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『暗殺教室』と多重レイヤー構造。少年漫画は「天才漫画」を過ぎ、弱者戦略の時代に突入している。

2016/04/24 12:02 投稿

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ひらめき教室 「弱者」のための仕事論 (集英社新書)

 『ひらめき教室 「弱者」のための仕事論』を読みました。

 漫画家の松井優征さんとデザイナーの佐藤オオキさんの対談集です。

 この場合の「弱者」とは、特別な才能に恵まれていない人の意味。

 圧倒的な才能を持つ「天才」たちがごろごろしている漫画業界やデザイン業界で、「弱者」がいかにして活躍するか、その方法論が語られています。

 松井優征さんにしろ、佐藤オオキさんにしろ、結果だけを見れば抜きんでた能力を持つ「天才」に見えるかもしれません。

 『魔人探偵脳噛ネウロ』、『暗殺教室』と二作続けて『ジャンプ』でヒット作を完結させた松井優征、400もの仕事をパラレルに展開するという佐藤オオキ、いずれも凡人とは思えません。

暗殺教室 19 (ジャンプコミックス)

 しかし、かれらは自分の主観においてははっきりと「弱者」なのであり、「弱者である自分がどう戦うか」を考えに考え抜いてそれぞれの戦場で生き抜いてきたのだといいます。

 ちょっと本文から引用してみましょう。

佐藤 まさに弱者戦略ですね。僕も絵を描くのが下手なんですよ。

松井 そうなんですか?

佐藤 デザインって、たぶん右脳型、左脳型タイプがいて、感性やセンスで戦える人がいるんです。ヨーロッパに行くと、ペンを手にした瞬間、魔法のように美しい曲線を描いちゃうような天才がゴロゴロいる。僕はそれを見て、「あ、自分にはできない。これは敵わないな」と最初に思ってしまった。じゃあ自分に何ができるのか考えたとき、曲線美や激しい色使いなどではなくて、本当に些細なアイデアを膨らませていくことで勝負できないかなと考えました。そこがスタート地点ですね。そういう意味では、早めに自分が絵がへたであると実感できたのは、貴重な経験でした。

松井 自分の才能のなさ、弱点を一回認めた人は本当に強いですよ。

(中略)

佐藤 そういえば『暗殺教室』も、「弱者戦略」が大きなテーマになっていません?

松井 そうなんです。暗殺も、弱い者が強い者を倒すための戦略なんですよね。

 「弱者戦略」。

 面白い言葉が飛び出してきました。

 弱者戦略とは、つまり、生まれつきの素質に恵まれていないものがそれでもどう戦うか? あるいは勝つか? そのための「戦略」だと考えられます。

 ぼくは、いまの少年漫画はこの「弱者戦略」の時代に突入していると思う。

 かつて、『少年ジャンプ』は「努力・友情・勝利」というテーマを掲げていました。

 しかし、時代の変遷によって、「努力すれば必ず勝利できる」というコンセプトが説得力を失ってきた。

 そこで「天才」を描く漫画が生まれた。

 少年漫画全体を眺めてみても、『H2』とか『SLAM DUNK』とか、いわゆる「天才漫画」が流行った時期がたしかにありました。

 それらは比類ない「天才」がその才能でぐんぐん成長していく姿を描く実に痛快な物語でした。

 しかし、同時に「天才漫画」は「それでは、才能がない者はどうしようもないのか?」というある種の絶望を呼び起こします。

 そうかといって、ひたすら努力すればいい、というアンサーも説得力がない。

 何しろ、半端な努力などとうてい通用しないような天才の圧倒的な実力を既に見てしまっているのですから。

 そこで生まれてきたのが「弱者戦略漫画」なのではないでしょうか。

 先駆けは『HUNTER×HUNTER』だと思う。

HUNTER×HUNTER モノクロ版 32 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 『HUNTER×HUNTER』は「天才漫画」でもあるけれど、「弱者戦略漫画」を切り拓いた作品でもある。

 『HUNTER×HUNTER』が少年漫画に持ち込んだのは、「肉体的な意味での強さ」というひとつのレイヤーでのみ勝負が決まるわけではなく、ほかにもいくつものレイヤーが存在し、それぞれのレイヤーで勝負が存在するという「多重レイヤー的世界観」でした。

 ペトロニウスさんはこんなふうに書いています。

 さて強さの話に戻ると、『HUNTER×HUNTER』のもう一つの凄さは、前作の『幽☆遊☆白書』でもエピソードとして出てきていてこのテーマを追求する片鱗を感じさせるのですが、ゲームのルールを書き換えることが、最終的な勝利につながるということを、強く意識した設計がなされていることです。いや、このいいかたよりも、この現実世界には、いくつものレイヤーがあって、どのようなルールに支配されているレイヤーに生きているのか?ということを意識しないと、簡単に殺されてしまうという恐怖と悲しみが、彼の作品の大きなテーマにあります。これが2つ目です。

 ようは、チャンピオンを決めるランキング・トーナメント方式のバトルに、どのようなルール(=基礎構造)の変更をしたのかといえば、

1)強さを一律の基準で決められない多様性をもちこみ、知恵と工夫で勝ったほうが勝つ、

2)自分がいるレイヤーのルールを壊すか、新しくルールを作りだすことができたものが勝つ、

 という条件が設定されたんですね。ちなみに、2)は、凄い複雑で、

3)自分がいるレイヤーから、異なるレイヤーに移ることができた場合、そのメタルールをどう利用するか?

 というような背景も隠れています。

 これって、物凄い発見ですが、、、、この物語類型を十全に使いこなせている物語は『HUNTER×HUNTER』ぐらいしかありません。日本のエンターテイメント、、、いや人類のエンターテイメント史に残る傑作だと思います。これ。


 シンプルに「強さ」の数的な大小(戦闘力530000とか)で勝負が決する『ドラゴンボール』のような古典的な少年漫画と比べて、『HUNTER×HUNTER』の勝敗論理ははるかに複雑です。

 ある人物が「肉体的な強さ」のレイヤーで劣っていたとしても、必ずしもそれで勝負は決まらない。

 たとえば「知性」や「特殊能力」のレイヤーに勝負を持ち込むことができれば、それで勝敗が逆転することが十分にありえる。

 『HUNTER×HUNTER』が生み出したのは、そういう世界観でした。

 これは非常に画期的なことだったと思います。

 もちろん、先例としてたとえば『ジョジョの奇妙な冒険』があり、また『ドラゴンボール』以前のさらにクラシックな少年漫画があることはたしかですが、『HUNTER×HUNTER』のバトルはそれらと比べても複雑な上に意識的です。

 『HUNTER×HUNTER』の登場をもって少年漫画は新たなステージに突入したといっていいと思います。

 ちなみに「多重レイヤー」意識の採用はおそらく 

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