菊地成孔(著者) のコメント

菊地成孔 菊地成孔
(著者)

>>25

 「虎の尾を踏む男達」は、能と歌舞伎のマッシュアップなんで、現代人が見ると辛いかも、、、、と敬遠されがちですが、ご覧になった通りです。アレは大河内傳次郎とエノケンの、ある意味で裏代表作だと思います。何度見ても泣きますね(弁慶が関所潜りの芝居のため、牛若丸を打擲すると、エノケンが泣いてすがりつくところとか)僕は「どてすかでん」とかの、黒澤の下降思考、プロレタリアート芸術好き、ヒューマニズム賛美がモロに出てる作品は本当に嫌いで笑、豪快でヒューマニズムが後方に撤退している作品が好きです(そういう意味では、名作としか言いようがない「七人の侍」も、そんなに好きじゃありません)。

 黒澤は、戦前のスターである大河内とエノケンを使って、最初は桶狭間の決戦の映画化を無双していたんですが、戦時中なんで馬が調達できず、ロケもまともにできなかったんで、物理的な枷に屈したまま、あの脚本を書いて、名作を生み出しました。勧進帳は、どの歌舞伎で見るより、あの映画で見る方が、現代的な訴求力があると思います。

 ラストに、エノケン演じる強力が、一行と、ああいう形で別れ、画面中央から斜め左下方に転がってゆきます。あれは、歌舞伎では弁慶のキメポーズである「飛び六方」というものなんですが、劇中、とうとう弁慶はあれをやりません。そこで、あのエノケンが、ポンと膝を叩き、つまり「お、この映画終わっちゃうけど、飛び六方が出てないな」と「気づく」、そして、「自分がやるしかない」と思い立ち、やるんだけれども、歌舞伎座の花道ではなく、山道の斜滑降なので、一回けつまずいてしまう。それをそのまま起き上がって、ノーモーションで続けるエノケンの身体能力と、このオチを考えた黒澤の、驚異的な物語力に強く打たれ、これまた落涙を禁じえません。

 一度、一行が安宅の関を間一髪で切り抜けたと思った直後に、ああなりますよね笑、すると弁慶が咄嗟の機転で攻撃に転ずる、それが、リアルな斬り合いではなく、まるでダンスのように、ザーッと左に移動し、それから右にザーッと戻る、ああいう舞台的、古典的なカリカチュアも惚れ惚れしますね笑。止まらなくなっちゃった笑。

 ラジオデイズでも言いましたが、黒澤の師匠に山本嘉次郎がいます。「孫悟空」の監督ですが、山本は黒澤に、古典のマッシュアップと、ミュージカルではないミュージカルの手法を伝授しました。背景の景気絵を手書きにするのは、画家志望だった黒澤がスムースに山本から伝授したもので、「虎の尾」の背景にずっと流れる、悪夢的な「雲」の絵は黒澤の手書きで、これは「乱」や「夢」のような晩年まで使用されます。クレージー映画をみんな見ろとは言いませんが、「花のお江戸の無責任」は、師匠である山本が、黒澤の「虎の尾」を意識したような作品で、植木等は歌舞伎の「助六」をやるんですが、ストーリーは、歌舞伎の「助六」や落語の「居残り」等々、有名演目のマッシュアップです。山本がクレージーキャッツ映画を手がけたのは後にも先にもこれ一本で、これも本当に良いので、これだけでもご覧いただければと思います笑。

No.27 43ヶ月前

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