菊地成孔(著者) のコメント

菊地成孔 菊地成孔
(著者)

>>9

 いやあ、毎回毎回、何度も読んでしまいます。今回も、ザックリしすぎた喜怒哀楽を超えたエモーションがありました。今回、現実はルーザードックだけれども親露に思想を転換してチーズパイとエンパナーダを売るオリバーの、「オリバー」という名前自体が、マジックリアリズムの様な刺さり方をしました。

 ぜひ、川島雄三の東宝時代の作品「赤坂の姉妹 夜と肌」を見ていただきたいです。この作品は、いわゆる女系モノで、3姉妹が出てくるのですが、会社側の売り(3姉妹モノ=エロス、女の生き方、赤坂芸者と政治家の裏事情)を川島が真っ向から換骨奪胎しており(結果、公衆は惨敗)、身体と愛の演舞で男たちを踏み台にのし上がる長女(淡島千景)、ノンシャランでも誠実な冒険家的な男(フランキー堺)への渾身的な愛を貫く次女(新珠三千代)、という定番設定に、3女が何と学生運動家で、「女系モノ」の定番を大きく崩しています。その崩し方が凄い。

 クライマックスで長女は「私は全ての男たちに<真心>で接してきた。それが女の生き方だ」と言い、次女は、一山儲けにブラジルに行ってしまったフランキー堺に対する「一途」が女の愛だ、というのですが、そのシーンでは(北海道での学生運動で頭部で怪我を負い)布団で寝ている3女が「私は北海道で、違う世界を見た。誰が幸福、何が愛、という個別の幸福なんか意味がない、全員が平等に幸せになるのが本当の幸福だ」というのです。彼女が自民党の幹部(伊藤雄之助の最高傑作ですこれ)と仲良くなり(長女が、のし上がるためにこの男の妾になるので)、その幹部が、新聞記者たちから逃れるために、長女の置屋に蟄居するんですが、勝手に3女の「資本論」を読むシーンで

「これ、面白いねえ」
「先生も少しはマルクスの勉強してくださいよ」
「うん、学生時代にちょっと読んだんだけど、忘れちゃってんだよね。これ、貸してくんない?」

 という、一番「あってはいけない」友情のシーンは白眉で、今見ても全く色あせることがありません。

No.14 33ヶ月前

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