主張
体育の日
スポーツの権利保障施策こそ
あちこちで運動会がたけなわの季節、未来を担う子どもたちが躍動しています。
今日は「体育の日」です。1964年に開催された東京オリンピックの開会日(10月10日)を記念して、国民の健康・体力の増進、スポーツへの参加を啓発する趣旨で設置されました。2020年にふたたび東京にオリンピックがやってくることから、スポーツへの関心が高まっています。
世界に立ち遅れた現状
この日をきっかけにして、大いに運動やスポーツに親しみたいものです。「年輪ピック」とかマスターズ大会など、高齢者が活躍する姿には励まされます。生涯を通して健康に交流に、運動・スポーツは欠かせません。
しかし現実には、国民のスポーツ参加は、「体育の日」の呼びかけほどには広がっていません。文部科学省が実施した「平成25年度(2013年度)体力・スポーツに関する世論調査」では、ウオーキングや体操など、なんらかの運動・スポーツを週3日以上やっている成人は30・1%でした。この水準は、ヨーロッパ諸国では60%を超えているといわれています。日本は世界から、大きく立ち遅れている状況です。
スポーツ参加を制約しているのは、「仕事が忙しくて時間がない」、「身近に施設がない」、「年をとったから」、「金がかかるから」という理由です。そのために、クラブや同好会に入っている人は16・2%にとどまっており、最近はその数さえ減少傾向にあります。
国民にとって、このうえ、年金がカットされ、消費税大増税が強行されれば、経済生活が圧迫されて余暇のための経費は削減せざるを得ません。利用料金やスポーツ用具が値上がりし、民間のスポーツ施設などへの入会費にも負担が増します。
運動やスポーツをしたいと思っても、身近に施設がなければできません。さきの世論調査でも、公共スポーツ施設を「身近につくってほしい」が34・2%にものぼっており、切実です。
ところが、来年度予算の文科省概算要求をみても、国民のスポーツ振興に関わるものは20億円程度の低い額でしかなく、このなかには新たな施設を整備する予算要求はありません。
これでは、「スポーツは国民の権利」を基本理念にかかげて2011年に成立したスポーツ基本法は名折れになってしまいます。
国民のスポーツを基本にすえることは、オリンピックを開催する国として大事な要件になっています。オリンピック憲章は、根本原則に、「スポーツをおこなうことは人権の一つである」とうたっています。トップ競技と国民スポーツの調和のある展開こそ、オリンピックの目的だということです。
スポーツに親しめる条件
それだけに、いま一番、国に求められているのは、国民各層が運動・スポーツに親しめる条件を拡充し、多様なスポーツ活動が花開くための抜本的な施策を講じることです。とりわけ、スポーツ施設の整備予算を増額することが急がれています。
かつてのオリンピックを記念して設置された「体育の日」の趣旨が、新たなオリンピック準備の取り組みのなかで、十分生かされることが求められます。