akakiTysqe のコメント

>>3
1)アニメの門に赴いた私との会話の中でそう云われたと記憶しています。勿論私の聴き違いの可能性は十分にあります。
2)当該講座について書かれた記事を読んだ範囲では「安寿と厨子王丸ではリアリズムの表現技法の確立が試みられた、一方ゆうれい船では社会批判的な主題をどのように込めるかが試みられた」と脈絡無く併置する講義をした様に書かれてたので、抱き合わせた理由を「邪推」して診たのが、仰られた件です。18日の講座でアニメのリアルを確立した最も重要な作品の一つとして安寿と厨子王丸を取り上げる、つまりこの講義で語ったことをある程度再話されるでしょうからその時伺うかもしれませんが、「安寿と厨子王丸」みたいな(作品では無く)商品に対しては、この映画を巡りどのような出来事が起き、制作スタッフがどのような思いでこの映画を作り、当時の人達がこの映画をどう論じたか、そしてこの映画の主題(作品が指し示すイデオロギー!)は何なのかが、論じられる題材が映画の表現技法であっても、先立って意識され前提されてなければいけない。
「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」或は「人狼」といった作品を可能にしたリアリズム表現の手法は遡れば「安寿と厨子王丸」で試みられていた、安寿と厨子王丸はリアルアニメの元であり、故に当時の人達の「安寿と厨子王丸」を否定する証言も、指摘されている主題の酷さも見て見ぬふりをして「安寿と厨子王丸」の表現「だけ」を賞賛し支持するのが賢い。と、そのような言説がいま触れ回られてるけど、火垂るおもひでであれ人狼であれ、高畑勲や押井守という映画の主題に責任を取る主体が確としていて、その事によって作品たり得ている。「見返したくない傑作」というカテゴリーで、「火垂る」「おもひで」「人狼」は「哀しみのベラドンナ」と軌を一にするのです。一方「安寿と厨子王丸」にそんな主体はいない、最悪の意味で「商品」でしかない。その安寿と厨子王丸が「リアルアニメ」の表現史上の系譜の上で元にある事を理由に、表現「だけ」を賞賛し支持するのが賢いとする事は、実際には「安寿と厨子王丸」の主題を正当化する事だと思ってます。
アニメラマ二部作とベラドンナを観たポレポレ東中野で買った「哀しみのベラドンナ」DVDを初めてプレイヤー(パソコンですが)に入れたのは2011年の2月から3月にかけてです。美樹さやかの物語を見届けて「哀しみのベラドンナ」を再観賞しなければならないと決断したのです。のち虫プロのアニメーション映画の分岐元である「東映長編」を通しで覧なければならないと判断し郵送返却の出来るTSUTAYAの岡山都市圏の旗艦店であると思しき高屋店でファミリー向けアニメの棚に東映長編が紛れ込んでいる事を発見し借りて視聴しました。「少年猿飛佐助」「安寿と厨子王丸」「アラビアンナイト・シンドバッドの冒険」「わんぱく王子の大蛇退治」「わんわん忠臣蔵」「ガリバーの宇宙旅行」「少年ジャックと魔法使い」「アンデルセン物語」「ちびっ子レミと名犬カピ」「アリババと40匹の盗賊」はこの時初めて覧ましたが、安寿と厨子王丸を観てショックだったのは、「作画汗まみれ」に採録された当時のスタッフ+一名による批評文集で語られていた内容と全く同じで何の付加も無かったことです。正確には一つだけ、前段で沈められた侍女が後段人魚になって出て来る件、此処だけは事前に知らなかったからか、良い感じでした。後はただ確認をするだけでした。

No.5 95ヶ月前

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