弱いなら弱いままで。

恐怖と絶望が支配する「新世界系」の裏面には何が存在するのか?

2020/03/08 00:37 投稿

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 うに。コロナウイルスの猛威がはびこるなか、今年ももう3月になってしまったわけですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。ぼくはとりあえず部屋にこもってアニメを見ています。

 おまえ、いつもそれだな!とわれるかもしれませんが、じっさい、うちのすぐ近くでもコロナの罹患者が出ているので、あまり積極的に外に出て行く気にはなれません。せっかくヘッドマウントディスプレイを購入したので、これでアニメとか映画とかゲームとかを楽しんで行きたいところ。

 さて、今季のアニメはとりあえず『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』あたりを見ています。

 「小説家になろう」発の、最近ではすっかりすたれたと見られるヴァーチャル・リアリティMMORPGもので、あるオンラインゲームでたまたまステータスを「防御力に全振り」したたまに異様に強くなってしまった少女の冒険? 日常? が描かれています。

 まあそこは普通なのだけれど、なかなか画期的なのではないかと思うことに、これ、デスゲームじゃないんですね。ほんとにただのネトゲなの。

 このジャンルの嚆矢はやはりみんな大好き『ソードアート・オンライン』だと思うのですが、いうまでもなく『SAO』は作中の死が現実の死に直結するデスゲームものでした。

 だからこそ『SAO』はゲームでありながらリアルな冒険を描くことができたし、まさにそこがウケたのだと思いますが、それから十数年、『防振り』はもうまったく感覚が違う。

 『SAO』の強烈な魅力であったダークでシビアな世界観と、それとうらはらの「生の輝き」がここにはまったくない。ペトロニウスさんが『転生したらスライムだった件』と並べてこの作品を語っていますが、なるほど、という感じです。

 ちなみに、最近、息子が大好きといって見ている『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』のアニメを今ある奴全部見たんですが、これが、『転生したらスライムだった件』と同じ感覚を受けるんですよ。ドラマトゥルギー的には、実際の起伏が全然ない。俺強ええや強くてニューゲームみたいな感じなのですが、なんというか、そういう「くさみ」すらもない。ただ平坦にいろんなことが起こるのを眺めているだけの感じがする。

 これは、仮に、成長物語=主人公がドラマのエピソードの連なりによって変化していくというものを物語の基本形に置くと仮定すると、非常に最低な、だめな、評価に値しない物語になります。だって、主人公の動機が駆動しないし、エピソードの連なりがカタルシス(LDさんのいう結晶点)がないものになってしまうので、「物語」の体をなさない。小説家になろうの昨今の作品に、これが多い。

 ただ「現実」を描いて、その「連なり」を、ロードムービーのように眺めているだけでは、なんの感情的起伏も生まないじゃないか、という評価です。ただこれを、どうも様々な感情的起伏、生きる動機の悩みの果てに、「世界自体は残酷だけど美しい」という強度を「眺めたい」という欲望の系譜で考えると、もしかして、だから今は受けるのかな?という気がします。この文脈で考えると、物語のカタルシス的には、ほとんど起伏を感じない『転生したらスライムだった件』が、でも、良いのはなぜだろう?と不思議に思ったときの上記のラジオの分析がつながってくる気がします。


 ただ、どうなのだろう? これ、「世界の残酷さと美しさ」を描く系譜に配置していいものなのでしょうかね。シンプルに考えて、もし、これらの作品が「世界は残酷だけれど美しい」という「ミカサのテーゼ」(笑)を描くところに魅力があるとすれば、やはり物語の設定はデスゲームのほうが良いように思うのですよ。

 だって、『転スラ』はまだしも『防振り』の世界は残酷でも何でもないですよね。ただひたすらにご都合主義というか、ほぼ運不運だけで決まっている感じ。

 タイトルでは「防御力に全振り」といいつつ、攻撃力も凄いことになっているわけで、ふつうに考えたら面白い物語にはなりません。でも、じっさい見てみると、『転スラ』同様、ちゃんと面白いんですよね。いったいどういうこと???

 この作品で何より印象に残るのはご都合主義の楽しさです。世界のすべてが主人公を愛しているというか、主人公に都合よく動いている感じ。理屈で考えればこんなことありえるはずもない展開の連続なんだけれど、その「おいおいおい」という感じが何とも楽しい。

 ご都合主義の総本山であるところの「なろう」でウケてアニメ化したことはよくわかる気がします。ほとんど物語的な起伏は何もないのだけれど、まさにそこがひとつの魅力になっている。

 愚考するに、これはたぶん、「世界の残酷さ」にフォーカスした「新世界系」と裏表の関係にある作品なのでしょう。「裏・新世界系」とでもいえばいいかな? つまり、世界は極度に不条理なものであるという認識は、逆にいえば極度の幸運として表れてもおかしくないということでもある、と。

 一見するとただの古くさい意味でのご都合主義展開の連続のように見えるかもしれないけれど、じつはそうでもない。なぜなら、「努力をすれば報われる」といった「因果の物語」が無効化していることに関しては、『転スラ』や『防振り』も「新世界系」と変わりないからです。

 「新世界系」ではどんなに努力しても無残に死が待っているけれど、「裏・新世界系?」では何ひとつ努力しなくても幸運が舞い込んでくる。両者はかけ離れているようだけれど、「すべては偶然。努力してもしなくても結果が変わるとは限らない」という世界認識が共通しているわけです。

 で、ぼくはここでかつて「小説家になろう」のトップ・オブ・トップの作品だった『無職転生』をひき合いに出す誘惑を禁じえません。『転スラ』や『防振り』に比べると、『無職』はやっぱりクラシカルな意味で「物語」だったと思うのですよ。

 ここでいう「物語」とは、「山あり谷あり」のドラマトゥルギーを指しています。ふつうに考えて、一般的な物語は主人公の状況が好転する「山」と、暗転する「谷」の両方があるからこそ面白いわけです。

 『王子と乞食』でも、『大いなる遺産』でも何でもいいですが、古典的な意味での物語はほぼ必ずといっていいほど主人公を「谷」の底まで追いつめておいて、そこから「山」へのし上げ、また「谷」にひきずり下ろすというドラマ展開になっている。

 その振幅の大きさこそがイコールで物語の面白さでもあるし、いかにして「山」と「谷」を作るかが作者の腕の見せ所であるともいえる。アレクサンドル・デュマとか、チャールズ・ディケンズとか、天才的な物語作家たちはいずれもこのドラマツルギーを巧みに駆使していました。

 ところが、「新世界系」なり「裏・新世界系」ではその「物語」が成り立たないわけです。「新世界系」においては従来の意味での物語が成り立たないことは、いままでも繰り返し述べて来ました。

 それ故にいままでの「新世界系」作品は「壁」でもって世界を区切る必要があったわけですが、「裏・新世界系」においてもやはり古典的な「物語」は成立しない。通常の意味で考えれば「山もなければ谷もない」からです。

 ペトロニウスさんはこれをして「常に最低な、だめな、評価に値しない物語にな」るといっているわけですが、もちろん、だからこんなものは見る価値はないということではないでしょう。

 まさにそれらの「物語不成立」にもかかわらず、じっさいに面白いということがこれらの「新世界系」なり「裏・新世界系」作品の新しさなのですから。

 いい換えるなら、「物語」とは「主人公のアクション」に対する「世界のリアクション」、「それに対する主人公の再度のアクション」といった連続を描くものであるともいえる。

 しかし、「新世界系」、「裏・新世界系」においてはそういう意味での「アクション」に対してあたりまえの「リアクション」が返って来ることがない。つまり、「アクション」と「リアクション」の因果関係が断絶している。

 それが絶望的な不運として表れた場合は「新世界系」と呼ばれるし、奇跡的な幸運として返ってきた場合はぼくが「裏・新世界系」と呼ぶ作品になるわけですが、とにかく旧来の「物語」とは異質なものがそこにはあるのです。新しいよね?

 もっとも、ご都合主義の連続で物語が成り立たないにもかかわらず人気が出る作品はいままでにもありました。たとえば「少年ジャンプ」のバトルマンガ、代表的なのは車田正美です。

 さて、それでは『リングにかけろ』や『聖闘士星矢』と「裏・新世界系」は同じものなのでしょうか? ちょっと考えてみたのですが、ぼくにはやはり車田作品は旧世代の物語であるように思えます。

 そこには「努力」や「根性」の因果的な結果としての「勝利」という方程式が明確に存在しているからです。まさにこの方程式が崩壊した地点から「新世界系」、「裏・新世界系」はスタートしているといっても良いでしょう。面白いですね。

 うん、きょうはめずらしくなかなか良いことを書いた気がする。この先は次のラジオあたりで煮詰めることにしましょうか。「裏・新世界系」、「因果の物語の不成立」といったあたりをぼくからのキーワードの提案として、ここに挙げておきたいと思います。 

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