、登録ユーザー数は192万人に及ぶ。べつだん、登録しなくても作品を読むことはできるから、実際の「なろう」ユーザーの数はもっとはるかに多いものと思われる。
そのアクセス数は凄まじいものであるはずだ。他に類似のサイトとして「カクヨム」などがあるが、いまのところ「なろう」ほどの規模にはなっていないし、おそらく将来的にも「なろう」に匹敵することはないだろう。
「なろう」はまさにウェブ小説界で「無双」を続ける超巨大サイトなのだ。
ネットにはいままでもこれからもいくつも競合サイトがあるだろうに、なぜ「なろう」だけがこれほど巨大に育ったのか。その理由はいくつもあるだろうが、わたしはやはり前述の「ポイント」と「ランキング」によるシステムが大きいものと考えている。
ポイントとは何か。じつは「なろう」では、読者が「ブックマーク」、ないし「評価」を行うたびにその作品にポイントが入る仕組みになっているのだ。
ブックマークとは、その作品を自分のページに登録しあとからも読めるようにすることだが、そうするとその作品には2ポイントが入る。そして、評価。これは★★★★★から★までの五段階評価で、★ひとつにつき2ポイントを入れることができる。
つまり、ひとりのユーザーがひとつの作品に対して最大12ポイントを入れることができるシステムになっているわけだ。評価の仕組みはわりあい最近になって改正されたものだが、この「ひとりのユーザーにつき最大で12ポイント」というシステムそのものに変わりはない。
で、「なろう」においてはポイントによる評価を自ら拒否した作品を除くすべてのこのポイントが付けられている。その内容が、恋愛小説であろうが、ハードSFであろうが、あるいは美少女満載の萌え小説であろうが、一切関係ない。ある意味ではきわめて公平な仕組みといえるだろう。
そして、また、このポイントのアップダウンによってすべてのポイントを公開している作品は「ランキング」に組み込まれる。
このランキングには「日間」、「週間」、「月間」、「四半期」、「年間」などがあり、それぞれがジャンルによって分けられている。
このランキングシステムも最近になって改正が加えられ、いま、「なろう」のトップページを見ると「月間ランキング」が掲載されている。かつて、ここには「累計ランキング」が載っていた。
この変更は、おそらく「なろう」の歴史が長くなるにつれ、「累計ランキング」があまり変わり映えがしないメンツに固定されてしまったことに原因があるのだろう。
長く「なろう」に載りつづけている作品のほうが必然的に有利な「累計ランキング」に比べ、「月間ランキング」はつねに変遷しつづけているわけで、見ていて面白い。したがって、この改革は合理的な判断であったと思える。
とにかく、「なろう」においてはこのポイントとランキングによって、ほとんどすべての作品が序列化されているわけだ。とはいえ、もちろんこのランキングは作品のクオリティがそのままに反映されているわけではない。
ポイントもランキングも、その作品に「票」を入れたユーザーの数をわりあい単純に加算したものであるに過ぎない。そもそも小説のクオリティを測る客観的な基準など存在しないのだから、あたりまえといえばあたりまえだ。
累計の上位に入っている作品がシンプルに「なろう」における最高傑作なら話は簡単なのだが、もちろん人の価値観は多様である。そう簡単にいい切れるものではない。
だが、ひとつだけたしかにいえることがある。ランキングの上位にランクインしている作品は、どれほどの非難を受ける内容であろうと、たしかに大勢の人から支持された作品であるということだ。
後述するが、「なろう」で支持を受ける作品にはある特定の傾向があり、その傾向がさまざまな議論を呼ぶことになっているのだが、それをどう考えるにしろ、とにかくランキングトップの作品はそれだけ読まれているし、たくさんの人が面白いと思ってポイントを入れた作品なのである。
その反対に、ランキング下位の作品は、あるいはほんとうは感動的な名作ではあるかもしれないが、読まれてもいないし、人気もないということになる。
この、往年の『少年ジャンプ』をも上回る徹底した「数の論理」こそが「なろう」を成立させる原理である。ポイントとランキングは純粋に機械的に処理されているので、特定の人間の意思が介在する余地はない。
もしかしたら、この話を読んでなんとくだらないシステムだと思われる方もいらっしゃるかもしれない。それでは「良い小説」がランキング上位に上がって来て読まれることがないではないか、ただ機械的にポイントの上下だけで作品を判断してはいけないのではないか、と。
一面、たしかにその通りであるとはいえる。この「なろう」のシステムでは、「なろう」に適していない作品はどうしても埋もれることになる。それがどれほどの名作であろうとも。
おそらく、三島由紀夫や芥川龍之介が現代に生まれて、ひとつ「なろう」に投稿してやるかと気まぐれを起こしたとしても、そのままではランキング上位に入る作品は書けないだろう。
「なろう」には「なろう」の流儀があり、それを踏まえているかどうかでポイントが入るかは決まってしまうところがあるのだ。その意味では、たしかに、これは名作や傑作を的確に探し出せるシステムではない。
くり返すが、どれほど優れた作品であっても、このシステムである限り、「なろう的」でないと埋没してしまうことになるのだ。その典型的な一例として、住野よる『君の膵臓をたべたい』がある。
最近、映画化もされたベストセラー恋愛小説だが、これはじつは最初、「なろう」に「短編」として投稿されたのだった。その結果、ある程度のポイントは集めたようだが、爆発的に注目を集めたりすることはなかった。
この小説がその真価を発揮したのは、「なろう」ではなく、商業作品市場だったのである。
わたしも読んだが、『キミスイ』はじつに優れた、感動的な作品だ。同時代性もつよく、タイトルもインパクト抜群で、だからこそ商業出版されたものはベストセラーになったのだと思われる。
しかし、それほどの作品であっても、「なろう」で大ヒットすることはなかった。あるいは、もしかしたら一度に「短編」として投げるのではなく「長編」として逐次的に送るなど、投稿のやり方を工夫していたら、もう少しポイントを集められたかもしれないが、いずれにせよ結果は大きく変わらなかっただろう。内容がまったく「なろう的」でないからだ。
それでは、「なろう的」な内容とはどのようなものなのか。これは次の章でくわしく説明するが、とにかく切なくハートフルな純愛小説は「なろう」ではそれほど大きな需要がないことはたしかだ。
それはタイトルを見ただけでもわかるものと思われる。現在、「なろう」の累計ランキングは以下のようになっている。
1位『転生したらスライムだった件』
2位『とんでもスキルで異世界放浪メシ』
3位『ありふれた職業で世界最強』
4位『無職転生 - 異世界行ったら本気だす -』
5位『デスマーチからはじまる異世界狂想曲( web版 )』
6位『Re:ゼロから始める異世界生活』
7位『陰の実力者になりたくて!【web版】』
8位『八男って、それはないでしょう!』
9位『ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~』
10位『私、能力は平均値でって言ったよね!』
いずれも累計で数十万ポイントを稼いだ(つまり、どう少なく見ても数万人の読者がいる)作品だが、そのタイトルセンスは『キミスイ』とは対照を為す。
何というか、とにかくわかりやすいのである。いや、このタイトルのどこがわかりやすいのだ、まったく内容の見当がつかないではないか、とそう思われる方もいらっしゃるかもしれないが、そういう方は「なろう」について良くご存知ないのだと思われる。
「なろう」をある程度知っている人間にしてみれば、これだけでおおよその内容は推測できる。「なろう」においては、タイトルは内容の解説そのものである。
タイトルの時点で、それが他の小説とどう違っているのか、どのような話でどこに魅力があるのか、その点について説明し切れていない作品はほぼ確実に埋没すると考えて良い。
なぜか。「なろう」においては毎日、膨大な数の作品が新たに投稿されているからである。その内容も「似たようなもの」といっては失礼だが、それほど独創的な作品は少ない(そして、あまりに独創的な作品は「なろう」においてはウケない)。
だからこそ、タイトルだけでわかりやすく、その「キャッチコピー」を示すことが「なろう」で読まれたければ重要なのである。
ちなみに、「なろう」において読者が作品内容について知ることができる情報はタイトル、作者名、あらすじ、小説情報(ポイントなど)、感想、レビューといったものがあるが、このうち最も重要なのがタイトルで、次があらすじだ。
たしかに、その作品がヒットすればたくさんの感想が寄せられ、それを参考にさらに多くの読者が集まることになったりもするだろうが、それはあくまで「ヒットすれば」という条件の話である。
無名の書き手の地味な作品が投稿するや否やあっというまに注目を集め、ランキングを駈け上がり、さまざまな感想を集めるなどということがめったにない以上(逆にいうとたまにはあるのだが)、やはりタイトルは重要なのである。
もちろん、ランキング上位に入ることだけが小説を書く意味ではない。たとえほとんどだれにも読まれなくても、優れた作品であればそれでいい、そういう考え方もありえるだろう。
しかし、そのような考え方の人はそもそも「なろう」に投稿したりしないのではないか。わざわざ小説をネットに投稿する以上、「少しでも読まれたい」と希望している人ばかりだと考えて良いだろう。
小説を作家と読者のコミュニケーションの作法のひとつと捉えるのなら、その欲求はごく自然なものである。だからこそ、多くの読者が「なろう流」の作品をあえて選ぶのだ。
このことを是とするべきか非とするべきか、その判断はじつはむずかしいところがある。ただ自分の好きな作品を書いていて、それがたまたま「なろう」にマッチした作品だった、これは何の問題もない。
だが、そもそも「なろう」的な作品を書きたいわけでもないのに、ただポイントが欲しいから、ランキングを上がりたいから「なろう」の流儀に合わせるというのでは、やはり何か本質を外している気がしてならない。
いうまでもなく、そういう作家であっても、たくさんの読者を得られて幸せになれるのならそれで問題はないとも考えられるのだが、大方の場合、そう上手くはいかないものだ。
また、「なろう」が「なろう風」の作品以外は受けつけない一面を持つために、「なろう」発の小説が「どれもこれも似たような」作品になってしまっていることについては、深く考えていかなければならないだろう。
先に述べたように、「なろう」のランキングはポイントの累計を機械的に処理しただけのものである。したがって、「なろう」の運営があえて「なろう風」の作品を集めたわけでも、薦めているわけでもないのであるが、それでも結果として「なろう」には、ある特定の個性を持った作品ばかりが集まる傾向がある。
これは決して見過ごしてはならない問題だ。当然、「なろう」の運営や「なろう風の作品」が好きな読者にとってはそれで何ひとつ問題がないともいえるわけであるが、だからといってこのことに対する数多くの批判をスルーして良いというものでもないだろう。
いやそうはいっても、「なろう」にはたしかに多様性がある。「なろう」に純文学や、恋愛小説や、サイエンス・フィクションを投稿する人間は大勢いる。それらは専門のジャンルに分けられてもいる。その意味で、「なろう」は決して一種類の作品しか受けつけないわけではない。
だが、ランキングという人気投票においては、「なろう」に集まる作品はほとんど一種類に淘汰されてしまうのが現実なのだ。その一種類とは何か。「異世界ファンタジー」である。
先ほど挙げたランキングをあらためて見てみてほしい。何と、そのすべてが異世界ファンタジーなのだ。
それも、ここでいう異世界ファンタジーとは、従来の『指輪物語』や『ナルニアものがたり』、『十二国記』や『グイン・サーガ』、あるいは『アルスラーン戦記』や『西の善き魔女』などとは質的に異なっている。
それらを正統派ファンタジーとするのなら、「なろう」の異世界ファンタジーはまさに異端だ。くわしいことは次の章で紹介するが、もしあなたがトールキンやルイス、あるいはハワードやムアコックなどの古典ファンタジーに馴れ親しんでいるのなら、「なろう」の異世界ファンタジーを読むと面食らうに違いない。
それらはあからさまにテレビゲームの知識を前提にしており、さらには他の「なろうファンタジー」の常識を必要とするものなのである。
そう、「なろう異世界ファンタジー」は、それ自体、他の小説にはまったく似ていない特殊な「ジャンル小説」であるといえる。したがって、「なろう」に投稿する際には、少なくとも読まれたいと希望するのなら、この「なろう異世界ファンタジー」の知識をある程度備えていることがほぼ必須であるということができる。
良くも悪くも、それが「なろう」の現実だ。「なろう」は、いままで個人サイトなどに掲載してもほとんど読まれることがなかったアマチュアの小説を糾合し、多くの読者を獲得した画期的なサイトではあるが、決してアマチュア小説家の楽園ではない。それどころか、ほとんど戦場に等しい場所ですらあるかもしれない。
次章では、その「なろう小説」の内容的な最大の特色である「異世界ファンタジー」について詳細に語ることにしたい。それもまた、「なろう」について知っている方にしてみればあたりまえの内容になるかもしれないが、「なろう」にくわしくない方にはいくらか興味深い話だろう。
「なろう」は、「なろう的なやり方」を踏まえていなければほとんど一歩も進むことができないような、奇怪な生態系を持つひとつの小説ジャングルなのである。
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