途中まではいいことを言っていると思って同感したのだが、 >自分だって一歩間違えれば同じようなミスをしかねない、と思っていて初めてひとの行動言動を笑うことができる。 という記述を読んでから「何か違う」と思った。 「同じようなミスをしかねない」と常に心がける(疑う)ことはたしかに大事だけれども、他人の行動を「ミス」と断定している時点で、すでに自分の考えの枠にとらわれているのじゃないだろうか。他人のミスを見たときに「自分もいつか同じ失敗をするかも・・・」と疑うだけで本当に充分だろうか。「そもそもこいつのこの行動は本当にミスといえるのだろうか」という疑いを持てるようにならない限り、本質的に「と学会的思考」と変わらない思考なのじゃないだろうか。 以下、気付けば原稿用紙2枚分もコメント書いてたけど、誰も読まないだろうからカット。
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途中まではいいことを言っていると思って同感したのだが、
>自分だって一歩間違えれば同じようなミスをしかねない、と思っていて初めてひとの行動言動を笑うことができる。
という記述を読んでから「何か違う」と思った。
「同じようなミスをしかねない」と常に心がける(疑う)ことはたしかに大事だけれども、他人の行動を「ミス」と断定している時点で、すでに自分の考えの枠にとらわれているのじゃないだろうか。他人のミスを見たときに「自分もいつか同じ失敗をするかも・・・」と疑うだけで本当に充分だろうか。「そもそもこいつのこの行動は本当にミスといえるのだろうか」という疑いを持てるようにならない限り、本質的に「と学会的思考」と変わらない思考なのじゃないだろうか。
以下、気付けば原稿用紙2枚分もコメント書いてたけど、誰も読まないだろうからカット。