世界で最も危険な組織
「世界で最も危険かつ影響力をもつ過激組織」―各国のメディアでこう表現されている「イスラム国」のルーツは、2002年にヨルダン人が結成したとされる「タウヒードとジハード集団」です。03年に米軍がイラク戦争を開始すると、国際テロ組織アルカイダと連携を強め、組織名を「イラクのアルカイダ」に変えて、同国でさまざまなテロ事件に関与しました。さらに06年に他組織と合併し「イラクのイスラム国」に、13年には「イラク・シリアのイスラム国」へと改称します。
昨年6月、イラク北中部からシリア北部にまたがる地域でバグダディ最高指導者をカリフ(イスラム教預言者ムハンマドの後継者)とする「国家」の樹立を宣言した際に、現在の「イスラム国」となりました。
英BBC放送によれば、戦闘員は昨年9月末時点で約3万1000人。そのうち1万2000人以上がイラクとシリア人以外の外国人で、少なくとも世界81カ国から参加しているとされます。
支配した地域では極端なイスラム教解釈に基づく統治を行っています。この間、電話などで住民に取材すると、匿名を条件に「秘密警察がうようよしており、恐怖政治は強まるばかり」「上納金を拒否した知り合いの業者が処刑された」などの声が次々と返ってきました。飲酒と喫煙は厳禁で、違反すれば投獄。女性にはベールの着用を強制し、音楽も禁止しています。
イスラム教徒以外の少数派住民らに対する弾圧の例は枚挙にいとまがありません。昨年10月には、「奴隷制の復活」を宣言し、イラク北部で拉致したヤジディ教徒の女性や子どもを「戦利品」として自らの戦闘員に与えたことを正当化しました。
イラク西部アンバル州では、「イスラム国」と同じイスラム教スンニ派の住民に対しても、敵対勢力と見るや拷問と「処刑」を繰り返し、昨年末までに子どもや女性を含む700人以上が殺害されたもようです。
この「イスラム国」の残虐性は、昨年、「生みの親」であったアルカイダからさえ「破門」されるほどのものとなっています。
(カイロ=小泉大介)
「空爆」は効果発揮せず
「イスラム国」は、これまでの名称の変遷が示すように、米軍が強行したイラク戦争・占領が生み出した混乱と「宗派対立」、さらにシリアのアサド政府軍と反体制派武装勢力との激しい内戦に乗じて組織と支配地域を拡大してきました。イラクでは昨年6月、「イスラム国」が第2の都市北部モスルを電撃的に制圧して世界を震え上がらせましたが、その際、約3万人の政府軍兵士がほとんど抵抗せずに敗走したとされます。米占領当局が旧フセイン体制時代の軍を解体したため、これに不満を持つ旧軍関係者が「イスラム国」に協力したこと、現在の軍が腐敗まみれとなっていることが、その要因として指摘されています。
「イスラム国」はイラク軍やシリア軍から奪取した豊富な武器を装備しており、シリアでは戦闘機を保有しているとの情報まであります。
さらに石油の密売や支配地域での略奪、課税などによる資金と巧みな広報戦略により外国の戦闘員をリクルートするなどして組織を拡大しました。
モスル制圧と「国家」樹立宣言を受け、米軍は他の「有志連合」諸国軍とともに昨年8月にイラクで、9月にはシリアで「イスラム国」壊滅の空爆作戦を開始し、現在も連日のように継続しています。しかし―。
ヨルダン在住のイラク人ジャーナリスト、ワリド・ズバイディ氏は本紙に対し、「空爆下にありながらもイスラム国は依然としてイラク国土の約3割を支配する一方、シリアでは影響力を強化しています。それだけでなく残虐性をさらに増しているのですから、米軍らの軍事作戦が問題解決に役立っているとは全くいえない状況です」と強調します。
これを裏付けるように、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル14日付(電子版)は、「シリアでの3カ月以上にわたる米軍主導の空爆作戦にもかかわらず、イスラム国は支配地域を拡大し続けている」との記事を、「領土」拡張を示す地図と合わせて掲載しました。
「イスラム国」は米軍による空爆の開始以降、米国人ジャーナリストや英国人援助関係者らを次々と「処刑」し、ついには今回の日本人2人の殺害脅迫、身代金要求の事態に至りました。「国境なき記者団」によれば、昨年1年間でイラクとシリアで誘拐被害にあったジャーナリストは計47人に達しています。
ズバイディ氏は、「イスラム国が勢力を拡大してきた理由ははっきりしているわけですから、国際社会がいま行うべきは軍事的な対応ではなく、イラクとシリアの混乱を政治的に解決するための努力を強めることです」と力説しました。
(カイロ=小泉大介)
国際社会に必要なこと
「イスラム国」弱体化のためには、湾岸産油国や隣国トルコなどから流入しているとみられる資金や武器、戦闘員の供給ルートを断ち、彼らを孤立させることが不可欠です。加えて「領土」になっているシリアとイラクの安定化、過激派に傾倒する予備軍が育つ土壌をどう縮小させていくかもカギになります。国連安保理は2014年9月、テロ組織に加わる外国人戦闘員について出入国を規制するなどの措置を国連加盟国に求める決議2178を全会一致で採択。決議は、テロ活動などを目的に外国に渡る人物の「勧誘、組織活動、出入国を防ぎ、制御する」よう加盟国に要請しました。
アラブ連盟(パレスチナを含む22カ国が加盟)も「イスラム国」に対し、「必要なあらゆる措置を取ること」で合意しています。
昨年の国連安保理でチリ代表は「イスラム国」への対応について述べ「強圧的な措置だけでテロはなくせない。根本原因に対処せねばならず、最も効果的な手段は教育の充実、不平等の根絶、弱い立場の人々との協力だ」と指摘しています。
中東においては、パキスタンやイエメンで米軍による無人機攻撃で一瞬のうちに家族の命を奪われるなどの事例が頻繁にあります。パレスチナ自治区ガザではイスラエルによる度重なる軍事作戦で、子どもや女性を含む多数の民間人が殺りくされてきました。
湾岸産油国に目を向ければ、王族や一部の特権階級がオイルマネーで潤う一方、出稼ぎ労働者や女性への人権侵害など深刻な矛盾を抱えています。
祖国を離れて欧州などに住むイスラム教徒の移民2世や3世の境遇も、名前や出身によって就職差別などを日常的に受け、疎外感や絶望が蓄積されることも多い。
日本エネルギー経済研究所の保坂修司氏は、「とりわけ強い怒りや悩みを持つ者ほどジハード(イスラム世界防衛のための聖戦)に魅了されやすく、どこかで同胞が攻撃を受けていたら命を犠牲にしてでも助けたいという正義感に火がつく」と解説しています。
国際社会は、「イスラム国」根絶につながらないばかりか、一般人を巻き込んで新たな憎しみを増幅させる軍事的対応を控えるとともに、関係国が強固な協力体制を築いて過激組織を孤立させ、テロの芽を摘むことが何よりも求められています。
(野村説)
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