やあ、はじめまして。生活保護受給者について話を聴きたいというのはきみかい? そっか、それならぼくがあの連中について本当のところを説明してあげよう。まあ、そこに座ってコーヒーでも飲みなよ。ちょっと長い話になるからね。
どこから話しそうか。そうだな、まずきみに話しておかなければならないのは、生活保護受給者はぼくたちと同じ人間ではないということだろうね。かれらはこの社会の「賎民」なんだよ。最下層の汚らわしい存在ってこと。
おや、少し顔色が変わったね。さすがに言いすぎだと思うかい? でも、インターネットを見てごらんよ、かれらに対する非難が轟々と渦巻いているじゃないか。かれらはべつに犯罪者でもないのに、散々あしざまにののしられている。
これは自分の身分をわきまえておとなしくしているべき賎民どもが、図々しくも権利などを主張することに対する怒りの表れなんだよ。全く正当な怒りだと思うね。ぼくたちの税金で生かしてもらっている賎民は身の程をわきまえるべきだよ。
正直にいってごらん。きみだってかれらのことがうとましいんじゃないかい? ぼくやきみは毎日一生懸命働いて生活しているのに、かれらは何の苦労もなくお金をもらい、しかもそれでは足りないからもっと増やせなどといいだす。なんて醜悪な連中なんだろう! こういう浅ましい人間はきちんと叩いて、自分の身分というものを思い知らせてやらないといけないね。
たとえば、先日、自分は何千万という年収があるにもかかわらず母親が生活保護を受けていることが判明したお笑い芸人がいたよね。そういう醜い人間を探しだしてひねり潰すのはいまや国民の義務だといっていいと思うよ。
え? 何だって? あの芸人の場合、そもそも法律では扶養義務がないので、違法でもなかったはずだって? うん、よく知っているじゃないか。たしかに法律ではそうなっているようさ。でも、だからどうだっていうんだい? そういう都合の悪いことは無視してしまえばいいんだよ。
卑劣に思えるかな? ところが、世の中ってそういうものなんだ。大半のひとは法的に扶養義務があるかどうかなんてどうでもいいんだよ。そもそもかれらは法律の条文なんて知らないし、知ろうとも思わないからね。ただ腹が立つから石を投げるだけなのさ。素晴らしいね! こういう人々こそぼくたちの活動を草の根で支えてくれていると思うよ。
いいかい、きみが知っておかなければならないのは、生活保護受給者叩きは「お祭り」だってことなんだ。祭りではノリが悪いやつは嫌われるよね。だから法律がどうこうなんて細かいことは気にしないことが正しいんだよ。
よく考えてみなよ、お祭りのあと、世の中がどうなるかなんて気にしたって仕方ないだろ? ひょっとしたらかれらのひと言が巡り巡って生活保護受給者やその予備軍を自殺させたり餓死させたりすることになるかもしれないけれど、かれらは決してその責任を感じたりはしない。そういうものなんだ。
生活保護について語るときは「事実」なんて気にしないことが大切なんだよ。たとえば、「悪質な生活保護受給が増えている」という話がある。これは広く信じられているよね。でも、じっさいには不正受給は生活保護金額の0・4%に過ぎず、特に増えているわけでもない。これも結局、「生活保護神話」のひとつなのさ。
「生活保護にかかる費用が財政を圧迫しているので生活保護システムは破綻寸前」というものもあるよね。でも、見方を変えれば日本の生活保護費のGDPに占める割合は0.5%にすぎず、OECD(経済開発協力機構)加盟国の平均よりずっと低い。
これに対し、ドイツは3.4%、フランスは3.9%、ニュージーランドにいたっては10%を超えている。でも、こんなことは知る必要がないことだ。つまらないことは気にしない、気にしない。「統計的事実」なんて野暮なものは捨ててしまえばいいんだよ。大事なのは「気分」なんだからね。
そもそも生活保護賎民のなかには、保護費を酒やギャンブルに使ってしまう奴だっているんだ。こういう奴らのためにぼくたちの税金が使われることは許せないよね! そう思わないかい?
え、思わない? 支給された生活保護費を何に使うかは個人の自由であるはずだって? でももらった生活保護をそのまますべて酒や賭け事につぎこんでしまう人間のことは問題だとは思わないのかい? 何? それは依存症である可能性があるから、適切な治療や支援をしていくことが必要だろう?
ちぇっ、優等生的なことをいうんだな。いっておくけれど、そんな模範的な回答で納得するひとはだれもいないよ。それどころか、そんなことをいったらきみも賎民の仲間だと見なされて石を投げられることになるだろう。ええっ、それでも満足だっていうのかい。
……やれやれ、どうもおかしいと思ったらきみはどうやらぼくたちの仲間になりたいわけじゃないらしいね。妙に知識もあるようだし、ひょっとしてぼくらを敵視しているたぐいかね? そうかそうか、よくわかったよ。敵情視察に来たってわけだね。
ただでさえ孤立し貧窮している生活保護受給者や貧困層をこれ以上攻撃することは許せない? ふうん、青くさいことだね! いいかい、ぼくたちはべつに孤軍奮闘しているわけじゃない、世論を代弁しているんだよ。世間一般がぼくたちの味方なのさ。
さっきもいったとおり、生活保護受給者はこの社会の被差別階級だ。この社会にはむかついたとき徹底的に叩いてもかまわない存在が必要なのさ。それが大人の常識ってものだよ。
もちろん、きみのいいそうなことはわかっているよ。そう、「働けるくせに働かないで保護費を受け取っているひとが増えている」なんてただのデマさ。十代以下や六十代以上、障害者家庭や傷病者家庭を除いて数字を見ればそういうふうにも見えるってだけのことだよ。
でも、それがどうしたんだい。さっきもいったとおり、正確な事実なんてだれも気にしたりしないんだからね。ちょっとだれかが「生活保護受給者は楽をしている」「贅沢な生活を楽しんでいる」といえば、それが事実になるのさ。
もともとひとの暮らしは楽そう、うらやましそうに見えるものだからね。人間は自分がいちばん苦労していると思いたがるものなのさ。ひとの境遇への同情なんてそもそも人間の本性に反しているんだよ。
ぼくたちには味方がたくさんいる。これからも大勢のひとがマスメディアが流す情報にしたがって踊ることだろう。かれらは口先では「マスゴミ」なんていうけれど、その実、すでにそのマスコミの一部と化しているといってもいいくらいの存在だからね。
きみたちがどんなに抵抗したって、ぼくたちは必ず勝つよ。なぜって、みんなが味方だから。きみも子供じみた人権思想なんて捨てて、ぼくたち「生活保護受給者を絞め殺す会」に入らないかい? ぼくたちはいつでも会員を募集しているよ。すべて日本の明るい未来のためさ。
いやかい? そう、そうしたいならせいぜい無駄な抵抗をしてみるがいい。いつかきみもわかるだろう。弱者をしいたげ、強者にへつらうことが人間の本質だってことが。それは否定してもしょうがないことなんだよ。
さて、ぼくたちときみたち、どちらが勝つか、見てみるとしようか。さよなら、それなりに楽しいひと時だったよ。ぜひいつかまた会おう。そのとき、日本の社会はどんなふうになっているだろうね……?
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